第二十四話 まさかの花街


「あ、あれ……?」

 くぐってから、香織こうしょくはハタと足を止める。

「ここってもしかして」


 巨大門から続く広い大通りの両側には間口の広い店に大きな飾り提灯を下げた店が並び、その前で若い女たちが艶っぽく道行く男たちに声を掛けている。


「お兄さん、遊んでおいきよ」

「遊んでおいきよ」


 男たちにしなだれかかる女たちは派手な衣装に濃い化粧の、しかし美しい女たちばかり。


 振り返れば、香織がくぐってきた門からはたくさんの男たちがそぞろ歩くように店から店へとふらふら歩き、店先の美しい女たちとじゃれ合い、あちこちで嬌声が上がっている。

 どこからともなく三味線なのかお琴なのか、風流な楽の音も聞こえてきて、ここが普通の商店街ではないことを強調している。


「ここ、花街じゃない!」


 小英の心配そうな顔が脳裏に浮かんだ。

「も、もどらなきゃ」

 すぐに回れ右して引き返そうとする。バーゲンの人波をかき分けて進む要領で戻ろうとするが、今の香織は華奢な16歳の少女、人波を押し返すパワーが足りない。戻るどころか逆に酔った男たちの勢いに押されて、赤い門はどんどん遠ざかっていく。


「きゃ?!」

 どん、と衝撃があって、香織は地面に転んだ。


「いてぇっ」

 だみ声を見上げれば、香織とぶつかったらしい太った男が、金色にてらてら光る袍の腹を大げさにさすっている。


「いてえじゃねえかっ、気を付けろっ」

「す、すみません」

「んあ?」


 太った男は酔って赤黒くなったナマズのような顔をにゅう、と香織に近付けて、にやりと口元を歪めた。


「よく見りゃ上玉じゃねえか。おまえ、どこの店の娘だ」

「えっ、いや、あの私はお店のお姉さんではなくてですね」

「まあどっちでもいいわい。良い拾いもんしたなあ」


 グローブのような手が香織の腕をわしっとつかんだ。


「は、離してくださいっ」

「なんだてめえ、俺様を誰だと思ってんだ。建安の魯達ろたつと言やあ、泣く子も黙る交易商の総元締めだぜ」


(コウエキショウノソウモトジメ?? ど、どうしよう! なんかよくわからないけどヤバい人にぶつかっちゃったみたい……!)


「諦めな、お嬢ちゃん。お頭に気に入られたら逃げられねえよ。まあ、悪いようにはされねえから」


 魯達とかいう男が太すぎて気付かなかったが、巨体の脇に二人、目つきの鋭いいかにもSPという雰囲気の男が二人、付いている。


「さあ景気よく行くぜっ、飲み直しだあ!」

 魯達は上機嫌で香織をぐんぐん引っぱっていく。


「えっ、いやあのっ、困りますってほんと! 私仕事を探さないといけなくて!」

「おう、だから俺様の酌をしろってんだ」

「いやだから私はお店のお姉さんではなくて!」

「ごちゃごちゃうるせえなあ」


 魯達はひょい、と香織を肩に担ぐとそのまま花街の奥へ向かってのっしのっしと歩いていく。


「降ろしてーっ、誰か助けてーっ」

 香織は必死に叫んだが、道行く人々は面白い見世物のように笑って見ているだけだ。




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