第十三話 小松菜の和え物、お豆腐と大根とネギの味噌汁


「まずはお味噌汁の準備ね」


 三日前、おひたしを作った時にとっておいた玉ねぎの皮をたっぷりの水で沸かす。

 この世界には昆布もかつおぶしもあるが、それらは前世よりも貴重品であるようだ。乾物が少量でも旨味とコクを出すために玉ねぎの皮を煮出す。


 玉ねぎの皮は、煮出すと立派な出汁になるのだ。

 前世でも、香織はよくやっていた。夫には玉ねぎの皮まで使うなんて貧乏くさい、と眉をひそめられたが、旨味のあるちゃんとした出汁になるのだ。


「煮出した玉ねぎの皮の出汁に、昆布を二センチ角と、かつお節はちょっぴりで」


 沸騰した玉ねぎの皮出汁の中にかつお節をパッと散らす程度に入れ、三分ほどして引き上げる。そのまま火から下ろし、昆布を入れておく。


「大根とネギは大き目に切ろう」


 二センチ角ほどのサイコロ型に切った大根、同じ大きさにぶつ切りにしたネギを用意しておく。


「昆布から出汁が出るのを待っている間に、和え物をしよう」


 小松菜を良く洗って、沸騰した湯でサッとゆでる。

 水にさらし、よくしぼって、三センチほどの長さに切る。

 器に、出汁を取るときに使ったかつお節の出汁カスと胡麻とお醤油、砂糖を一つまみ入れてよく混ぜる。

 その中に小松菜を入れてよく和えたら、完成!


「昆布の出汁、出たかな」


 昆布が入ったまま鍋を火にかける。一緒にお米も炊かなくちゃ、と思い出した香織は、米を研いで土鍋に入れ、これも火にかけた。


 吹いてくる米の様子をみつつ、沸騰直前で出汁鍋の昆布を取り出す。

 取り出した昆布はとっておこう。風通しの好い場所に置いて、何枚か溜まったら佃煮を作ろう。


 などと考えつつ、出汁鍋に大根を投入。

 しばらく煮て、大根の色が澄んできたらネギを投入。

 お米の土鍋がすっかり落ち着き、放っておいて大丈夫になった頃、豆腐を投入。

 具を時間差で入れることで、素朴な具でも食感の違いが楽しめる工夫だ。

  最後に味噌を解き入れて……完成!


「ごはんですよー」


 香織がお盆で和え物の器を運んでいると、薬部屋から三人がわらわらと出てきた。


「わーいゴハンだ」

「うむ、良い香りじゃのう」


 耀藍が、並べられた器を見てアクアマリンの瞳を丸くしている。

(やっぱり貴公子だから、庶民の食卓は質素すぎるかしら……)


 こんな物食べられない、と言われたらどうしよう。

 小英は耀藍がここで夕飯を食べたがると言っていたが、耀藍がいるときだけはふんぱつしていたのかもしれない。

(私ったら、普通に普通の材料で作っちゃったわ、どうしよう)


 しかし今さら後悔しても遅い。

 いらない、と言われたらそれまで、と腹をくくってご飯をよそって運ぶと、先に座っていた耀藍が空の器を差し出してきた。


「おかわり」

「えっ?」


 見れば、和え物の器はすっかり空になっている。

「こんなに美味な和え物、始めて食べたぞ。香織は料理人か何かなのか?」

 端整な顔がうれしそうに笑っている。

「早く、おかわりくれ」

「えっ、あ、はいっ」


 前世からのクセで分量を量らずいつも多めに作ってしまう香織だが、和え物はほとんど耀藍がおかわりをし続けてなくなった。

「美味い!」

 と言いながら、耀藍はにこにこと食べ続ける。


「ほんとに、よく食べるわね……」


 小英が耀藍を大食漢と言ったが、確かにそうかもしれない。

 がつがつかっこむ、というのではなく、するすると食べていつの間にか一体どんだけ食べた?! という状況になっているタイプの大食漢だ。


 お米も五合炊いたのに、土鍋はすっかり空になった。


「ごちそうさま」

 皆で手を合わせて食後の白湯を飲んでいると、耀藍が言った。


「気にいった」

 アクアマリンの瞳が香織をじっと見る。


 え? 気に入ったって、私のことじゃないよね? ご飯のことだよね?


「お口に合ったならよかったです」

「な? 美味いだろ、香織が作った物って」

「うむ。どれもこれも、わしや小英も作る普通の料理なのだが、なんというか、こう、こなれ感のようなものがあって美味いのじゃ」


 そりゃ主婦歴15年なんで、こなれ感も出るかと。


 こっそり香織が微笑んでいると、耀藍がとんでもないことを口走った。


「華老師、オレも今日からここに住む。いいよね?」


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