第十一話 見張り役はイケメンでした。
背の高い人影が部屋へ入ってきた。
すごく背が高い青年。涼し気な
「いつもながら姉上は唐突ですねえ。誰ですか、この子。悪いことするようには見えないですけど」
そう言って紅蘭の横に座った青年は、石造りのテーブル越しに香織をじいっと眺めた。髪色も変わっているが、その瞳の色もアクアマリンのような、澄んだ海のような
変わった色をしている。黒髪黒瞳の紅蘭とは全く違うが、顔の造作には共通するものがあった。切れ長の涼し気な双眸、おそろしいまでに整った目鼻立ち。
つまり、かなりな美女にそっくりのかなりなイケメンだ。
ほほ、と紅蘭は笑った。香織を射貫くように見据えたまま。
「人は見た目ではわからぬぞ。この者はそなたを蔡家当主代理だと思ってわざと蔡家の荷馬車にぶつかった
「ええっ、君が芭帝国の間諜? それはたいへんだぁ」
わざとらしく驚いてみせる青年は、笑い含みに香織を見ている。
(……この人、ふざけてる。ぜんぜん真面目に取り合ってない)
香織としては複雑な気分だ。
「で? 見張るってどういうことです? この子、華センセーのとこに収容されたんでしょ?」
なんだ事情は知ってるのか。
「そなたがこの者の行動を見張るのじゃ。華
「ええっ、めんどくさっ」
じろり、と美女に睨まれて、青年はしまったというふうに口元を押さえる。
「どうせ家にいたとてフラフラしているだけであろう。それに、そなたはよく下町に通っているではないか」
「さすが姉上。よくご存じですね。オレにも見張りを?」
「馬鹿め。そなたに見張りなど無意味であろうが。そなたは目立つから
紅蘭は美しい金塗りの扇子で香織を指した。
「
◇
建安のいわば高級住宅街にある蔡家と、下町の華老師の家まではけっこうな距離がある。行きには歩いてきた香織は、新宿から原宿くらいまでの距離はあるかな、と見当をつけていた。
だから紅蘭が馬車を出す、と言ったとき正直かなりうれしかったが、耀藍があっさりそれを断ってしまった。
「だいじょうぶですよ姉上。華老師宅まではすぐなんで」
(いやいやすぐじゃないし!あなたはだいじょうぶかもしれないけど!私は行きも歩いてきたんですけど!)
「ふむ。それもそうじゃな」
(いやいやいや紅蘭様もなぜすぐに納得?! なんなのこの無神経姉弟は!!)
……そんなわけで、香織と耀藍は蔡家の巨大な門をくぐって往来に出てきたのだが。
屋敷からそんなに歩かないうちに、すぐにすれ違う人々からの視線を感じる。
(そりゃそうよね、こんなジャニーズみたいな男の子と歩いてたら目立つわよね)
隣の
おそらく190cm近くはあるであろう長身。磨いたプラチナの輝きを放つ銀色の髪は長く、一つに結っている。何と言ってもアクアマリンの宝石のような瞳が美しく、目を引く。
ジャニーズを通り越してハリウッド俳優と歩いているような気分になり、落ち着かない。前世で夫と町を歩いていてこんなに視線を感じたことはない。
(イケメンっていうのも大変ねえ)
などと思いつつ、香織はふと気が付いた。
人々の視線が、なにか奇妙だ。
その奇妙さの正体に気付いたのは、向こうから歩いてくる品の好さそうな母娘の会話が聞こえたからだった。
小学校高学年くらいの少女と若い母。その後ろから、侍女らしき女性が数人付き従っている。
「ねえお母様、あれ、蔡家の耀藍様だわ」
少女は目を丸くして顔を赤らめた。
「素敵ですわ……まるで月の神様のよう。ねえお母様、御挨拶してもよろしい?」
あきらかに耀藍にのぼせている風の少女に、母親がぴしゃりと言った。
「いけません」
「どうしてですの? ご近所ですのに」
「耀藍殿と口をきくと鳥に変えられてしまうということですよ。かと言って不調法を咎められて呪われてもいけないわ。きちんと会釈なさい。ぜったいに口をきいてはダメよ? いい?」
「……はあい」
これだけの会話をかなり早口に切迫した様子で交わし、香織たちとすれ違うときには深々と会釈し、母娘は通り過ぎていった。
端から見ればただすれ違っただけに見えるが、母娘の会話が聞こえてしまった香織は混乱していた。
(えーと……つまりこのイケメン、近所で避けられているってこと???)
しかもかなり特殊な理由で。
などと考えていると弾かれたように耀藍が笑った。
「ははっ、おもしろいなあ、君」
「え? 私ですか?」
「うん。オレのこと、こいつなんなんだろーって警戒してるでしょ?」
「いえっそんなことは……無い、とは申しませんが」
警戒というか、純粋な好奇心だ。
「ただ、ヒトを鳥に変えるとか呪うとか、そんなことを本当に耀藍様がするのかな、って」
「するよ」
即答に思わず香織は立ち止まる。
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