第9話 船内格差

それからの桐人たちは、船内でやりたい放題にふるまっていた。

「ヒャッハー。大金だぜ」

一等客室を探索していた入光史郎と不良たちが、残されていた財布を確認して歓声を上げる。

「きれい。こんなの欲しかったんだー」

部屋あさって見つけた豪華な服やアクセサリーを身に着けて、派手系美少女の空美幸と取り巻きの女子たちが喜んだ。

彼らのあさましい姿を見て、桐人はひそかに軽蔑の視線を向けるが、表面上はおだやかな様子を崩さず告げる。

「君たちは一等客室を探索して、役にたちそうなものを探していてくれ」

「わかったぜ」

史郎たちは目の色を変えてうなずく。桐人は真理亜、奈美、小百合を連れてその場を後にした。

「ねえ、あいつらに好き勝手させていていいの?」

真理亜が不満そうに頬を膨らませるので、桐人は苦笑しつつなだめた。

「あんな小銭、奴らにくれてやって、僕たちはもっと価値があるものを探そう」

「価値があるもの……ですか?」

奈美が小首をかしげる。

「豪華客船には、船旅の予備費としてかなりの金を船会社から預かっているんだ。それに乗客たちの本当に貴重なものは、金庫室に預けているはずだよ」

「そっか。私たちはそれを探すのね!」

小百合が納得したといった風に手を叩いた。

そして四人は、上層階のスイートルームとその近くにある金庫室にたどり着く。本来なら電子ロックがかかっているはずの金庫室は、なぜか開け放たれていた。

「やったぜ。よし、お宝いただきだ!」

四人は金庫室に入り、次々にボックスを開けていく。そして狂喜乱舞しながら札束や、乗客が預けていた宝石などの貴重品を手に入れていった。

宝を自分たちのものにした桐人は、、取り巻きの三人とスイートルームに移動する。

「へえ……お風呂入れるんだ」

一等客だけに許させた豪華な展望浴室で、真理亜が歓声をあげる。

「あとで、みんなで入ろうか」

「いやですわ。もう……」

桐人の言葉を聞いて、奈美が頬をそめる。

「いいじゃん。この機会に楽しんじゃおうよ。あ、カジノやゲームセンター、映画館とかもある」

上層階の設備を確認して、小百合がはしゃぐ。桐人たち上カーストの生徒たちは今までと変わらない船旅を楽しみ、豪華客船エストラント号の内部では深刻な格差が生まれつつあった。

その様子を防犯カメラを通じてみていた勇人は、にやりと笑う。

「ナイト、奴らの行動をちゃんと録画しているか?」

「はい。音声付きでバッチリと」

ナイトの返答に、勇人は満足そうにうなずく。

「これをネットに流せば、奴らは世界中に食料を自分たちだけで独占する身勝手な奴、そして調子に乗って火事場泥棒までする卑しい奴だと認知されるわけだ。俺への殺人未遂も相まって、いかに上流階級の子弟だとしても批判は避けられないだろう」

勇人へのリンチ画像のデータもすでに押さえていて、ブラックナイトにクラウド保存されていた。

「さて、しばらくは高見の見物としゃれこむか」

そう思った勇人は、彼らの醜い行動を監視しつづけるのだった。


それからも上位カーストの生徒たちは、豪華客船を私物化して好き放題にふるまう。

姫子たち下位カーストを下層階に押し込めて、そこから出るのを禁じ、上層階のカジノや酒場を占領して大いに楽しんだ。

酒やたばこ、そして見つけ出した酒やドラッグに完全にタガがはずれた彼らは、痴態にふけるようになる。

「な、なあ、いいだろ」

「仕方ないわねぇ」

待ちきれないといった様子の史郎と、怪しい笑みを浮かべた美幸が部屋に入る。ほかの生徒たちも、相手をとっかえひっかえして享楽におぼれ、部屋から出てたった二日で、彼らのモラルは崩壊していた。

その間、下位カーストの生徒たちは、まともな食事も与えられず、船底近くの下層階層に閉じ込められている。

「マスター、なぜ味方である下位カースト生徒たちを冷遇し、敵である上位カーストの横暴を許しているのですか?」

「下位カースト生徒たちのヒーローになるためさ。これはこれからの練習でもある」

勇人はナイトの問いかけに、苦笑しつつ答えた。

「練習?」

「俺はこれから最初の『魔人類(デモンズ)』として、数百万人の頂点に立つべき存在にならないといけない。だから今のうちに、リーダーになるための方法を学んでいるのさ」

勇人の部屋の空中に、さまざまな映像が浮かぶ。それは人類の歴史で英雄とされている者が、如何にして周囲から信望を集めてきたかの記録だった。

「人は苦境に陥らないと感謝の気持ちをもたない。そしてその苦境から助け出してくれた存在に好意と敬意を持つようになる。つまり」

勇人はニヒルな笑みをうかべる。

「英雄になるためには。対抗すべき敵が必要なのさ。そろそろ下層階に押し込められた下位カーストの生徒たちの我慢は限界だろう。いまなら俺が主導権を握れる」

勇人がいうように、この二日間で下位カーストの不満は爆発しそうになっていた。

「私たちを閉じ込めて、好き勝手振舞って……あの人たちには人の心ってものがないんでしょうか?」

姫子が憤慨する。上位カーストの生徒たちは自分たちだけ缶詰を食い漁り、上級客用の風呂やプールを楽しむなど今までと変わらない生活をしている。そのしわ寄せはすべて下位カーストの生徒たちに来ていた。

「お腹すいたにゃ……」

美亜は情けなさそうに自分のお腹を押さえる。

「……私たち、このまま餓死するかも」

玲はしくしくと泣きだす。下位カーストの生徒たちは生集まって、口々に不満を漏らしていた。

(そろそろ頃合だな。下層カーストの連中は完全に上層カーストの生徒たちに隔意をもった。すべてが終わって日常に戻っても、もう奴らに従うことはないだろう。あとは恩を売って……)

そう思った勇人は、下位カーストの生徒たちをつれて倉庫の奥に行く。

「ここは何でしょう?」

「ずっと下層階を探索して見つけたんだ。船の非常食を保管する部屋さ」

中に入ってみると、乾パンやドライフルーツ、ビスケットやお菓子などが大量にあった。

「とりあえず、助かるまでここの食べ物でしのごう」

「あ、ありがとうにゃ!助かったにゃ」

美亜は喜んで、勇人に抱き着いた。

「それより、飲み水はどうなんだ?」

「……今の所は大丈夫。水道が使えるから」

玲の返事を聞いて、勇人はにやりとする。

「だが、もう漂流して五日間だ。そろそろ船の電源も切れて、水を供給するポンプも動かなくなるころだろう」

「そんな!」

不安に思う生徒たちを、別の倉庫に案内する。そこには段ボールに入った大量のペットボトルや缶ジュースがあった。自販機を開ける鍵や、小銭が大量に入った袋などもおいてある。

「すごい。こんなに飲み物がたくさん」

「船内の自動販売機の補充用倉庫さ。こういったものは客室や娯楽施設がある上層階じゃなくて、大抵船底の倉庫にあるもんなんだ」

それを聞いて、生徒たちはほっとした。

「もしかして、私たちは下層階に追いやられてよかったんでしょうか」

「ああ。奴らにはせいぜい勝手に遊ばせておけばいい。俺たちは生き残るために手をつくそう」

姫子をはじめとする生徒たちは、頼もしい勇人に尊敬の目を向け、彼をリーダーとして認めるようになる。

(さて、そろそろ奴らを追い詰めるトラブルを起こすとするか)

下位カースト生徒たちをまとめた勇人は、次に船の電気系統に干渉し、船室への電力供給を止めるのだった。

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