第二章 エストラント号編

第6話 遭難

海上保安庁

「報告します。客船エストラント号のGPS反応が消えました」

職員が慌てて報告する。常に人工衛星から位置を確認されていたはずのエストラント号の反応が、かき消すように消えていた。

「ばかな!船からの反応は?」

「こちらの無線が通じていないようです」

それを聞いて、指揮官はうむむと考え込む。

「もしや、万一のことがあったのかもしれん。警備船に現場を直行させろ」

「はっ」

職員は慌てて周囲の船に呼びかけるのだった。

そして、同時にエストラント号の船舵室でも混乱が起こっていた。

「舵が効きません!」

「あらゆる計器がでたらな数値を出していて、現在位置も判明しません。巨大な磁気嵐に巻き込まれたみたいです」

報告を受けた航海士は、どうしたらいいかわからなくなった。

「し、仕方ない。船長に報告する。ここは任せた」

操舵室を飛び出して、船長室にいく。

そこでは、船長と桐人が対談していた。

「困りますな。こんなトラブルを船に持ち込んでは」

船長はモニターを見ながらため息をつく。そこには防犯カメラがとらえた、桐人達生徒が集団で勇人をリンチし船から突き落とす画像が映っていた。

「お手間を取らせて申し訳ありません。ですが、僕が手を下したわけではないので」

「確かにそうですが……」

口ごもる船長に、桐人はさらに告げる。

「僕たちは一部の例外を除き、上級国民の子女たちです。そんな僕たちに不利な証言をすれば、あなたの将来にも影響がでるのでは?」

「……」

船長は沈黙する。この客船の運営会社は南方財閥の資本が入っており、その後継者である桐人の機嫌を損ねれば、船長の地位も危なかった。

「……わかりました。では、この証拠画像を消しましょう。彼が船から落ちたのは、あくまで事故だったということで」

「話がわかる方で助かります。あなたの地位と将来は保証しましょう」

薄く笑って桐人は出ていく。それを見送って、船長はため息をついた。

「やれやれ、あんな子供にいいようにされるのは屈辱だが……南方家の後継者には逆らえん。だが、事故として処理するにしても、奴はあれでも南方家の血を引くものだ。もしかして、責任を取らされるかもしれん。万が一のため、身代わりを用意しておくか」

そう考えた船長は、一人の下っ端船員を呼び出す。

「お前に監督を任せていた南方勇人君が行方不明になった。お前は何をしていたんだ?」

「えっ?で、でも、私はずっとついていたわけじゃないので……」

言い訳する船員、浦島誠也を、船長はどなりつける。

「うるさい!もし見つからなければ、おまえの責任だからな……ん?」

ふと、船の航行に違和感を感じて、船長は眉をよせる。次の瞬間、船は大きく右に傾いた。

「なんだこれは!何やってるんだ!」

船長がそう叫んだとき、航海士が部屋に入ってきた。

「大変です。船の舵が効きません。計器もすべて狂っています」

「なんだと!」

船長は慌てて操舵室に走っていく。航海士と誠也も慌てて後に続いた。

「いったい、何が起こっているんだ!この船は最新鋭の自動航行機能を備えているはずだ!」

船長は操舵室で絶叫する。どんな嵐にあっても船の安定を保つはずのオートパイロット機能が完全に壊れていて、船を手動に戻そうとしても操作を受け付けなかった。

パニックになりそうな船長たちを、さらなるトラブルがおそう。ジリリリという防災ベルが鳴り響くとともに、モニターにエンジンルームの画像が映った。

「大変です。エンジンが発火しました。このままでは燃料に火がついて爆発します」

「なんだと!」

その報告を受けて、船長の顔から血の気が引く。

さらにサイレンに煽られた乗客たちが、操舵室に押しかけてきた。

「なんだそのサイレンは!」

「もしかして、この船は沈没するの?」

そう騒ぐ乗客たちを船員たちはなんとか宥めようとしたが、その有様を嘲笑うように船は左右に大きく揺れる。

「くっ……やむを得ん。脱出だ!」

船長はそう決断を下すのだった。


甲板では、救命ボートに乗り込もうとする乗客たちで大混乱だった。

「落ち着いてください。救命ボートはちゃんと人数分あります」

航海士が声をからして叫ぶが、乗客たちのパニックは収まらない。

「頼む。金ならいくらでも出す。俺を先に乗せてくれ!」

「何言ってんのよ。女が先よ!」

札束を振り回す紳士や髪を振り乱しながら船員に掴みかかる淑女たちで、豪華客船エストラント号の甲板は阿鼻叫喚の有様だった。

それでも船員たちの努力で、徐々に救命ボートは降ろされていく。

「よし。乗員の脱出は完了したな。そろそろ私たちも……」

船長がボートに乗り込んだとき、誠也が声を上げる。

「船長、弥勒学園の生徒たちが来ていません!」

「なんだと!」

それを聞いて、船長は怒りのあまり頭を掻きむしった。

「あのボンボンたちめ。どれだけ手間をかけさせるんだ……」

そう罵るが、救命ボートを降りて探しに行こうとする気になれなかった。

「誠也!お前に任せる。奴らを連れてこい!」

「わ、私一人でですが?」

いきなり責任を押し付けられて誠也はびっくりするが、船長には逆らえない。

「いいから!名誉挽回のチャンスだぞ!さっさと行くんだ」

「は、はい」

誠也ははじかれたようにボートから降りると、船内に戻っていく。

それを見送った船長は、航海士に命令を下した。

「よし。救命ボートを降ろせ!」

「し、しかし、誠也と生徒たちは?」

躊躇する航海士に、船長は怒鳴りつける。

「今は非常時だ。私には船員たちの命を守る義務がある。いいからさっさとやれ!」

「は、はい」

船長の命令により救命ボートは降ろされ、船から離れていく。

こうして、誠也と生徒たちはエストラント号に取り残されたのだった。


豪華客船エストラント号は、激しく左右に揺れながら太平洋沖に向かって進んでいた。

「まいったな。早く生徒たちをつれて脱出しないと」

職務に忠実な誠也は生徒たちの部屋があるエリアにたどり着き、ドアをあけようとする。

しかし、ドアの電子ロックは解除できなかった。

「あれ?おかしいな。おーい!」

ドアのインターホンを鳴らしたり、叩いてみたが、何の反応もない。

他の生徒たちの部屋も回ってみたが、どこも同じ状況だった。

「反応がないということは、もう逃げ出しているのか?」

そう思って甲板に戻った誠也が見たものは、自分達を置いて逃げ出していく救命ボートの群れだった。

「お、おいっ!置いていくな!戻ってこい!」

必死にかって声を枯らして呼びかけるが、彼らは無視して逃げ出していく。誠也は防災サイレンが鳴り響く船にとり残されたことを知って絶望するのだった。

「ま、まずいぞこれは。とにかく、火災だけでもなんとかしないと」

そう思った誠也は火災が発生したとされるエンジンルームにいくが、そこでは何も起こっていなかった。

「なんだこれは……計器の故障なのか?いや、監視カメラには確かに火災の画像が映っていたのに……」

いつの間にか、あれだけ激しかった船の揺れも収まっている。

誠也は船に起こった異常事態に、なすすべもなく立ち尽くす。

その頃、生徒たちは部屋の中でパニックになっていた。


桐人は、あたえられた個室の中をうろうろと歩き回っていた。

「くそっ!なんでドアが開かないんだ!」

どんなに頑張っても、部屋の電子ロックは解除しない。必死に助けを求めて叫ぶが、外からはなんの反応も返ってこなかった。

そうしているうちに、船の揺れは激しくなり、防災サイレンはますますけたたましく叫び続ける。

「こ、このままじゃ沈没してしまうかもしれない。そ、そうだ、助けを呼ぼう」

スマホを取り出して助けを呼ぶ。すると何度目かのコールの後、電話がつながった。

「……」

「助けてください!部屋に閉じ込められているんです!」

そう必死に訴えかけるが、反応はない。

「おいっ⁉聞いているんだろ。なんとかしろ!」

品行方正なお坊っちゃんの仮面をかなぐり捨てて怒鳴りつけるが、返って来たのは笑い声だった。

「ふふふふふ……」

「何がおかしい!俺は南方家の後継者で……」

「そんなしがらみが一切通用しない場所につれていってやろう」

そんな声が聞えた瞬間、耳に押し当てていたスマホを通じて脳に火箸を突っ込まれたような痛みが走る。

桐人はあまりの痛みに悶絶し、意識を失うのだった。


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