交渉は決裂した模様
「今のバルドベルク帝国について、どう思われますか?」
エレオノーラの問いかけに、僕は一瞬言葉に詰まった。
前世を知っている僕の考えだと、専制君主制の国家で、西方諸国の東側に位置する列強国の一つという認識だ。
なので、西方諸国の征服を目論んでいるオットー皇帝の考えがそのまま国家の思想になり、今は来たるべき四年後のために着々と軍備を整えているってところかな。
だから。
「……僕としては、今のこの帝国は向かってはいけない方向に進もうとしている、そう考えています」
元々僕は前世で喪男な大学生として、平和に暮らしていた。
そんな戦争なんて血なまぐさいことなんてお断りだし、何より、侵略戦争が始まってしまったら、『醜いオークの帝国』の本編がスタートしてしまう。
そんなことになったら、いよいよ
だけど……皇太子の立場として考えた場合、本当はそんなこと口に出して言っちゃいけないんだろうな。
思わず僕は、自虐的な笑みを浮かべてしまう。
「その言葉をお聞きし、安心しました。そうです……この国は、間違っています」
革命という理想を照らす炎のような赤い瞳で、エレオノーラが見つめる。
まるで、この僕を……いや、バルドベルク帝国を燃やし尽くすかのように。
「オットー皇帝は軍備を増強させるために税の徴収を増やし、貴族はそれを領民に強いる。結局、苦しむのは貧しい民なのです」
「…………………………」
「なら、皇帝や貴族など、この国に……いえ、この世界に不要だと、そうは思いませんか?」
エレオノーラの言葉に、僕は違和感を覚える。
あの舞踏会で彼女はソフィアに肩入れし、身分からイルゼを下に見ていた……って。
ああ、なるほど。
オフィーリアとの一騎討ちの後で見せたあの表情は、そういう意味だったんだな。
つまり……コッチこそが、エレオノーラの本音ってことか。
そして、彼女は革命を起こし、この帝国をいわゆる共和制に移行したいって考えているんだな。
前世の世界を知っている僕からすれば、影の部分は置いておいて民主制や共和制というのは、ある意味理想とするところだと思う。
だけどこれ、たとえ専制君主制や貴族制度が廃止されたところで、必ずしもそうなるとは限らないんだよね。
結局のところ、その民から突出したような、いわゆるカリスマと呼ばれる存在が現れて、独裁政治に走ってしまったら同じことだし。
また、全体主義と呼ばれるようなものに流れてしまっても、それはそれで国がおかしな方向に進んでしまうことだってある。もちろん、誰かの幸せが奪われるようなものなんてもってのほかだ。
何より。
「……それは無理です」
「どうしてですか?」
そう告げてかぶりを振ると、エレオノーラの表情が険しくなる。
突然、国のあり方が変わり、貴族制度がなくなったらどうなると思う?
今までは国や領主である貴族によって管理されていたものが、なくなってしまうんだ。
そうなれば、当然治安は悪化し、民衆も明日から何をすればいいのか……どうやって生きていくべきなのか、危険が潜んでいる暗闇の中を明かりもなしで歩かされるようなものだ。
だから。
「そうするためには、ちゃんと準備と
もちろん、前世でも革命が成功して前に進んだ国の事例はある。
だけどその時は、場合によっては百年近い混乱が続いたことだってあるんだ。
じゃあ、その混乱期の民は未来のために犠牲になっていいのか?
そんなの、僕の答えはノーだ。
ただの理想論かもしれないけど、だからこそちゃんと考えないといけないんだ。
「エレオノーラ会長……あなたの理想を否定するつもりもありませんし、民草のことを想ってのことだというのは理解できます。でも、だからこそ見上げるばかりではなくて、足元を見てあげてください」
それこそが、本当の意味で民が不幸にならない革命だと思うから。
「……分かりました」
目を伏せていたエレオノーラが、ゆっくりと顔を上げる。
よかった……僕の話が通じたみたいだ。
これで革命も思い留まって、『反乱エンド』を回避できるかも……。
「どうやらルートヴィヒ殿下と私は、相容れないみたいですね」
はい、通じておりませんでした。
むしろこれで、完全に敵認定されちゃったよ。どうしよう。
「何故ですか? 少なくとも僕は、この国について憂いている者の一人。それは、エレオノーラ会長も同じです。なら、僕達が手を取り合って共に歩む道もあるのでは……」
「いいえ。結局殿下のおっしゃることは、ただ新たな問題を提起して先送りにしているだけです。それに、あなたは何も行動を起こしてはいないではないですか」
あ、ヤベ。この口振り、ひょっとして既に、『反乱エンド』に向けて動き出している?
「まずは落ち着いてください。とにかく、もっとお互いに意見をすり合わせて……」
「本日はお忙しいのにお呼び立てしてしまい、申し訳ありませんでした。これで失礼します」
駄目だ、取りつく島もない。
あああああ……このままじゃ、バッドエンド不可避だよ……。
エレオノーラが肩をいからせながら立ち去った後のテーブルに突っ伏し、僕は頭を抱えた。
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