第29話 チョコレートは誰に届くのか? その2

「ううっ、シヤに好きな子が出来たということなのか」


 つぐみに近所の喫茶店へと連れて来られた品子は、机へと突っ伏す。


「先生。ともかく一旦、落ち着いて何か飲みましょう?」

「……許すまじ、シヤの心を奪った罪、許すまじ」


 品子は、ぎぎぎと音を立てて机に爪を立てていく。


「うわぁ、先生! どうかしっかりしてください!」


 その声に、がばりと品子は顔を上げると、つぐみに問いかけていく。


「……なぁ、冬野君。相手は誰だと思う? 君が見た限りで、思いあたる人物はいるかい?」

「え、えーっとそうですねぇ」


 真面目な彼女は、何か答えなければと考えたようだ。

 首をかしげながら口を開く。


うつぼさん、とかはどうでしょうか? やっぱり頼れるお兄さんポジと言うか、大人の包容力がありますよねぇ」

惟之これゆき、あいつかっ! 目を垂らすだけでなく、シヤまでたらしこむとは!」

「うわぁ、なんか八つ当たりはなはだしい発言になってる」


 つぐみの意見をスルーして、ぎりぎりと歯ぎしりをしながら品子は呟く。


「コロス、アイツハコロス」

「ひぃ、殺戮さつりくロボットみたいな発音になってる。靭さんから気をそらさなきゃ」


 あわてたように、つぐみが品子へと声をかけてくる。


「靭さんは、ち、違うかな~。えっとそうだ! 井出さんかもしれませんよ~? ふんわりとした優しさが魅力ですよねぇ」

明日人あすと、……コロス、半分コロス」

「は、ハードル下がってる! でもやっぱ、ひどい目に遭わすんだ!」


 怯えた様子で、つぐみは言葉を絞り出してくる。


「えっと、じゃあ……。年の近い九重ここのえさんとか? 彼は以前、ヒイラギ君とシヤちゃんをかばってくれたことありましたよね」

「……九重君、イイヤツ。アノコハ、コロセナイ」

「はっ! 先生が愛を知ったロボットまでレベルアップしてきた! じゃなくって、あ!」


 つぐみが鞄からスマホを取り出すと、「よし!」と呟き立ち上がる。


「先生、そろそろ出ましょう。今が帰り時です!」


 妙にうきうきしたつぐみに、再び腕を引かれ品子は店を後にする。

 鼻歌交じりに歩く彼女と違い、自分の心は沈んだままだ。

 

「ただいま戻りました! 先生と冬野つぐみ! 帰ってまいりましたよ~!」


 高らかに宣言をして、玄関を開ける彼女に続いて家へと入る。

 相変わらず漂うチョコの香りにやってくるのは、どうしようもない落ち込みだ。

 のろのろとリビングへと向かえば、なぜだか皆が自分を見つめてくる。


「どうしたのさ。今日は私、早めに寝ることにす……」

「品子、とりあえず座ってくれないか」


 ヒイラギが言葉を遮り、つぐみがテーブルの前へと自分を連れていく。

 

「し、品子姉さん」


 緊張した声と共に、シヤが台所から自分の方へゆっくりとやってくる。

 彼女が持ったお盆の上には、可愛らしいチョコレートケーキが載せられていた。


「兄さんに教えてもらいながら作りました。だからきっと美味しいはずです」


 コトリと小さな音を立てて、品子の前にケーキが置かれる。


「いつも品子姉さんは、私たち兄妹を見守ってくれています。だから感謝の気持ちを伝えたくて」

「シヤが自分だけで作ってみたいっていうからさ。俺はあくまでサポートしただけ。上のチョコもシヤが一生懸命、削って作ったんだよ」

 

 ケーキの上部を飾るのは、コポーと呼ばれる飾りチョコ。

 くるりと描いたカールを、彼女は自分を思い、作ってくれたというのか。


 ようやく品子は、つぐみ達の不思議な行動を理解する。

 つぐみに外食を誘われたのは、その間にケーキを作るため。

 だが、完成が間に合わず、それに気づいたつぐみに喫茶店へと連れていかれたのだ。

 皆が自分のために、こんなに頑張っていてくれたなんて。

 驚きと嬉しさで、頬が熱くなっていく。


 ――そうか、それならば私は。


 品子はシヤの元へ向かい、彼女を抱きしめる。


「ありがとう。頑張って作ってくれたんだね」


 少し前までは、感情を出すことを怖れ、生きていた女の子。

 そんな彼女がこうして、自分の思いを伝えてくれている。

 何と嬉しいことだろう。

 その思いを受け取ることが出来る自分は、何と幸せなことか。

 シヤが、そっと腕を品子の背中へと回してきた。

 彼女から伝わる体温が、自分の心に優しいぬくもりを与えてくれる。


「よかったね、ジヤじゃん。よかっだよぉ」


 つぐみが泣きながら何度もうなずき、二人のことを見つめている。

 シヤを抱き寄せたまま、涙で顔をくしゃくしゃにしたつぐみの元へ向かうと彼女も一緒に抱きしめてみた。

 ヒイラギもと視線を向ければ、真っ赤な顔をした彼と目が合う。


「おっ、俺はいいからな!」


 ぷいと顔をそむけるが、その口元が小さく笑んでいるのを品子は見逃さない。

 あぁ、この子たちは何て愛らしいのだ。

 あふれる思いを、品子は言葉に出していく。


「ありがとう。皆の気持ち、大切に受け取らせてもらうよ。シヤ、このケーキは全員分あるのかな?」

「あ、はい。ホールで作ったので」

「ならば今から、チョコレートケーキパーティだ! あ、でも一番たくさん食べるのは私だよ!」


 品子の言葉に、シヤは笑みを浮かべる。


「おかわりはいいですが、お腹を壊すまで食べてはだめですよ。残ってもまた明日、食べればいいのですから」

「うん、わかった! 腹十分目でやめておくね!」

「先生。それではきっと、お腹を壊してしまいます」


 泣き笑いで話すつぐみの頭を撫で、品子は皆を見つめていく。

 さぁ、これから過ごすのは甘くて愛おしい時間。

 その一口を、一秒を。

 大切に、過ごさせてもらおう。

 そんな素敵なプレゼントをくれた君たちに感謝を。


「みんなありがとう! 私は本当に本当に君たちが大好きだぁ!」

「やかましい! 近所迷惑だろうが!」

「兄さんの声も、同じくらい大きいと思います」

「でもいいと思う! みんなで出せば怖くないだよ~! えいえいおー!」

「つぐみさん、なぜ応援なのでしょう?」


 それぞれの言葉に、笑顔が次々と生まれていく。

 皆の顔を見つめ、品子は誰よりも大きな声で笑ってみせるのだった。



――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 こちらのお話は茉莉花鈴様のイラストから書かせていただきました。

 素敵イラストがある近況ノートはこちら!↓

 https://kakuyomu.jp/users/toha108/news/16818023213399651728

 茉莉花鈴様、ありがとうございます!


 ひりひりとした本編と違い、穏やかな時間をお楽しみいただけたらと思います。

 ひきつづき本編の方もお楽しみくださいませ!


 お読みいただきありがとうございました!

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