打算と善意

「兄上、脅すものではない」

ティタンが緊迫した場の空気を収める。


「そもそもいつ俺が護衛騎士として雇うと言った?」

ティタンの言葉に、エリックが微笑む。


「バレたか」

エリックはついっとフローラの手から雇用契約書を奪う。


「もしも護衛騎士になるならばこのような内容ということだ。興味が出たならばいつでも来てくれ」


「どういうことですか?」

フローラはティタンを見る。


「雇うとは言ったが、屋敷の警備でもいい。護衛騎士のような大変な仕事までさせようとは、俺は思ってなかった。ただ側にいて、屋敷の皆を守ってくれればいいのだが、命を張れとは言わない。金額は下がるが普通に暮らせるくらいは渡す。休日もあるし泊まり込んで仕事しろとは言わない。だが、これも俺のエゴだ。ミューズの友人にわざわざ厳しい仕事を進めようとは思っていないから、フローラ嬢がやりたいものでいい」

ティタンの目配せにマオが書類を持ってきた。


「ぼく達は歓迎するですよ」

スフォリア家での雇用契約書を見ると普通に給料は良いし、長時間の労働ではない。


手当も豊富だし、保証も厚い。


「元家族に何か言われようが、ライカも陞爵するし、公爵家に務めるようになるんだ。文句を言ってきたら言い返してやる」

ティタンもやはりフローラの父が何かを言うのではと心配だったようだ。


「ティタン様、お気遣いありがとうございます。皆様もありがとうございます」

フローラは頭を下げる。


こんなにも気に掛けてくれていたのかと、何とも言えない気持ちだ。


「ですが、申し訳ないですが今すぐには決められそうにありません。まだ、その、ライカ様と思いが通じたばかりで、何も考えられなくて」

俯いてしまってフローラは見ていないが、皆の視線がライカへと突き刺さっていく。


「数年前から用意していた話だ、いつまでも待つさ。だがこちらは今貰おう」

婚姻の書類を差し出される。


「もはや時間切れだ、こちらは悩む必要はないな?」

ライカには有無を言わさずサインを強制される。


「フローラ嬢もサインを頼む」


「ですが」

突如として婚姻何てしていいのだろうか。


「後から如何様にも準備は出来る。冒険者として街に住むよりは身元をしっかりとさせて、住所も持ち、ライカの母親のクレア様も安心させてあげるといい」

母親の事を出され、ライカは咳き込んだ。


「ライカ様のお母様を安心させる……」


「そう。いつまでも恋人も連れてこないライカをいつも心配しているそうだよ」


「エリック様、母の事は持ち出さないでください」

ライカはそういうが、親の気持ちを考えるとそうだろう。


特にライカの父親はもう亡くなっている。


愛する人と死別するというのはどれだけ寂しいだろうか。


想像しただけで胸が締め付けられる、せめて安心してもらいたい。


フローラはペンを借り、名前を書いた。


家名のない、自分の名だけ。


「よろしくお願いします」

深く深く礼をする。


新たなる道では今度こそ頑張りたい、そして後悔しないような生き方を。


「確かに承った」

エリックが嬉しそうに笑った。


悪意のない本当の笑顔だ。


「おめでとう、フローラ=トワレ夫人。今度歓迎パーティを開かせてもらうよ。ライカは大事な護衛騎士だ、その身内ならば王家にとっても大事な人だ」

エリックは雇用契約書をライカに渡す。


「二人で話し合え、気になった時はいつでも連絡を寄こすんだぞ」

そう言うとエリック達はスフォリア邸を後にする。


「フローラ、おめでとう!」

ミューズがフローラにしがみついた。


「良かった、幸せにね」

満面の笑顔にフローラもじわじわと涙が込み上げてきた。


「ありがとう、本当にありがとう」

涙があふれてとまらない。


婚約を解消された時も家を出る時も、温かく受け入れてくれたのはここの人たちだ。


今だってフローラの幸せを一緒に祝い、喜んでくれている。


将来のことも親身に考えてくれて真剣に想ってくれた、なんて嬉しい事なんだろう。


「ライカ様、これから末永くよろしくお願いします」

涙を拭い、ライカの前に立つ。


口は悪いが、真面目に仕事をしてきたこの人の為にきっと皆も精力的に動いてくれたのだろう。


その隣に立つのだから、恥をかかせないように自分も頑張らなくては。


「俺の方こそ、よろしくお願いします」

照れたように手を差し出すライカの手をフローラも両手で握る。


笑顔で見つめ合う二人に周囲は和やかな雰囲気だ。


「やっぱり派手なお祝いパーティは開いてあげないとね」


「ライカの為にぼく達が尽力するです、面白い……いえ、心に残るお祝いをしてあげるですよ」

ひそひそとチェルシーとマオが画策しているのを、ルドは冷や冷やしながら、リオンは笑顔で聞いていた。







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