禁術

 結局、アルヴィンはレイラとソフィアから薦められたドレスとワンピースを購入することにした。

 長いこと悩んでいたが、よくよく考えれば二着買って二着プレゼントすればいい。

 金なら日頃だらけているだけで使っていなかったのでたんまりあるのだ。今更散財することもない。

 加えて、レイラとソフィアの服も購入することに決めた。

 もちろん、必死な遠慮をしていたソフィアのはレイラが、頬を赤らめていたレイラの分はアルヴィンがしっかりと選んだ。


 そして、気がつけば日はすっかりと落ちてしまっていた。

 出店も軒並み店を畳み始め、歩いていた時に見た喧噪はいつの間にか消えてなくなっている。


「それじゃ、僕は先に選んだ服を買って来るから」

「あなた、帰りはどうするの?」

「時間になったらうちの馬車が来る予定だよ。そっちは?」

「ソフィアと私はこのまま王都にある家に帰るわ。馬車は必要ないでしょ」

「そりゃそうか」


 夜も遅いので送ってあげよう……などと考えたが、ここで「送るよ」などと言ってしまえば遠慮される恐れがある。

 何せ、王都に父親と母親の家があるとはいえ、帰るのは公爵領。一番遠いのはアルヴィンだ。

 それに、二人いれば安心である。レイラは自衛の術を持っているし、家もすぐそこだ。

 過剰な心配は相手を困らせるだけであった。


「こういう時、何か瞬間移動の術があれば安心できるし、いいんだけど……」

「あるのはあるけど、それってじゃなかったっけ?」

「ふぇっ? 禁術ってなんですか?」


 瞼が重くなり始めたのか、ようやくソフィアが会話に入ってくる。


「禁術っていうのは、大陸全土で禁止されている魔法のことだよ。強力で強大、利便性に長けている。術にもよるけど、地形を簡単に変形させたり言った通り物体を別の場所へ瞬時に飛ばす魔法があるんだ」

「へぇー、それは凄いですね……あれ? だったらどうして禁止されているんですか?」

「禁術は総じて魔法を扱う際に代償が生まれるからね。自分だったり他者だったり。それだから禁術が広まっていた大昔では軒並み魔法士が死んだって話だ。人体のどこかが消えたり、相手を一生蝕ませたりとか、色々な代償で」


 いまでは大陸全体の各国が禁止され消えてなくなったものではあるが、大昔では禁術こそ魔法だと言わしめる時代があった。

 しかし、それも長くは続かない。

 何せ、あまねく全ての魔法士に代償が訪れ、その身と他者の身を滅ぼしていったのだから。

 それを危険視したからこそ、昔の権力者は禁術を文字通り禁じられた術として使用を認めないことにしたのだ。


「お、恐ろしいものなんですね……」

「今じゃ文献程度にしか残ってないよ。そもそも、禁術なんて本当にあるのかって話だから。だからソフィアが知らないのも無理はない」

「魔法士であるあなたでもそう思うのね」

「魔法士だからこそ、だよ。考えれば考えるほど、文献に残っている禁術なんてとても扱える代物じゃないんだ」


 ソフィアはゴクリと息を飲む。

 そんなものがあっただなんて、魔法士なのに知らなかった。

 少しだけ想像してしまい、思わず背筋が凍ってしまう。


「ま、こんな話なんかしても意味ないし、そろそろ帰らないとね。僕はこれからお金払ってくるから、先に帰っていていいよ」

「私も、ちょっとだけ人と話してくるわ」

「え、誰? 男?」

「嫉妬しなくても、出店のことについて別で調べてくれていたうちの部下よ」

「し、しししししししてないけども!? えぇ!」


 アルヴィンは逃げるように店の中へと戻ってしまう。

 そして、レイラもソフィアに「少しだけここで待っていてちょうだい」と言い残し、その場を離れてしまった。

 残されたのは、ポツンと事情を知らないソフィア一人。


(あぅ……皆さん居なくなってしまいました)


 しょんぼりと、どこか寂しそうな様子を見せるソフィア。

 アルヴィンもレイラも、すぐには戻ってくるだろう。ただ、異様な静けさに包まれた夜に一人残されたというのは、人を不安がらせてしまうものだ。

 ―――そんな時だった。


「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」


 ふと、背後から声がかかった。

 振り向くと、そこにはポツンと小さな出店が一つ建っていて、ローブを羽織った人影が自分に向かって手を招いていた。

 

 そんなことを思いながら、ソフィアはトテトテと手招きされた出店へと足を運んだ。


「どうかされたんですか?」

「いや、ちょうど商品が余ってしまってね。もしよかったらお嬢ちゃんにもらってほしかったんだ」


 そう言って、ローブの人間は包装に包まれた小さなクッキーの袋を手渡してきた。

 確かに、この時間ならもう誰も購入しないだろう。売れ残っているのであれば悲しいことに商品を捨てなければならないかもしれない。

 それに、


「いいんですか?」

「いいんだよ、お代もいらない。すぐに腐ることもないだろうが、ボクだけじゃ食べきれず捨てることになる。それだったら誰かに食べてもらった方が嬉しいな」

「そういうことなら、ありがたくちょうだいします!」


 ソフィアは思いがけずもらったクッキーを大事そうにポケットへとしまった。

 そして、ソフィアは大きく頭を下げると出店から背を向ける。レイラから「ここで待っていて」と言われたのだ。あまり離れるわけにはいかない、と。

 でも、少し気になってもう一度出店の方を振り向いた。


「あ、あれ……?」


 しかし、出店もローブの人間の姿も、もうどこにもない。

 ポケットには、ちゃんと美味しそうなクッキーの感触があるというのに。


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