入団二日目

 碌に『神隠し』の真相に近づけないまま翌日を迎えてしまったアルヴィン。

 夜に活動してしまったからか、瞼はこれ以上ないぐらいに重い。

 アカデミーに通う前は日が昇ろうがお構いなしに寝られたのだが、今はそんなことを言ってもいられない。

 加えて、騎士団は定期的に授業が始まる前の早朝訓練がある。

 そのため、アルヴィンは頭が働かないまま訓練場に赴くことになった。


「…………」

「いやー、今日もいい天気だねー」

「あ、あの……」

「こういう日こそもう少し寝かしてくれたらなぁ」

「あの、アルヴィンさん……」


 おずおずと、運動服に着替えたソフィアが尋ねてくる。


「どったの、ソフィア?」

「いえ……その……」


 頭が中々働いていないアルヴィンはチラチラ見てくるソフィアが天使のように映った。

 現在、訓練場で全員が揃うのを待っている状態。

 ふぁぁっ、と。何もしていないからこそ余計にも欠伸が零れてしまう。

 そんなアルヴィンに向かって、ソフィアは―――


「どうしてなんですか……?」


 そう言われて、アルヴィンは自分の服に視線を落とす。

 確かに、ソフィアや他の騎士見習いとは違う服装だ。自分が寝た時と同じ服装なのは朧げな意識でも理解できる。


「そんなの、起きたら訓練場だったからに決まってるじゃないか」

「訓練場で寝ていたんですか!?」


 話せばかなり短いのだが、単に起きないアルヴィンをセシルが前回と同じように馬車に乗せた。

 起きるかと思えば起きなかったので、仕方なく遅刻しないように訓練場まで運んだ。

 これがアルヴィンが寝間着の真相である。


「ソフィアの心配は分かるよ」

「そ、そうですよね……あの、皆さんそろそろ集まってくるので着替え―――」

「でも、ちょっとオシャレな寝間着だから恥ずかしくないと思うんだ」

「着ている場所が恥ずかしいとこなんですよ!?」


 誰も服装そのものに対する心配はしていない。


「アルく~ん!」


 そんな時、訓練場の端で待っている二人の下へめいいっぱいの笑顔を浮かべるセシルがやって来る。

 両手には新品そうな運動着が抱えられており、アルヴィンの着替えだというのは容易に想像がついた。


「ダメだよ、アルくん。ちゃんと着替えないと?」

「仕方ないじゃん、起きたら訓練場の真ん中だったんだから」

「寝心地はどうだった? お姉ちゃん、シーツまでしか運べなかったからアルくんの睡眠が心配です」

「枕も一緒に持ってきてくれたから問題はなかったよ」

「問題しかないような気がするんですけど……」


 至極ごもっともである。


「それより、そろそろ始まっちゃうから着替えないと! 流石にその格好だとリゼちゃんに怒られちゃうから」

「おーけー、了解。脳裏にこの前の説教が蘇ってきた」

「あ、お姉ちゃんも手伝ってあげ―――」

「持ってきてくれただけでも嬉しいよありがとうっ!」


 ズボンに手をかけようとしたセシルを寸前のところで制するアルヴィン。

 この姉は油断も隙もないなと、アルヴィンは思った。



 ♦♦♦



『きしだーん!』

『『『『『ふぁい、おっ! ふぁい、おっ!』』』』』

『きしだーん!』

『『『『『ふぁい、おっ! ふぁい、おっ!』』』』』


 早朝訓練は時間が短いため、こなすスケジュールも比較的短時間でできるものだ。

 ランニングから始まり、筋トレと素振り。授業が始まる二十分前までこれが続けられる。

 今はランニングの時間。

 セシルだけでなく、のちに合流したリーゼロッテと副団長であるルイスは、訓練場の入り口付近で何やら話し合っていた。恐らく今後の予定を組んでいるのだろう。


 一方で、新人枠に入るアルヴィンとソフィアは騎士団の面々と一緒に訓練場の端をかけ声を出しながら走っていた。


「ど、どうして僕がこんなことを……ッ! 自堕落ライフにランニングは絶対不必要だと思うんだよねぇ、僕は!」

「ぜぇ……ぜぇ……頑張りましょう、アルヴィン、さん……」

「頑張って! 本当に頑張ってソフィア!」


 アルヴィンは走りながら唇を噛み締め、ソフィアは苦しそうに息を荒くする。

 新入団員はそれぞれ別の意味で辛そうだ。


「そういえば、どうしてソフィアまで一緒に走ってるの? 回復士ヒーラーだし、別にいらないんじゃ?」

回復士ヒーラーであっても体力は必要よ。万が一の時っていうのもあるし、うちはそこで分けることはしていないわ」


 横を走るレイラがソフィアの体を支えながら答える。

 後ろで結んだ赤髪と、首筋に滲む汗がどことなく視線を惹きつけてしまう。美人というのは心のオアシスだね、と。アルヴィンは横をチラチラ見ながら思った。


「ほら、ソフィア。あと十周あるから頑張って」

「ひゃ、ひゃい……」


 そして、ソフィアもソフィアで一生懸命走る姿も可愛らしいものだ。

 上下に揺れる果実がこれまた支えてあげたいほどである。


『アルヴィンさん、次はアルヴィンさんの番ですぜ!』


 鼻の下を伸ばしているアルヴィンに、騎士見習いの一人が声をかけた。


「かけ声って? 「きしだーん」とか言ってるやつ?」

「別に騎士団に固定する必要もないけど、やる気が出そうな言葉を代表して言えばいいわ」

「なるほど」


 そういうことなら、と。

 アルヴィンは大きく息を吸ってタイミングに合わせながら叫んだ。


「きょにゅーう!」

『『『『『パイ、乙! パイ、乙!!!!!』』』』』

「待ちなさい」


 たった一声だけで待ったがかかってしまう。


「ふざけてんの?」

「ふざ、けて……は! やる気……が……出る、っていうか……ら……だか、ら……こめかみを、握り潰そう……としないで……っ!」


 はぁ、と。レイラはこめかみから手を離してため息を吐く。

 一方で、走ることに一生懸命なソフィアはそんなセクハラなど耳に届いていないようだ。

 体力のなさが卑猥な言葉をガードしてくれたように何よりである。


「次はちゃんとやりなさいよ」

「任せて」


 今度こそと、アルヴィンは大きく息を吸ってもう一度タイミングに合わせて声を出す。


「ヤりた───」

「あァ゛?」

「ちがっ……今のは……まちっ、がえ……っ!」


 失敗から何も学ばないアルヴィンであった。


「……次はちゃんとしなさいよ」

「次はちゃんとご期待に沿います」


 こめかみが赤く充血しているアルヴィンは真面目な顔とサムズアップを見せる。

 それを見ても、一向に安心できる気配がないのが不思議だ。

 不安そうな顔をするレイラを余所に、アルヴィンは大きな声を出した。


「モテたーい!」

『『『『『マジで! マジで!!!!!』』』』』

「イチャイチャしたーい!」

『『『『『マジで! マジで!!!!!』』』』』


 どうしてここにいる面々はこういうやつばかりなのか?

 数少ない女の子であるレイラは阿呆な面々を見てもう一度大きなため息を吐いてしまった。 

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