夜中の人助け
部屋を飛び出したアルヴィンはそのまま公爵家の敷地も抜けた。
ただ、門の付近や周囲には雇った警備の兵士がいるため、巡回の人間を警戒しながら柵を飛び越えて抜けたような形だ。
屋敷を出たアルヴィンはすぐに近くの路地へと姿を隠す。
そして、また路地を抜けると今度は小さな馬車が一台停まっていた。
アルヴィンは数回馬車をノックをすると、中を確認することなくドアを開けた。
「自堕落な人間にしては時間通りじゃない」
「自堕落な人間でも約束は守るもんだよ、今後の参考にしておいて」
馬車の中にいたのはレイラ。
どうやら、この馬車はレイラが用意していたものらしい。
それを知っていたアルヴィンは念のため羽織ってきた上着を脱ぐと、馬車に乗り込んで腰を下ろした。
そのタイミングに合わせて、馬車がゆっくりと動き出す。
「珍しいね、レイラが一緒に行こうだなんて。いっつもは情報を渡してくれるだけで終わってたのに」
「あなた一人で行かせたら、王都まで走っていくつもりだったでしょ? 事情を知っている私だからこそ馬車を用意できたんだから感謝してほしいわ」
「はいはい、ありがとー。可愛い可愛い」
あーはっはっはー、と。
二人は同時に笑い始める。
「……最後の言葉には喜べないんだけど、どうしたらいいと思う?」
「とりあえず、僕の肩から手を離したらいいと思う」
油断も隙もなく伸びてきた腕をがっしりと掴むアルヴィン。
少しでも遅ければ、また肩関節が鬼門になるところであった。
「まぁ、あなたが失礼なことなのは今更だとして」
「おいコラ、こんなにも純粋無垢礼節正しいアルヴィンくんになんてこと───」
「所詮は噂になった事件よ? 探してもすぐに『神隠し』の犯人が見つかるとは思えないけど」
アルヴィン達が現在王都に向かっているのは、王都で度々発生する誘拐事件を探りに行くためだ。
原因、犯人不明の子供ばかりを狙った一件。
夜にこうして足を運んでいるのも、公爵家の人間に悟られないため。
露見してしまえば、すぐにアルヴィンは連れ戻されることになる。
「それはそれ、これはこれ。不安要素があったとなれば睡眠の妨げになる。知ってた? 質の悪い睡眠はお肌の大敵なんだ」
「単に誘拐された人達が心配になっただけのクセに」
「…………」
アルヴィンの表情が固まる。
「そ、それに公爵領と王都はお隣だからね! いつ僕が襲われるかも分からな───」
「セシル様が誘拐されるかもしれないからでしょ?」
「違うわいっ!」
「必死に否定するところが更にあやしー」
顔を赤くして叫ぶアルヴィンを見て、レイラは思わず笑ってしまう。
なんだかんだ言って優しく、なんだかんだ言って姉のことを好いている。それは長い付き合いで理解しており、アルヴィンの実力と素性全てを知っているからこそ余計に可愛く映ってしまっておかしく見える。
「まったく……男は見栄を張ってかっこいい姿を見せたいんだ。そんなんじゃ貰い手がなくなるよ。せっかく美人なのにもったいない」
「あら、その時は責任取ってくれる?」
「腹を抱えて爆笑してやる」
ぱきゃ♪
「……それで?」
「……僕の家督的に問題なさそうな時が来たら喜んで」
ぶらぶら揺れる右腕を見て、アルヴィンは大人しく頭を下げる。
これ以上何かを言えばファスナーすら下ろせなくなってしまいそうだ。
「そういえば、騎士団の人達も捜索してるんだっけ?」
アルヴィンが肩をはめ直しながら尋ねる。
「えぇ、今はそっちに注力して探しているみたいよ。けど、犯人も誘拐された人間も見つからないから、私達がこうして影のヒーロー役にならなくてもそのうち別役でオファーが来ると思うわ」
「というと?」
「アカデミーの騎士団もこういう依頼を受けるのよ、人手が足りない時なんかに。だから時間の問題じゃないかしら」
なるほどね、と。
アルヴィンは馬車の窓枠に頬杖をつきながら口にする。
「今の話を聞くと、父さん達は盗賊やら義賊達の仕業とかっていう線は考えてなさそうだね」
「攫って奴隷として売り出す……なんて線も初めは考えていたみたいだけど、攫われた人間は本当に子供ばかりなの。盗賊達が狙うんだったら、もう少し年齢の高い女性も攫うはずだわ」
「そうじゃないから、その線は消したのか。となったら、表に出てこないような人間が顔を出したってこと……」
「そうなるわね。王国の騎士団が見つけられないのも、その理由が大きいと思うわ」
けど、と。
レイラは口元を緩める。
「ただ、誘拐は王都の寝静まったあとに行われていることが分かったわ。しかも、外出していない家で寝ていたはずの子供が姿を消していて、決まって金髪の子が誘拐されている。あと、これは多分王国の騎士団も手に入れていない情報だと思うけど……誘拐された子供は決まって前日に出店で買ったお菓子を食べていたらしいわ」
「……前から思っていたけどさ、そういう情報ってどうやって手に入れてくるの?」
「ふふっ、企業秘密♪ 乙女は隠し事が多い方が魅力的でしょう?」
「ミステリアス路線を信じすぎじゃない?」
一端の貴族令嬢がどうして王国の騎士団ですら手に入れていない情報を手に入れているのか?
アルヴィンはミステリアスな女性を目の当たりにして頬を引き攣らせた。
「……それじゃ時間帯もぴったしなことだし、僕達は金髪の子供を中心に見張って出てくるのを待てばいいのか」
「王都に住んでいる金髪の子供をピックアップしておいたわ。残念ながら、出店については探ってみたけど……おかしなことに何も手がかりがなかったから、とりあえずそれでいいんじゃないかしら?」
「……ほんと、相棒さんは手際がよくてご近所さんに自慢したくなっちゃうね」
レイラはその言葉を受けて、気持ちが少し高揚する。
目の前にいる少年に『相棒』だと言ってもらえたから。
頼りにされていると分かって、レイラは馬車に揺られながら思わず鼻歌を鳴らしてしまった。
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