アルヴィンとセシル
『今日から家族になるセシルだ。仲良くしろよ、アルヴィン?』
アルヴィンに新しい家族ができたのは五年前ぐらいのことだ。
父親の騎士団で共に働いていた友人が戦地で亡くなり、その娘を引き取ることから始まった。
どうやら、友人の最後のお願いだったらしい。
母親は早くして亡くし、親戚は金を貪るだけのクズ。そんな人間と一緒に暮らせばどうなるか?
アルヴィンの父親もそれは知っていたらしく、今回のことに至ったのだそう。
「セシルです! 今日からよろしくね、弟くん!」
初めの印象は「騒がしいやつだな」というものであった。
母親もいないのに、最後の肉親を失った。
にもかかわらず、気丈に振る舞える姿は違和感しかない。
父親のことなどどうでもよかったのか? 感情の起伏があまりないのか?
そんなことを思ったが、その頃から自堕落な生活を望んでいたアルヴィンは「適当に過ごそう」と、セシルに関して大した関心を向けなかった。
───それから、セシルはことあるごとにアルヴィンへと構った。
学業、剣術。それらの合間を縫って。
元々得意だった剣も公爵家に来て充分な指南を受け始め、目覚しい成長を見せる。
才能があるというのは一目見れば分かった。恐らく、同年代ではほとんど敵はいないだろう。
しかし、驕る姿など一切見せない。
アルヴィンにも、新しい父親にも母親にも、使用人にも。
明るく、いつも笑顔ないい子。
そういう認識が広まった。
そのおかげで、アルヴィン以外はすぐにセシルを受け入れ、好感を寄せていった。
「アルくん、何してるの〜? 一緒にどこかお出かけしない!?」
「しない。邪魔しないで、セシルさん」
何故アルヴィンは好意を寄せないのか?
余所者が家族になったから? しょっちゅう構ってくるから?
違う、てめぇ家族死んだんだろ? なんでそんなヘラヘラしていられる?
……そんな、子供みたいな理由だった。
でも、その認識が崩れたのはそれから一年後のことだった。
ある日、アルヴィンは寝付けず夜風に当たろうとふと外に出ようとした。
部屋にバルコニーはない。そのため一度外に出なくてはならなかった。
そして───
「ひっ、ぐ……お父さん……っ!」
庭のベンチにて、膝を抱えて泣いているセシルを見かけてしまった。
普段あんなに笑っている彼女が、今でも折れそうな姿と嗚咽を一人寂しく夜に沈めている。
(あぁ……そりゃそうだよね)
薄情なんかじゃない。
単に強がっていただけ。
考えてみれば当たり前のことじゃないか。
自分とさほど歳の変わらない女の子で、まだまだ子供だ。
そんな子供が両親を幼くして失って、新しい環境に放り込まれて飄々と笑っていられるわけがない。
でも、笑っていないと新しい環境では淘汰されてしまう可能性がある。
何せ、味方が誰一人としていないのだから。
アルヴィンの胸の内に罪悪感が込み上げてくる。
自分はセシルほど優しくはない。自堕落な生活を送りたいし、周囲がどうなろうと自分さえよければなんでもよかった。
でも、この時だけは───
「ふぇっ……アルくん……?」
アルヴィンは泣いているセシルの横へ腰を下ろす。
突如現れた姿に、セシルは驚くとすぐさま目元の涙を慌てて拭った。
「ご、ごめんねっ! お姉ちゃんいたら困るよね……あちゃー、情けないところ見せちゃったなぁ……」
今すぐどっか行くね、と。
セシルは溢れる涙を抑えてその場から立ち上がろうとした。
だけど、アルヴィンは寸前でセシルの腕を掴む。
「いいよ、別に」
「え……?」
「姉さんの居場所はもう、ここなんだから」
アルヴィンは素っ気なくも、その場で頬杖をつく。
その姿を見て、セシルはおずおずと座り直した。
「ごめん、姉さんのこと知ってあげられなくて」
そもそも見る気がなかった。
薄情な野郎だと、軽蔑しためさえ送っていた。鼻で笑われるぐらいの手のひら返しなのは自覚している。
それが申し訳なく、けれども素直に言えなくて、言葉とは裏腹に少し冷たく聞こえるぐらい低い声で口にした。
だけど───
「僕がいるから」
「…………っ!」
「これからは、僕が姉さんの傍にいるから」
その言葉はセシルにはどう聞こえたか?
セシルは呆けた表情を一瞬だけ見せたものの、すぐさま再び溢れんばかりの涙を流した。
「いいの? 私、本当の家族じゃないよ……?」
「家族だよ、誰がなんと言おうと」
「で、でも───」
「でも、じゃない」
アルヴィンはセシルの頭を優しく撫でた。
「姉さんはもう、僕達の家族だ」
それを受けて、セシルは口元を震わせながら小さく笑った。
すぐに触れれば崩れてしまいそうなほど、溢れる涙を堪えていた。
でも、決して無理矢理気を張っているからではない。
ただ、最後にこう言いたくて───
「そっ、かぁ……嬉しいなぁ、私に、味方がいたん、だ……ぁ……」
───この時からだと思う。
アルヴィンの意識が明確に変わったのは。
自分さえよければ……なんてことはない。
守りたい人ができた。
それが、心の奥底に楔のように根付いてしまった。
♦♦♦
(懐かしい夢見たなぁ)
皆が寝静まってすぐのこと。
予定通りの時間に目を覚ましたアルヴィンは、少し感傷に浸ってしまった。
脳裏に浮かぶのは、懐かしい昔の記憶。
初めてセシルと出会って、それから自分の何かが変わった瞬間だ。
「ふへへ……アルくぅん……」
横からそんな声が聞こえてきた。
どうやら、いつの間にかまた自分のベッドへ潜り込んで来てしまったみたいだ。
(はぁ……ほんと、どうしてあれからこんなブラコンになったんだか)
アルヴィンは体を起こし、腕にくっ付いているセシルを起こさないように引き剥がす。
容姿が整っているのも困りものだ。身内とはいえ、こんな無防備な姿は目に毒、心臓に釘としか言いようがない。
とはいえ、この姉とも長い付き合いだ───仕方ないなと、どこかでそう思ってしまう。
(……さて、遅れないようにさっさと出ますか)
ベッドから下りると、クローゼットから外行きかつ動きやすい服を手に取った。
何故か自分のクローゼットの中にワンピースやらドレスやら女性ものの私服があったが、アルヴィンは苦笑いを浮かべながらも無視する。
着替え、今度は窓を開け放って窓枠に足をかけた。
「…………」
アルヴィンはチラりとセシルの無防備な寝顔を見る。
ふと、もう一度脳裏に昔の光景が浮かび上がった。
『そっ、かぁ……嬉しいなぁ、私に、味方がいたん、だ……ぁ……』
だからからか、アルヴィンは最後に小さく笑みを浮かべる。
「大丈夫、姉さんのことは僕が守るから」
そう呟き、アルヴィンは窓から外へと飛び降りた。
故に───
「知ってるもん……ばかっ」
頬を染めてシーツに顔を埋めるセシルの言葉は届かなかった。
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