実力測定

 どうしてアルヴィンの実力をお見せする必要があるのか?

 ただ自慢したいだけとは知らない生徒達は憧れであるセシルに案内されるがまま訓練場へと赴いていた。

 そしてアルヴィンもまた、げっそりとした表情で訓練場の隅っこに顔を見せていた。


「ちゃ、ちゃんと来たんですね……」

「制服のポケットにさ、「お姉ちゃんは口元が寂しいです」ってメモ書きがあったんだよ。ここで無視してばっくれれば帰った時に何をされるか……ッ!」

「えーっと……飴ちゃんを舐めたいとかっていうお話ですか?」


 恐らく違うと思う。


『すみません、セシル様! それで、僕達は一体何をすればいいのでしょうか?』


 生徒の一人が手を上げてセシルに尋ねる。

 木剣を持ったセシルは「いい質問だ!」と、表情に笑みを浮かべた。


「講師の人にね、皆が『武』に対してどれほど実力があるか知りたいんだって。それによってカリキュラムが変わってくるから」


 このアカデミーでは魔法士志望や騎士志望、その他関係なく平等に同じ授業が与えられる。

 それは組み分けによってクラス内外の交流を深めよう、得意分野以外の知識も学んでおくという目論見があるのだが、それによって当然弊害というのが出てくる。

 得意なものであれば上達を見せるが、不得意なものであれば停滞してしまう。


 簡単に言ってしまえば、剣を振ったことのない人間に剣を持たせてもいい成績を出せなかったり、魔法が使えない人間に魔法を使わせられなかったり。

 しかし、そこは貴族が多く集まるアカデミー……個々の技能を把握して、それ相応のカリキュラムを組むのがアカデミーの方針。

 そのため、一つの授業に講師が一人ということはない。生徒に合わせ、それに合った講師を何人か充てる。

 それによって平等に生徒が向上できるようにしているのだ。もちろん、歴史や経済学といった座学に関しては別の話だが。


「この中に、私は剣も魔法も使いませんよーって人はいるかな?」


 セシルが皆に尋ねる。

 すると、誰一人として手を上げることはなかった。

 将来家督を継いだり文官になるといっても、自衛の術は必須。そこは流石貴族といったところか、最低限しっかり何かしらを学んできているようだ。


「あ、あのっ! 私、魔法は使えるのですが……」


 そんな時、アルヴィンの横にいるソフィアがおずおずと手を上げた。


「およっ? もしかして、そこの君は回復士ヒーラーだったりするのかな?」


 回復士ヒーラーとは、他者を癒す魔法を使う者のことである。

 直接戦闘をする能力ではなく、後方支援に特化した魔法士であり、戦場では重宝されることが多い立場だったりする。


「は、はいっ!」

「んー……なら、今回は君以外でやろうかなぁ。回復士ヒーラーはちょっと特殊だからね」

「姉さん、実は僕も―――」

「さぁ、気を取り直して始めちゃいましょー!」

「姉さん、僕は何もできないんだッッッ!!!」


 必死に手を上げる生徒一名を無視して、セシルは言葉を続ける。


「あの子以外、ちゃんと何かできるようでなによりです! なので、これからお姉ちゃんがお願いされたことをしっかりとこなすためにも、今から君達には各々の実力を見せてもらいます!」


 けど、と。

 セシルは腰に手を当てて肩を竦めた。


「一人一人実力を見せてもらうと時間がかかっちゃうんだよねぇー。皆も、アカデミーの中を探検したいでしょ? それに、寮に住む人とかは荷物の整理とかしたいだろうし。だから、一斉に実力を見せてもらうことにしました!」

『もしかして、皆の相手をセシル様が……?』

「ううん、違うよ!」


 そして、セシルは顔を皆から逸らしてにっこり笑った。

 その視線の先には、最愛の弟の姿がくっきりと―――


「皆には、アルくんを本気で狙ってもらおうと思いますっ!」


 やると思った。

 アルヴィンはさめざめと泣いた。


『え、えーっと……お言葉ですが、流石にそれは厳しいんじゃないかと』

「ふぇっ? どうして?」

『あの公爵家のつら……いえ、アルヴィン様がこの人数を相手にできるとは思えません。それどころか、一人を相手にするのも厳しいかと。セシル様がお相手してくれるのならまだしも……』

「むっ? アルくんは私よりも強いんだぞー! お姉ちゃんの剣を二回も弾いたんだからー!」

「姉さん! 僕もそう思います!」

「アルくんは黙ってて!」


 そうは言っても、皆の目は「信じられない」といったもの。

 そりゃそうだ、よく噂で聞く公爵家の面汚しが何をできるわけもない。無能と自堕落を体現したような人間が、努力した人間になど勝てるわけがないのだ。

 セシルの前だからこそ面と向かって馬鹿にはしないが、皆一様に嘲笑をアルヴィンに向けていた。


「皆が信じてくれない……他の皆もそうだけど、どうして信じてくれないのかなぁ」


 そりゃそうだろというのがアルヴィンの感想であった。

 しかし、弟を溺愛することに長けたセシルはこんなところで諦めるようなレディーではない。

 すぐにしゅんとした顔から一変し、ビシッとアルヴィンに対して指を向けた。



「だったら、この中で誰か一人でもアルくんを倒せたら……!」

「新手の脅し!?」


 アルヴィンは思わずそんな言葉が漏れてしまう。

 しかし、そんなアルヴィンを他所に……生徒達は異様な興奮が混ざったざわつきを起こすのであった。

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