いい女は残業をしない
10年前。
当時10歳の俺には1人の使用人がいた。
彼女の名はアデーレ・フェスタ。
髪を金色に染め、耳にはピアス、指にはリング、腰にはチェーン、使用人の制服は勝手に改造し、仕事中でもお構いなく煙草をふかす。
そんな不良メイドだった。
「ふぅ~~~~。少年、紅茶を頼めるか?」
「主人に仕事させる使用人がどこにいんだよ」
「アールグレイがいい」
「聞いてねぇな、こいつ」
主人の前でタバコを吸い、当然のようにパシるアデーレ。
俺はため息をつきながら、いつものように紅茶を入れる。
「なんでこれでクビにならねぇんだよ」
「アタシが美人だからだろうな」
「それ、理由になんのかよ」
「後は単純にアタシが有能だからだな」
「業務中に漫画読んでるヤツのセリフとは思えねぇな」
「今週のワンピ面白れぇ。少年も読むか?」
「あなたのご主人様は勉強中なの。見て分からない?」
「やめとけやめとけ。目的のない勉強ほど時間の無駄はない」
「目的はある。この家を出るんだ」
あんなクソ親父のところにずっといられるかってんだ。
「なら、なおさら少年誌読んどきな。将来の役に立つ」
「参考までに何の役にたったか教えてもらっても?」
「将来の夢が決まった」
「少年誌と使用人が結びつかないんだが?」
「ばっかオマエ。カッコいい使用人とかめっちゃ出てくんだろ」
「そう言うのって普通主人公とかに憧れて、海賊とか忍者とか死神になりたいとか言うんじゃねぇの?」
「ぷふー。お子ちゃまだなぁ~~~」
「腹立つ~。殴っていいか」
「主人公もいいが、それを支える役もいいもんだ。そうだな、こいつを読んでみろ」
俺の本棚から一冊の漫画を取り出す。
もちろんそれは俺のものではない。アデーレが勝手に本棚に入れたものだ。
「かてきょ……?」
「マフィアものの漫画だ。アタシはその漫画に出会い、中学時代をめちゃくちゃにされた」
「禁書かなにかか?」
「最高にカッコいい漫画だ」
「…………」
「…………」
「……いや、そんなじっと見られても読まないぞ」
「風紀委員長もいいんだが、個人的には主人公の右腕の少年が癖に刺さる……ヘケェ!」
「はいはいそうかよ」
「ちなみに、アタシは押しキャラの複数属性に憧れて――」
アデーレは左手の五指にそれぞれ色の違う炎を灯す。
「5種類の炎を出せるようにガンバった」
親指から、緑、青、赤、黄、紫の5色。
「うっわ、バカがいる」
その炎を見て、俺は彼女に侮蔑の眼差しを向けた。
「魔法は特化して伸ばした方が効率的だって先生言ってたぞ」
「出た出た。ガキはすぐせんせぇ~、だよ。教師の言うことなんて話半分に聞いときな」
「少なくともあんたよりは有用なこと教えてくれるぞ」
「よし、ならアタシも有用なことを教えてやろう。さぁ、修行だ。多色炎マスターしてみたくないか?」
「それ、答え分かってて聞いてんのか?」
「カッコいいぞー」
「やらない。知ってるだろ。俺の魔力が低いことを。ただでさえ、今使える魔法の火力が低いんだ。これからもっと練度を上げてかなきゃいけないのに、他の色の炎になんか手ぇ出せるかよ」
「それなら前にも言っただろう。詠唱魔法を使えば、ある程度のハンデは埋められるってさ」
「魔法としてのレベルはそうかもだけど、戦闘において詠唱は致命的な弱点になるだろ。現代魔法は速さが求められるんだから」
「そんなのは詠唱を覚えられない暗記苦手なポンコツどもの戯言だ。使い方によっては詠唱魔法の方が強い時もあるだろ」
「本音は?」
「詠唱ってかっけぇよな」
これだ。
彼女の行動原理、その最上位にいるのがカッコよさ。
逆にカッコよくなきゃ何もやらない。
「さて、冗談は置いておいて。真面目な話をしよう」
「ふざけてたのお前だけどな」
「ここにアタシの青春時代を全てつぎ込んで構築した多色炎習得までのロードマップがある」
アデーレは鞄から使い古された5冊のノートを取り出した。
「これを君に継承しよう」
「バカにするな。これくらい一瞬で灰に出来る」
「燃やすな燃やすな」
「黒歴史の処分を俺に頼んだんじゃねぇのか?」
「人の青春を黒歴史扱いするんじゃあない。そんな真っ黒じゃない。せいぜいが灰色だ」
「よかった。黒に近い自覚はあったか」
「取り合ず、アタシの青春が何色だったかなんてのは関係ないから、一旦置いておいて」
アデーレはそのノートを俺の机の上に置く。
「今後もし、その気になったらでいい。読んでみることを勧める。後、さっきの漫画もな。お姉さんとの約束」
そう言って、彼女は部屋の扉を開ける。
「それじゃ、アタシは帰る」
「は? 仕事は?」
「いい女は残業をしない」
そう言い残し、バタンっと扉を閉めながら出ていってしまった。
「定時前だぞ……」
そんな、自分勝手な女性であったが、他の人たちより一緒にいて気が楽だったのは確かだ。
両親たちの前では子供扱いされないよう、気を張っていたし。
他の使用人たちは俺の前では畏まっていて、距離を感じた。
同級生たちも表面上では仲良くしてくれているが、俺が神代である以上、気心休まる関係と言うのは難しかった。
だから、いつも彼女が俺の部屋に来るのを少し楽しみにしていた。
けれど、翌日、彼女は俺の前から姿を消した。
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