交わらない世界と希望なき未来

「着いた」

 そこはどこにでもあるような家系ラーメンの店だった。

 暴れるって言ったって、あの人たちもむやみやたらに人を襲ったりはしないと思うんだけど。

 店では何が起きているんだろうか。

 その辺の状況は何一つ教えてくれなかった。というか、本当に切羽詰まっててそれどことではないと言った感じで電話切られちゃったんだよね。

 まぁ、中はいれば分かるでしょ。

 けど、よく見たら店が大繁盛していた。

 いや、店の客ってよりは見物人ってのが多い気がするけど……本当に大きな喧嘩とかはしてないよね。

「ごめんなさーい。失礼します」

 人混みをかき分け、なんとか店内に入ることが出来た。

 だが、そこは僕の知っているラーメン屋ではなかった。


 戦場。


 それがこの場を現す最適な言葉だ。

 店員たちは大急ぎで厨房と客席の間を行き交っている。

 厨房の方は何を言っているか分からないが、いろんな言葉が飛び交っている。

 「あれやれ」だの「これはまだか」なの。まるで締め切り前の作家のよう。

 どういう状況なんだ、これは?

 そんな混乱に陥っている僕の元に、電話をしてきた河野君が僕のところにやってきた。

「唯野! お前にあれを何とかしてもらいたいんだ!」

「あれ?」

 河野君が指差した方向を見ると、ラーメンを入れる丼が高く積み上がり、壁のようになっていた。

「なに? 食器下げるの手伝えってこと? 仕事じゃん。僕働かないよ!」

「違う違うそうじゃない。その奥だ。大量の丼で見えないだろうが、いるだろ。見知った顔が」

 河野君に言われた通りに、向きを変え、丼壁の奥を見る。すると、

「あ」

 知ってる顔があった。

「何してんの!? プリムラ! メイさん!」

 そこにいたのはうちのメイド姉妹(仮)だった。

「ほふほふふふほふはふふふ」

「いや、何言ってるか分かんないよ!? そのラーメン食べ終わってから喋って!」

「ずずーーーーーーーーーーーーー。ごくん。おかわり」

「おかわり、じゃないんだよ! いきない家に電話かかってきて、何事だと思って来たのに、なんなのこれ! まずは説明からでしょ!」

「何でもありませんわ」

「メイさん、そんなわけないじゃないですか。こんだけ人集まってて、店員からクレームの連絡が来てるんですよ。一体何やらかしたんですか?」

「ただラーメンを食べていただけですわ」

「それならこんなことにはなっていません。正直に答えてください」

「だから、ラーメンを食べていただけですわ」

「ダメだ。この人に聞いても話が進まない。えっと、河野君だっけ? この人たち何やらかしたの?」

「それが、この人の言う通り、ラーメンを食べてるだけです」

「あーえっと、ごめん。じゃあ、なにも問題は起きてないってことでオケ?」

「いやいやいやいやいやいや! 大問題が起きてるんだよ!」

「だから、その大問題が何かって聞いてるの!」

「あの人たちがラーメンを食べていることです!」

「なにこれなぞなぞ? 帰っていい?」

 そこで僕は家に帰ろうとした。

 だけど、それを止めるように河野君は叫んだ。


「この人たち食べ過ぎなんですよ!!!!!!!!!!!」


「へ? 食べ過ぎ?」

「そうです。10時開店の時から店に入り、5時間ずっとここに居座ってるんだよ! しかもただいるだけじゃなくて、ラーメン大量に注文して来やがんだよ。ラーメン一杯間食するのに5~10秒、それを減速なく食べ続けるからもう店の在庫がなくなりそうだし、提供も常時ピーク状態みたいになってて調理担当の人たちがもう倒れそう」

「ラーメンってそんなわんこそば感覚で食べれたっけ?」

「しかも、ライス無料をいいことに、1人で90合ほど食べられ、米もほとんど残っていない。店はもう壊滅的危機だ」

 何も頼まず長居するのは迷惑客の典型だけど、これはもう逆に業務妨害じゃないかな。

「いや、待って。でも、タダ食いしてるわけじゃないよね? お金は払ってるんだよね?」

「当然ですわ。ちゃんと券売機で食券を買っていますわ」

「なら、店の売り上げになってるし、いいんじゃないのかな?」

「よくない! 今日の食事代は全部俺のおごりなんだよ! これじゃあしばらくタダ働きだ!」

「え? 何? どういうこと?」

「メイさんに奢るから俺の店に遊びに来てよ、って言っちゃったんだ。そしたら、同僚のメイドさんを連れてきてこんなことに……」

 同僚のメイドさん? あぁ、そうか。今のプリムラは銀髪の方だから、河野君にとっては初めて会う人なのか。

 まあ、それはそれとして。

「自業自得じゃん」

「そうなんだけど! なぁ! 頼むよ~~~~~~!」

 河野君は鼻水を垂らしながら、僕にすがってきた。

「ラーメントッピング全乗せを5杯、油そば3杯、チャーハン3つ、餃子20枚、唐揚げ5個追加で」

「今すぐ食券を買ってまいりますわ!」

 プリムラの頭おかしい注文を聞いて、メイは券売機の方へ走って行った。

 そして、それを聞いていた店員たちの顔は真っ蒼になっていた。

 河野君だけだったら放置だけど、流石に他の人たちにも迷惑かかってるっぽいし放っておけないかな。

 仕方なく、券売機の前に立つメイの元に向かった。


「あのメイさん、そろそろやめた方がいいのでは?」

「何を言ってますの? お姉さまがあの程度で足りるわけありませんわ」

「確かにそうかもしれないけど、これ以上はまずいって」

「他の人がどうなろうがわたくしには関係ありませんわ」

「いやいや、プリムラの方ですよ」

「お姉さまが何だというの?」

「家系ラーメンってカロリーとか油が凄くて食べ過ぎると体に悪いんですよ。特にスープ。普通の人は家系ラーメンでスープを飲み干すなんてことはしないけど、プリムラは既に数十杯のスープを平らげている。今後の健康状態に大きな問題が起きかねないんです。本当にプリムラのことを想うのなら、今ではなく、将来を見据えて、支えていかなければならないのではないでしょうか? 依存するだけが忠誠じゃない。偏食から主を守るのも従者の仕事だと思う。だから、これは君の仕事です」

「ふん! 懇切丁寧にありがとうございますわ。やってやりますよ。お姉さまの健康管理!」

「流石に今日食べた分は体に何も異常を起こさないなんてことにはならないと思いますので、すぐさま病院に行かれた方がよろしいかと」

「分かりました。お姉さまは今すぐに病院へ連れていきます。じゃ、後のことは任せます」

 といって、メイはプリムラに何かコソコソ話し、その後、すぐに店を出ていった。


「ほら、一件落着だ。これでいいだろう?」

「あ、ああ、助かったよ。僕のバイト代は助からなかったけど」

「これに懲りたら、メイさんに余計なちょっかいを駆けるのは止めておくんだな」

「え。気が付いていたの?」

「知らん方がおかしいだろう。あわよくばメイさんとお近づきになりたいと思っていたんだろうが、君じゃ、あの人は無理だよ。高嶺の花ってことじゃない。住む世界が違うんだ」     

 だから、きっと、彼らが交わる世界は存在しないのだろうと僕は思う。

 人間と魔女、さらにメイさんは魔女の最高位、お姫様なのだ。ただの一般人が仲良く出来るようなそんな人ではないのだから。

 でももし、そんな世界があるとすれば、それは人間と魔族の戦争がなくなった世界かもしれない。

 戦争真っ只中のこの世じゃ、夢のまた夢。

 いや、違うな。

 この世界で戦争が終わるとすれば、それは人間、もしくは魔族の絶滅。どちらかは決して生き残ることが出来ない未来しか待っていない。

 ホント、神様ってのはひどいことを考えるものだ。

 ただ、それでももし、この世界を変えられる存在がいるとすれば、それは………………。

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