第10話
魚介のスープは、骨と貝殻だけを残してきれいに食べつくした。あたりが紫色の夕やみに包まれ、ウエイターがテーブルの上のランプに火をともした。
どこからかやってきたアコーディオン弾きが音楽を奏でると、何人かテーブルから立って中央へと向かった。男女が向かい合ってくるくると踊り始めた。
その様子をぼんやりと眺めながら、わたしは、ワインの最後のひと口を飲み干した。もうぬるくなってしまった、甘口の白ワイン。
我に返る。イーサンがその水色の瞳でまっすぐわたしを見つめていた。
「そっか。じゃあ、万が一、君が亡くなったら、脳だけ冷凍保存しておくよ」
「でもそんなことしたら、蘇生した時に時代についていけないじゃない」
「だいじょうぶ。きっとその頃には人工知能が出来上がってるはずだ。それまでの君の記憶を全部コピーし、学んでいく。君自身が進化した人間になるんだよ」
「なんでそんなこと……」
「君は知らないかもしれないけど、これからの将来に平和なんてないんだよ。人は金儲けのために戦争に明け暮れ、自らを滅ぼしていくんだ」
……何を言ってるんだろう、この人は。
言葉はわかるのに意味がわからなくて、変なふうに笑った。それでもイーサンは大真面目だった。
「これからの時代はきっと、そいつが世間を席巻するよ。そして君はその一部になる。永遠に生き続けることができるんだ」
イーサンの言葉がどこか遠いところから聞こえてくる。何か変なことを言っているような気がするのに、ぼんやりしてしまってよくわからない。
「へえ……すごいね」
「だから、何の心配もいらないんだ」
そこでイーサンはわたしの顔に自分の顔を近づけてきた。
「でも、このことは誰にも言わないで」
「どうして?」
「機密案件だから」
わたしたちは席を立った。歩き出した時に、ふらっとよろけた。
「だいじょうぶ?」
腕を取って支えてくれた。
やっぱり酔っているんだ。……そんなに強いワインじゃなかったのにな。
目がかすむ。足がふらつく。
何かを蹴飛ばした気がしてつま先を見る。石畳が二重になって見える。指先ほどの小瓶。いや、ただの小石か。目の焦点が合わない。
「大丈夫? さ、ホテルに帰って休もう」
ああ、優しい。やっぱりこの人が好きだ。
体をイーサンに預ける。
ちょっとオタクっぽいけど、ステキな人。結婚してよかった。
幸せな気分のまま、目を閉じた。
了
機密案件 月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊 @Tsukimorioto
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