第4話
「ハロー」
エイミーの家のドアを開けると、吐き出すようなリズの声が聞こえた。
「絶対、爆弾じゃないわよ」
つられるようにダイニングルームへ向かった。
リズは背が高くて手足がすらっとしたきれいな人だ。きれいに化粧をして、顔にはしわひとつない。二つの胸はぷりっと盛り上がり、ウエストはきゅっとくびれている。体にピタッとした白いシャツに膝上二十センチのミニスカート。これで五十二歳だというのだから、本当に驚きだ。
両手を腰に当て、あきれたようにエイミーを見下ろしている。一方のエイミーは身長が百四十五センチくらいで、やせ形でいつもちょろちょろしている。
「ハイ」
わたしが行くと、リズは、くちゃ、くちゃとガムをかみながら、両腕を胸の前で組み、小さく顎をしゃくってテーブルの上を示した。そこには、ミカン箱ぐらいの大きさの箱が置いてあった。
「あんたはどう思う?」
「違うと思うけどね」
「大体、なんでこんなの預かっちゃったわけ? このタイミングで」
リズは、くちゃ、くちゃとやりながら、呆れたように言った。
「だって、預かった後に聞いたんだもん、爆発物の話」
エイミーは少しも悪いと思っていないように、その大きな口を開けて、にかっと笑った。なんか、はめられた気がする。
「住所も名前も、おとなりさんので間違いないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、だいじょうぶよ、チクタク音も聞こえないし」
リズが、箱に手を伸ばした。
「やめなってば!」
「危ないよ!」
ガタン!
箱が動いた。
全身に冷たい汗が伝った。
走り去るエイミーの背中。とっさに後ずさるリズ。床に倒れたイス。そんなものをスローモーションのように眺めながら、床に転がり、ソファの陰に隠れた。
体を丸めて耳をふさぎ、固く目を閉じた。
轟音と爆風。真っ黒い煙に吹き飛ぶ家具。くずれる部屋の壁。
そんなものがまぶたの裏に浮かんだ。
けれど。
くちゃ、くちゃ。
聞こえてくるのは、ガムをかむ音。
恐る恐る顔を出す。
「ほら、平気じゃん」
リズが、ふてぶてしい顔に皮肉な笑みを浮かべた。もう一度派手にくちゃ、くちゃ、とやった後、膨らませて、ぱちん、と、口の中で潰した。
「で、今日、どうする?」
エイミーが何もなかったみたいな顔でとなりの部屋から出てきた。その褐色の肌に浮いたそばかすをゆがめて笑った。
「ランチに行こう」
ふたりには小学生の子供がいる。平日、自由になれるのは午後二時ごろまでだ。
「クリスティは?」
エイミーは相変わらず、くちゃ、くちゃを繰り返しながら、首を横に振った。
「誘ったんだけどね」
やはり荷物のことは、みんなで集まる口実だったのだ。
「じゃあ、基地に行こう」
わたしは言った。
「ガス、入れなきゃいけないから」
ヨーロッパはガソリンが高い。基地の中だとアメリカと同じ値段でガソリンが買えるので、軍関係者はみんな、給油は基地内で行っていた。わたしもそうだった。
でも、エイミーとリズは顔を見合わせた。
「今日、反戦デモやってるんじゃなかったっけ?」
リズがあからさまに眉を顰める。今度は三人で顔を見合わせた。
「じゃあ、ダウンタウンでも行く?」
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