党との調整
「関税同盟の批准は順調だよ。労働党は自分たちの権益を守るのに必死だがな」
当然だ。関税が下がったり撤廃されれば自国の産業に悪影響がでるのは避けられない。
特に労働党は労働組合が主要な支持母体であるのだから、真っ当な行動だろう。
夜に組まれた与党保守党・クロス党首との会食。
話題は私とフィール外交部長が署名した関税同盟の批准だった。
「労働党はいいんですよ。どちらにしろ反対でしょうから。問題は与党の造反者です」
クロス党首はため息をついて
「一部よく思わない人がいるのは事実だ。特に地元の財界から支持を得ている議員はな。この前の師団数増加案といい、ウォール議長は議会を軽視しているのではないかと指摘が上がっている」
「野党の常套句ですね」
「与党議員からも出ている。あんまりそういう声が増えるとまずいのは君もわかっていることだろう」
「分かっています」
議会からの支持を失えば、政権など無いに等しいからな。
「私も各議員のところを回って説得しに行ったほうがいいでしょうか」
「そのほうがいいんじゃないかね。無理な法案をお願いしているのに、顔一つ出さないようでは筋が通っていない」
「それもそうですね」
クロス党首は焼かれたステーキにナイフを入れた。
肉汁とピンクの肉の断面、あまりにも柔らかく最初豆腐でも切ったのかと思った。
頑張って嚙み切った定食屋の安肉が嘘のようだ。
「君は議会があんまり好きではないのか」
「議会で話し合っても国民所得は増えませんし、勝利も得られませんし、未来がよくなるわけではありません。大体様々な考え方があるのに、仲良く話し合いなんてしていたら何も決められなくなりますよ」
「それもそうなんだろうが。どうじゃ、君のやっていることを議会で演説するというのは?」
「議員からウォールを出せって言われたんですね?」
クロス党首がまたため息をついて
「そういうことじゃ。わしとしては演説することを勧めておく。議員の面目も保たれるだろうし」
確かにクロス党首の言う通りかもしれない。
演説だけで議会の面目が保たれるなら安いコストだ。
「分かりました。演説いたしましょう」
「うむ。これで議員の愚痴を聞かずに済む」
クロス党首に与党のかじ取りを任せきりだ。
きっと自由にやっている私の愚痴だの不平不満などをたくさん聞いていたのだろう。
「すみません。いつもお世話になっています」
クロス党首に言うと
「うん?いいって、それが仕事だ」
とやる気のない声で返ってくる。
仕事。そう言ってしまえばそれまでだ。けれども私たちは人間だ、機械じゃない。
結局仕事といっても中立的なことなどできず、自分の信念や感情が入り込む。
みんなそれを仕事だと言っているだけだろう。
「陳情リストってありますか?与党議員の皆様に条例批准の"ご挨拶"にいかなければなりませんから」
「そんなもの持っているわけがないだろう。…なに、わしに作らせようというのかね」
「しかしこちらは与党議員のことをろくに知らないんのです。目星を付けるだけでもありがたいので」
「与党議員の名前くらい覚えておくんだな。わしが失脚したら一体君はどうするつもりなんだ」
「すみません、ぐうの音も出ません」
「君は少数で迅速に決定して実行したがる、今まではそれでうまくいっていたかもしれないが、それを続けるといずれ何かに足をすくわれるぞ」
「分かっています。国家は一人ではなく、一億以上いるユマイル国民によって形成されています」
「分かっているならいいんだ。農業の族議員を訪ねるといい。正確には『ユマイル保守党農政勉強会』のメンバーだ。彼らは一番強硬に反対している。十人ほどだから、一日で終わるだろう。くれぐれも脅すようなことはしないようにな」
「はい」
クロス党首は水を口に含む。
「それに、そろそろ議会の総選挙じゃ。また、胃の痛くなる選挙戦をしなければならなくなる」
「選挙は国民の声を聞く大事なイベントじゃなかったんですか?」
「同時に国民が政治家を"リストラ"できるイベントでもある。選挙なんかやりたくないと考えている政治家は果たして何人いるか」
「それもそうでしょうね」
「君も若いんだから自分の地盤を気にしたほうがいいんじゃないのかね。議長が落選なんて笑えないぞ」
「ごもっともです」
選挙でいう地盤とは地元の支持組織の規模のことだ。
若く非世襲議員の私は当然支持基盤も脆弱である。
私のような若造が議長にいられるのは、保守党・クロス党首が私を担ぎ上げたからであって、実際政権発足当初は新聞から"クロス党首の傀儡政権"となじられたものだ。
「選挙とは政治家のもっとも重要な仕事だ。君は若くして議長になってしまって想像ができないかもしれないが、政界には一生行政機関に食い込めず議場で演説をするしかない人間が山のようにいる。
君がそれらの経験を飛び越えて、行政機関には入れてしまったのは、私もいいことかどうか分からない。
だが、君も"豊かな社会を作って、人間が人間らしく生きられる"ようにしたいんだろう?だったら選挙で貧困層の話を聞くのは大切ではないか」
「選挙も大切だし、貧困層からの話を聞くのも大切だと思います。私も元々貧しくて軍から上がってきた人間ですし、そもそも彼らのために政治をやっているのですから。
だからこそ、ああやって選挙の時だけいい顔をして、できもしない夢物語を語って、在職中はのうのうと美味しい料亭に通う彼らが嫌いなのです。
貧しい人々の話を"聞くだけ"では何も社会は変わらないし、意味のないことですよ」
「やはり、君は若いな…」
クロス党首はため息交じりにつぶやいた。私は聞かないふりをする。
クロス党首の言い分は間違っていないと思う。
こんな形で進めれば不満が出るのは分かっているし、あるいは私の独りよがりなことで、さらに言えば"国家を私物化"をしているのかもしれない。
今は上手くいっている。
だが、それはたまたまだ。私は神様でも何でもないし、いずれ上手くいかない時が来る。
そうすれば私の抑え込んできた鬱憤は数倍になって返ってくるだろう。
だからこそ時間がないんだ。
早く大陸の統一を実現して、豊かな社会の下準備をして、新しい世代にバトンを渡さなければならない。
今私の政権が滅んで、選挙屋の老人どもに支配が戻れば、結局またずるずるとした停滞は終わらない。
「とにかく君のやるべきことは造反しそうな与党議員のところへ行って陳情するのと、議会で関税同盟の批准の演説を行うことだ」
「ええ」
「政治には残念ながら無駄なことが付きまとう。私たちは王様ではないからな、政治家である以上根回しは避けられない」
「わかっています」
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