エマリー軍代理との朝食

「で、師団数増加の予算案を保守党が提出してくれることになったわけですか」


 後日の朝、エマリー軍代理と二人で会食を行い例の話を報告した。

 また会食かとつくづく実感する。

 政治家というものは会食して根回しすることが仕事だ。

 国民が見る美辞麗句と激しい言葉の熱い演説よりも、緊張で味もわからないのに高級料理なんか用意して、口が裂けても国民に言えないことをこそこそと言い合い、お互いの"権益"を害さないように調整する。

 中世の騎士たちを率いる王様など、もう終わった時代の話だ。


「さすがクロス党首だ。ちゃんと話を理解してくださる」

「ちゃんと五師団増やせましたか?また、減らされましたか?」

「ああ、聞いて驚け。五師団どころか、十師団増やせることになった」


 エマリー軍代理は驚いた顔をしてこちらを見た。

「十師団?私、そんな話をしていませんけど」

「五師団増やしたところで大陸の統一を考えれば、焼け石に水ですから」

「…ああ、ウォール議長は大陸の統一を掲げていましたね」

 エマリー軍代理は無表情で言い放った。


「そういうわけだから、新兵の採用と訓練を頼む」

「採用と訓練は議会で予算案通ってからじゃないと無理です。給料が払えません」

 エマリー軍代理はピシャリと否定する。彼女は規律を重んじるが、それゆえ柔軟な発想が苦手な気がする。軍人だからむしろこのくらいがいいのかもしれないが。

「保守党は議会で多数派を占めている。予算案は通る」

「十師団増やす予算案なんて、保守党の造反者がでますよ。通るか不透明です」

「クロス党首は『必ず実現させる』と言っていた」

「そんな口約束なんの効力があるんですか?」


「…ちょうどよかった。エマリー軍代理は今日の新聞を読みました?」

「いいえ、全く。職場で読もうかと思ってバックに入れてきました。一面くらい読めばよかったですね」

 私は地面にあるバックから新聞を取り出し、朝刊一面を見せる。

「『クロス党首「師団増加は党の総意 必ず実現する」 党内引き締めか』」

 エマリー軍代理が律儀に見せた朝刊一面を読み上げてくれた。

 全面にクロス党首の発言がのっている。


「国民に対してここまで言っておいて実現しなければ笑い話だ。ウォール・グリーン政権はクロス党首によって作られたも同然、彼が党首から引きずり降ろされて保守党のバックアップがなければ、わが政権はレームダック(死に体)になる」

「つまり何が言いたいんですか?」

「法案が通らなかった場合など考えなくていいということだ」


 エマリー軍代理は少し考え込んだ後、

「分かりました」

と言って頷いた。


「ユマイル・フェーム国境はどうなっているんだ?」

「相変わらずきな臭いです。フェーム帝国側も一定数軍を配備していますから」

「そうだろうな」

「ただ、大きな変化は見られないようです」

「それは良かった」

 ひとまず安心だ。

 第八次ユマイル・フェーム国境紛争なんて起きた日には、また私が夜も眠れない生活をしなければならなくなるからな。

 精神的に良くない。


「むしろ足元に注意したほうがいいかと」

「足元?」

「ユマイル陸軍にはタカ派がたくさんいますからね」

「軍人には政治的中立性が求められると思うが、憲兵は機能していないのか?」

「もちろん機能していますよ。だけれど、彼らも人間です。グレーゾーンじみたことをコソコソやっているのを制御するのは難しいと思います」

思わずため息をつく。


「確か参謀本部にもいたよなあ…。なんか強烈な女の子が」

「参謀本部作戦課長のミュー・フラワー陸軍中将ですね。最近参謀本部付きになりました」

「ああ、童顔なのにビックリするくらい極右思想だった。おいくつでしたっけ?」

「18才ですよ。陸軍大学を首席で卒業したエリートコースです」

「実戦経験は?」

「ありません。入隊後すぐに受験資格を取れて、ユマイル陸軍高等学校前期課程、ユマイル陸軍高等学校後期課程、ユマイル陸軍大学とエスカレーターで中将になっています。ずっと成績優秀者でして、特に筆記試験はすこぶるよかった、とか」

「実戦経験ない奴が作戦課長なんてやって大丈夫なのか?」

「さあ。兵站課長やられるよりマシですけどね。本当は参謀本部なんていないで、実戦経験を積んでほしいと思っているんですが、私が強く言える立場じゃないですね」

 エマリー軍代理はため息をついた。


「…エマリー軍代理はユマイル陸軍高等学校後期課程止まりか」

「そうなんですよ。陸軍大学を首席で出ている彼女は、陸軍高等学校後期課程から上がってきた私の話なんてまったく聞いてくれないでしょう。私も陸軍大学に入るキャリアを考えていたのに、どっかの誰かさんがいきなり軍代理に指名してきたので、狂いました」

 私は思わずそっぽを向いてしまった。

 そらしていてもエマリーの恨めしい視線を感じることができた。


「私からも質問いいですか」

「どうぞ」

「ウォール議長もかつては軍にいらしたとか?」

「ええ、一応」

「どうして軍を辞めて政治家になったんですか?」

 エマリーの問いに私は少し考えてから答えた。


「不毛な争いに終止符をうって、人間が人間らしく生きられるようにするためです」

「『人間が人間らしく生きられる』。左派の労働党みたいなことおっしゃるんですね」

「労働党とは違いますよ。彼らの言う、軍隊をなくそうだの、あるいは工場をなくそうだの、貴族を潰そうだの、そんなことをしたところで生活は悪化するか、それに代わる新しい何かができるだけです。

人間社会には結局、軍隊も工場も貴族も必要なんです。

だけれど、それがあるから『一般市民が人間らしく生きること』ができないわけではない。

国力を増強し資本階級の下経済を発展させ、それを庶民にいきわたる様に政府が調整・規制する」


「それが大陸統一とどう結びつくのですか?」

「経済は需要と供給で成り立ちます。大陸統一による経済統合は需要と供給の両輪を回すでしょう。フェーニング大陸の人々への大幅な豊かさに繋がります」

「結局のところ、金と?」

 エマリーの若干嫌味のような意地悪な問い。


「豊かさとは結局、労働者たちの所得です。私は拝金主義者ではないですけど、その問題から逃げることはできません」

「そうですか。『フェーニング人権論』とだいぶ違いましたね」

 『フェーニング人権論』。

 人が生まれながらにして人間らしく生きることのできる権利を持っていると主張した本だ。

 労働者階級の人々に愛読され、左派・労働党の支持者たちにとっては"聖書"と言ってもいいかもしれない。


「『フェーニング人権論』の著者は思想家ですから。それを現実に落とし込むのが、私たち政治家の仕事です」

 私がそういうとエマリー軍代理はうなづいた。

「お話が聞けて良かったです。軍人は政治的中立性が求められるのに、上司に当たる政治家を選ぶことができませんから。仕事とは言え、無能な政治家のために死にたくはないと思うのが人情です」

「ウォール・グリーンは命を捧げるに値する政治家でしたか?」

「軍人は最高指揮官の命令であればいつでも、たとえ時の政権が誰であっても、命を捧げますよ」

 エマリー軍代理らしい模範解答が返ってきた。

 確かにそう答えられたら、それまでだ。


 そう思っていると

「…個人的にはそうやって現実を受け入れつつ、理想を捨てない考え方は好きです」

 エマリー軍代理が珍しく小さい声で言ってくれた。

 声がこもっていて、まるで照れているようにも聞こえた。

「ああ、なら良かった。ありがとう」

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