第13話、クレーンゲーム

 食事を楽しんだ俺達はゆっくりした後、次の場所へと移っていた。姫月は午前中の服を買うので十分だったそうで、今は翔太の用事に付き合っている。


 翔太の用事は買い物ではなく、クレーンゲームなどが並ぶゲームセンターに行きたいという事だった。事前に翔太との打ち合わせで聞いていた話では、翔太はクレーンゲームなどが大の得意らしく、そこで姫月が欲しがりそうな景品を見つけて、それを彼女の目の前でゲットする事で自分のかっこよさを見せつけるという作戦らしい。


 果たしてそれに効果があるのかは分からないが、せっかくの機会だし楽しませてもらおうと自動ドアをくぐって中へと入った。一階にはディスカウントストアがあって、俺達の目的地であるゲームセンターはエスカレーターで登った2階にある。


 意気揚々とエスカレーターに飛び乗る翔太の後を俺は追う。メアと姫月もそれに続いた。


 そして綺羅びやかな光景が広がる。

 立ち並ぶたくさんのクレーンゲームとその中に見える景品に、奥にあるアーケードのゲームコーナーやメダルゲームの数々に驚きながらも、俺の隣に居たメアは目を輝かせていた。


「さあてと! それじゃあオレの腕の見せどころだな!」


 翔太は腕まくりをしてクレーンゲームの前に歩いていく。

 俺達は彼の腕前に期待しながら、そのゲームの様子を見守った。


 既に翔太は姫月が好きな系統のプライズの情報を集め終えているそうで、そのプライズが取れるクレーンゲームの前に立ってバリバリと音を鳴らしてマジックテープ式の財布を開く。既に準備万端のようで両替をする必要もなく、彼の財布の中には100円玉が詰まっていた。


「見ててくれよな、姫月! このぬいぐるみ、取ってみせるからよ!」

「翔太くんもこういうのが好きなのね、意外だわ」

「いや……まあ、へへっ……!」


 オレの為ではなく姫月へのプレゼントなんだぜ、と言いたげな表情を浮かべて翔太は100円玉を入れていく。アームが動いていく様子を見守っていると、メアが俺の服の裾を引っ張っている事に気が付いた。


「雨宮、どうした?」

「……っ」


 メアが無言のままちらりと何処かに視線を向けている。俺はその視線の先を追った。その先にもクレーンゲームがあるのだがその中の別の景品に彼女は興味があるらしい。


「見に行きたいのか?」


 そう聞くと小さくメアは頷いた。

 翔太はクレーンゲームに集中しているし、彼の狙いは姫月にかっこいい所を見せる事。ここで姫月も彼の元を離れると作戦が破綻してしまうので、こっそりメアと二人で気付かれないよう移動し始める。


 メアが気になっていた景品というのは、ヘッドホンを被った青いハムスターみたいなキャラクターのぬいぐるみだ。音を食べる宇宙生物という設定らしくなかなか斬新だなと思った。かなり大きめなサイズで30cmくらいあるかもしれない、そんな大きな図体のぬいぐるみが寝そべっていた。


 メアはそのぬいぐるみを見つめながら、子供のような可愛らしい笑顔を浮かべていた。学校にいる時はあまり見れない貴重な彼女の様子に、元魔王と言っても今は外見も中身も可愛らしい女の子そのものなのかもしれないな、と見ている俺もほっこりとした気持ちになってくる。


「きゃなたゆ……ふぉでぃ?」


 これ……お礼になるかな? と呟いた後、メアは何かを決心したように小さな財布を手に取った。


 彼女の手持ちは300円、ちょうど一回挑戦出来る。一体誰へ礼をしようとしているのかは分からないが、さっき翔太が挑戦している様子を見て、自分でも取ってみたいとそう思ったのかもしれない。


「雨宮、ちょっと待て。こういうのはな、一回の挑戦じゃ取れなくて何度も何度もやらないとでさ」

「え……何回も?」


「そうだぞ、何回もやって最後にようやく取れるんだ。俺がやってみせるから、どんなものなのか覚えとくと良い」


 俺はメアに財布を片付けさせて、今度は自分の財布を取った。そしてお金を入れてゲームをスタートさせる。


 俺の操作に従って動いていくクレーンアーム、それがちょうどぬいぐるみの真上に来たタイミングで操作を終える。アームはゆっくりとぬいぐるみを掴むがほんの少しズラしたくらいで、一回で取るというのは難しい事を証明してくれた。


「ほら、こんな感じさ。お店側の調整によるんだろうけど、取ろうと思うと何度も挑戦しなきゃ駄目なんだ」

「知らなかった……一回じゃだめなんだ」


 よほど欲しかったのかメアは俯いていた。でもここで彼女の大切な300円を無駄に使わせる訳にはいかない、クレーンゲームで結局取れないまま財布が空になる悲しさはなかなかのものなのだ。お金が無くなったというのに、景品が取れないままアームが元の位置へ戻っていく様子には心がえぐられる。


「せっかくの機会だし俺が取ってやるよ」

「取ってくれるの……?」

「任せてくれ」


 翔太ほどではないだろうが、俺にもクレーンゲームの心得はある。メアが誰かにお礼として渡そうとしているものを、こうして横から手助けをするというのは気が引けてしまう気持ちもあったが、何よりメアが喜んでいる顔を俺は見たかった。翔太もこんな気持ちだったのかな、姫月に対してさ。


 俺の操作に従って動き出すアーム、それを見守るメア。そして数分間の格闘の末に、ケースの中で寝そべっていた青いハムスターのぬいぐるみは外へと飛び出していた。


「ほら、俺からのプレゼントだ」

「くれるの?」

「その為に取ったやつだからな」

「う、うん……」


 そう言ってメアは俺からのプレゼントを受け取ると、胸の中でぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。


 そんな彼女の姿はとても可愛らしい。元から背も小さくてこういうぬいぐるみとかも似合うだろうなと思っていたが、こうして実際にその姿を目にすると普段の愛らしさが更に100倍増しくらいにはなっていた。


 プレゼントしてもらえたのがよほど嬉しかったのだろう。店員に頼んでプライズ用の袋に入れてもらおうと思ったのだが、彼女はこのまま持って帰っていくという感じで、ぬいぐるみを決して離そうとはしなかった。

 

 そのまま俺達は翔太と姫月の元へと向かう。

 そこにはまだ同じクレーンゲームと格闘する翔太と姫月の姿がある。


「あら、葵くん、雨宮さん。おかえりなさい」

「離れちゃってすまないな。雨宮が欲しいものがあったみたいで」


「雨宮さんが持ってる可愛いぬいぐるみの事? その様子だと葵くんが取ってあげたみたいね」

「まあな。雨宮はこういうの初めてみたいだし、俺もクレーンゲームは得意な方だから。そっちの方は――あ」


 二人はまだぬいぐるみを手にしていない。

 翔太の100円玉を入れる手が震えていた。一体いくらつぎ込んだのか、ぬいぐるみがケースの中で転がり回っている。もう後に戻れない所にまで来てしまっているんだろう、そんな様子が見て取れた。かっこいい所を見せたいあまり店員を呼ぶ事も出来なかったんだろうな。


「あ、葵~……」


 弱々しい声で助けを求める翔太。作戦では彼がクレーンゲームで良い所を見せるはずなのだが……その狙いはことごとく外れてしまっていて、俺に泣きつく翔太を見ていると可哀想になってくる。だがここで手を貸せば俺が翔太の活躍の場を奪ってしまうわけで、翔太が姫月に良いところを見せる為にも手を出したら負けなのだ。


「お前ならやれるよ、翔太。がんばれ」

「翔太くん、頑張って! 翔太くんならきっと取れるわ!」

「うっ……最後の最後まで応援しててくれよな……!」


 俺達の応援に励まされ、翔太は再びクレーンゲームに立ち向かった。


 その一方で俺が取ってあげたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ続けるメア。ときどきツンツンとぬいぐるみを指でつついた後、ぬいぐるみに向かって優しく微笑む。そんな可愛らしいメアを眺めながら、こうして彼女が楽しんでくれているのが分かって俺も温かい気持ちになってくる。

 

 メアの姿に癒やされながら翔太の様子を見守る。

 そして彼はようやくクレーンゲームを制し、俺達の拍手が響く中で彼は意中の相手である姫月にぬいぐるみをプレゼントするのだった。

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