019 計画通り。


 ───楽しい。



 ───果てしなく楽しいなァッ!! 



 保有魔力量が有限である以上、常時発動型の魔法というのは本来絶対に不可能である。

 しかし、不可能であるはずのそれがルークには複数あった。

 アメリアの『音魔法』に対抗すべく初めて独自に開発した『闇の加護』を含めたいくつかの防御魔法、そして情報魔法である。


 では、これを可能とするのは何なのか。

 それはルークがアスラン魔法学園に入学するまでに開発した、もう一つの魔法に起因する。



 それこそが───『闇の吸魔』である。



 闇属性の特性を生かした、魔力を吸収するというとてもシンプルな魔法。

 ルークはこれを他の人間に使うのではなく、『自然回復魔力量』を向上させる為に使っているのだ。

 人間相手でなければ抵抗されることもない。

 それゆえに生まれた、魔法を発動してるにも関わらず自身の魔力量が減るどころか増えるという“矛盾”。


 研鑽に研鑽を重ねてきたルークは闇属性の『吸収』という特性を極めて向上させることにも成功している。

 そのため今となっては、この“矛盾”はとてつもなく大きなものとなっているのだ。



 つまり───ルークには魔法使い最大の弱点である『魔力切れ』がほとんど存在しないのである。



 しかし、そのルークの『闇の吸魔』をヨランドは“抵抗”することに成功した。

 これだけでもヨランドという男が如何に魔法使いとして優れているかが分かるだろう。


 とはいえ、このまま続けていれば保有魔力量の差により先に『魔力切れ』を起こしていたのはヨランドの方であることもまた事実だ。

 その事実を瞬時に理解したからこそヨランドは挑発したのである。

 ルークならば、それを挑発であると理解した上で必ずのってくると確信しながら。


 実際それは正しかった。

 確かに、『闇の吸魔』を使い続けるだけでも勝敗はつく。

 この魔法をさらに強める余力を残していたルークならば尚更だ。



 しかし───つまらない。



 強力無比な磁力魔法を余すことなく使ったこの男を見たい。

 その上で正面から叩き潰したい。

 この抗うことのできない極めて傲慢なる欲求。


 理由なんてそれだけだった。

 ルークにとってそれだけで十分だった。


「アッハッハッハッハッ!!」


「───強いね」


 魔法により、人間という枠を軽く逸脱した速度で繰り広げられるその剣の攻防。

 およそ魔法使い同士の戦闘とは思えないそれを、周りの者たちは誰一人として言葉を発することなく見ていた。

 否、心を奪われていた。



 瞬きすることすら億劫に感じるほど、この戦いは美しかったのだ。



 その中でも───特にこの戦いから目を離すことができなかったのが『アベル』である。



(……これ、だ)


 なぜか。

 確信したからだ。



(僕が目指すべき極地は───この先にあるッ!!)



 原作に関与しないはずのヨランドの登場。

 そして、才能に溺れ努力しないはずのルークが飽くなき心で強さを追い求めたこと。

 本来起こりえない様々な想定外の出来事は物語にあらゆる分岐を生み、回り回ってアベルの成長を促したのである。


 ルークは剣を交える度に思った。

 純粋な速さならば、ヨランドのそれは『身体能力×2』を使った自分を僅かに上回っていると。


(凄まじい。現時点では完全にアベルの上位互換だなァ)


 磁力という属性により磁性を帯びているヨランドの魔力。

 その魔力を付与することにより、金属のみならずあらゆるものに引力と斥力を生み出すことができる磁力魔法。

 極めて強力な魔法だ。

 しかし、その扱いは決して簡単なものではないこともまた想像に難くないだろう。


(磁力を応用した圧倒的加速。そして、自然の理を愚弄するかのような変則的な動き。……クク、凄まじい魔法精度だ)


 しかし、これでもヨランドの魔法は半分を封じられているに等しい。

 それはルークが発動した『闇の鎧』による。

 この魔法は物理的防御のみならず、あらゆる魔法干渉を防ぐ。

 それ故に、ヨランドはルーク自身に磁力の影響を及ぼすことができないのである。


 戦士だろうが魔法使いだろうが、並の者であればヨランドに距離を詰められたその時点で勝敗は決するだろう。


 当然、ルークはこの事実を理解している。

 理解しているからこそ決めたことがある。


 それは───これ以上の魔法は使わない、ということ。


 磁性を付与できれば、魔法にすら影響を及ぼせるヨランドの磁力魔法。

 しかし、ルークの闇魔法に関してはその限りではないのだ。

 闇は全てを飲み込む。

 それは磁力魔法とて例外ではない。


 何らかの闇属性の魔法を用いてしまえば、戦闘が恐ろしく簡単になってしまう。

 だが、違う。

 ルークが求めるものは違うのだ。



 相手の土俵に立ち、その上で圧倒的な力をもって捩じ伏せる。



 言い訳の余地がない完全なる勝利。



 それこそが、極めて傲慢たるルークが求める勝利だったのだ。

 この我儘を通すことが自分にはできると信じて疑わない。

 それは決して根拠のない自信ではない。

 これまでの全てに裏打ちされた自信である。


(剣術だけでみればアルフレッドより劣る。だが、それを補って余りある磁力の厄介さ。慣れるのに時間がかかるなァ)


(……当たらない。ルーク君は防ぐのに徹している。全てが紙一重で防がれる。水を斬っているみたいに手応えがない。なるほど、目が良いんだね。───想像以上だよ)


 2人の思惑が交錯する。

 その戦闘を辛うじて目で追うことがかなっている者にとっては、ルークとヨランドの実力は互角に見えることだろう。

 いくつもの魔法の使用を制限している今のルークにとって、それは正しいと言える。


 しかし、それは現時点に限っての話だ。


 ルークは戦闘の中で暴力的な速度で成長する。

 相手の呼吸、タイミング、固有のリズム。

 嘲笑うようにその全てを確実に把握していき、予知の如き先見を生み出すのだ。


 磁力という要素が加わるだけで、その剣の組み合わせは無限にも等しくなる。

 変則的な動きだけでなく、ヨランドは磁力の強度をも変えることで緩急すら自在なのだから尚更だ。


 しかし、人間である以上誰しもが感情を持っている。

 そしてこの感情を完全に排除することはできない。

 無意識に嫌う剣の型が必ず存在する。

 それが無限を有限へと変えるのだ。


(……っ。本当に凄いよ)


 時間を忘れる程の剣の果て。

 いつしか攻守が入れ替わる。


 この光景に心を乱される者もいた。

 アリスである。

 彼女の頭の中では疑問符が乱舞していた。


(本当に……あれが私の兄……?)


 これまでの全てがこの事実を否定する。

 しかし、目の前に広がる全てがこの事実を肯定した。

 心がざわめく。

 そして、苛立った憤りがじりじりと胸の奥に食い込んでくる。


(……騙してた)


 それは裏切られたことへの怒り。

 その時のアリスには、今まで自分がしてきた兄への非道な仕打ちなどおおよそ頭になかった。


(…………っ)


 次にアリスの心を満たしたのは『悔しい』という感情。

 ルークがあんなにも楽しそうに笑っている。

 見下していた兄との戦いによって。

 今の自分では絶対にルークを満足させることはできない。

 その事実がたまらなく悔しいのである。


(もっと……)


 強くなりたい。

 もっと強くなりたい。

 その時、アリスは心からそう思った。

 ルークの目に自分という存在が映っていて欲しい。

 ただそれだけのために。


 彼女もまた大きな才を持つ者。

 本来であれば、ここまで強さを渇望することはなかったであろう。



 ───ルークという男が努力をした。



 たったそれだけの事実が、どこまでも物語を狂わせていくのである。


「……ッ」


 ゆうに千を超える剣撃の応酬。

 いつまでも続くかと思われたその戦いは、突然、あまりに呆気なく決着する。



 必然の結果として。



 ヨランドの剣が弾き飛ばされ、空中を舞った。


「俺の勝ち……だよなァ?」


「……うん、僕の負けだ」


 刹那の静寂。

 そして、溢れんばかりの歓声と拍手が響いた。


『オォオオオオオオオッ!!!!』


 それは両者への惜しみない賞賛だった。

 誰もが労い、そして称えた。



 そんな中、ヨランドは思う。



(───計画通り)



 実の所、ヨランドはルークとアベルの戦闘を見ていた。

 その時にルークの実力を目の当たりにし、すでに自分では勝てないことは分かっていたのだ。

 ルークがアベル戦で見せた大魔法を使わないことは想定外だったが、それ以外は概ねヨランドの想定通りであった。

 では、なぜヨランドはルークに勝負を挑んだのか? 



 ルークの為───違う。


 生徒の成長の為───違う。



 彼自身の欲望を満たす為である。



(あぁ……僕はなんて惨めなんだ……講師という立場でありながらルーク君を挑発し、戦い、その上で負けるなんて……しかもそんな惨めな姿を───『アリス』に見られるなんて)



「……ハァハァ」


 そう、全てはこの醜態をアリスに晒す為のもの。

 燃えるような激情がヨランドの心で暴れ回る。

 もはや立っていることすら叶わず崩れるように膝を着いた。


「せ、先生大丈夫っ!? 神官様を呼んで来ましょうか!?」


「だ、大丈夫……ハァハァ……ちょっと疲れちゃってね」


 その時、ヨランドはアリスと目が合った。

 汚物を見るような、人を人とも思わない蔑みに満ちた目をしたアリスと。



(あっ……あぁ……ああぁぁぁぁぁぁぁ────)




「え、先生? えぇ!? みんな大変!! ヨランド先生が気を失ってる!!」


 異常に高ぶった邪な感情は、ヨランドの意識を容易く刈り取った。



 ++++++++++



 学園を出ると夕闇が広がり始めていた。

 寮へと向けて歩き出す。

 少しばかり疲労はある。

 それでも心を満たすのは底知れない幸福感だった。


 ヨランドとの戦闘は楽しかった。

 本当に楽しかった。


 あれほど高揚したのはいつぶりだろう。

 正直、アベルとの戦闘の何倍も充実していた。

 だからだろうか。

 疲労により重いはずの足取りはとても軽かった。


「ルーク君」


 その時、声がした。


「───ヨランドか」


「少し話せるかい?」


「あぁ」


 今の俺は気分がいい。

 断る理由を探す方が難しい。

 冷ややかな風が頬をなぞる。

 夜の気配が漂う空の下。

 俺はヨランドと共に歩いていった。

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