第70話

 ブラム・ストーカーそう名乗った男は、頭を上げると更にムゲンに近づいてくる。

 その動作の一つ一つから、気品を感じさせる物があった。

 だがムゲンはそれを見ても気を許さずに、ブラム・ストーカーに向けてコンバットナイフを構える。


ブラム・ストーカードラキュラの作者? 随分な名前だな」


「そう思うかね君も、私は好きな名前なんだが……部下からもよく言われるよ」


 ブラム・ストーカーは肩をすくめたような仕草をするが、それさえも気品が見えてくる。

 それほどの男がわざわざ偽名らしい名前を使うということは、それほどまでに自分の本名を知られたくないということだ。

 ならばこのブラム・ストーカーはビックセブンの関係者か、同クラスの権力を持つ人間ということが伺える。


「わかったよ……で、ブラム・ストーカーさんは何の用なんだ?」


「はは……分かってくれて嬉しいよ。それで用件なんだが、そこに倒れているヴァンペラーのアホの命が欲しくてね」


「はぁ!?」


 ブラム・ストーカーの言葉を聞いたムゲンは、驚いた思わず声を上げてしまう。

 ヴァンペラーの命が欲しいと聞くと、ムゲンはすぐさま意識の無いヴァンペラーに視線を向ける。

 ――どうする。俺たちの仕事はコイツヴァンペラーの命だ。


「なぜコイツヴァンペラーの命が欲しいか聞いていいか?」


「ああいいとも。そこのアホは私の元から逃げ出した挙げ句、こんな所でチンケなカラーギャングを作ったんだ。私の顔に泥を塗ったんだ、コイツの命で償ってもらわないとね」


 疲れたように肩をすくめたブラム・ストーカーは、ヴァンペラーの首を掴んで力を徐々に込めていく。

 首を掴まれたヴァンペラーの口からは小さく苦しそうなうめき声が上がる。

 それを止めようと考えるムゲンであったが、今下手に手を出してしまえば今度は自分が標的になるかもしれない。

 それを危惧したムゲンはただ黙って見ていることしかできなかった。


「ああ、そうだ。君はコイツの暗殺が仕事だったな」


 そう言うとブラム・ストーカーはヴァンペラーの首と頭を掴むと、まるで人形のように引き裂くのだった。

 その動きはまるで綿か糸を引き裂くようで、ムゲンは思わず一歩後ろに下がってしまう。


「どうしたかね……ああ、これの首は君にあげよう。暗殺した証拠になるだろう?」


「ああ……ありがとう」


 ブラム・ストーカーはポイッと、ヴァンペラーの生首をムゲンに投げ渡す。その動きはまるで、孫にお年玉を渡す祖父のようであった。


「それじゃあ失礼するよムゲン君」


 そのままブラム・ストーカーは頭のないヴァンペラーの身体を持ち上げると、そう言って窓の外に飛び出していく。

 外に飛び出していったブラム・ストーカーを見て、ヴァンペラーの生首を抱えたムゲンは、口を大きく開けてぽかんとしていた。


「帰るか……」


 ムゲンはコンバットナイフを腰に仕舞うと、ヴァンペラーの生首を掴んで歩き出すのだった。


 **********


 レッドデッドの拠点前では、銃撃戦が繰り広げられていた。

 マシンガンを持ったレッドデッドの吸血鬼たちが、雨のような弾幕を張っていた。

 そして吸血鬼たちに撃たれているのは、カーミラを連れたアイシアが遮蔽物の影に隠れている。


「ああ、もう! 吸血鬼のクソ野郎ども! バカスカと撃ってんじゃないわよ!」


 撃たれ続けているアイシアは思わず悪態をつく。

 吸血鬼たちは隠れているアイシアたちに向かって、ひたすら銃弾を撃ち込み続けてくるのだ。


「アイシアさん、どうしましょう!?」


「カーミラ、泣き言言ってんじゃ無いわよ! ムゲンがヴァンペラーの暗殺を成功することを信じなさい!」


 アイシアは撃ち返すように、手に持ったアサルトライフルを構えて銃弾を放つ。

 放たれたアサルトライフルの銃弾は、吸血鬼の一人に命中する。だが吸血鬼はすぐに起き上がってきて、マシンガンを撃ち返してきた。

 まるで倍々ゲームのように撃ち合うアイシアと吸血鬼たち。

 だが時間が過ぎていくに連れ銃撃は徐々に止んでいく。

 おかしい、と思ったアイシアは、慎重に遮蔽物から身を乗り出して様子を伺う。

 様子を伺ったアイシアの視界には、ヴァンペラーの首を抱えたムゲンと恐慌した様子の吸血鬼たちの姿であった。


「ヴァンペラー様がやられた!」


「どうするんだ! 逃げるのか!?」


「逃げるに決まってるだろう!」


 そんな会話をしながら逃げ出そうとしている吸血鬼たちを、アイシアは見逃さなかった。素早くアサルトライフルを構えたアイシアは、吸血鬼たちの背中を撃っていく。

 一人、二人、三人と背後から心臓を撃たれた吸血鬼たちは、バタバタと倒れていく。

 アイシアに続くようにムゲンはコンバットナイフを構えると、逃げていく吸血鬼に向かってコンバットナイフを心臓に突き刺す。


「こあ……」


 コンバットナイフを刺された吸血鬼の口からは、声にもならない声が漏れていく。

 吸血鬼が絶命したことを確認したムゲンは、即座に足で吸血鬼を蹴ってコンバットナイフを抜く。

 主が死に統率の取れないレッドデッドの吸血鬼など、ムゲンとアイシアの二人の前では手も足も出なかった。

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