第38話

 距離を詰めてきた全身義体の男は倒れているムゲンに対して、勢いよく腹を踏みつけようとする。

 しかしムゲンもそのまま踏みつけられる事はなく、素早く立ち上がると全身義体の男の踏みつけを回避した。

 ムゲンが全身義体の男の一撃を回避すると同時に、二人は加速した世界から元の世界に戻されてしまう。


「はぁ……はぁ……」


「くっ……ふぅ……」


 加速した世界から戻ってきたムゲンと全身義体の男は、神経加速をした反動で息切れを起こしていた。

 しかしそれも数秒の事ですぐに呼吸を整えると、互いに睨み合う。


(あれだけ高性能な義体だ、恐らくヘビーピストルじゃあ弾が貫通しない。ならば……!)


 この場で全身義体の男に勝つ手段をシュミレートしたムゲンは、床に落ちているアサルトライフルに視線をやる。そしてムゲンはアサルトライフルに向かって飛び込んだ。


「させるか!」


 ムゲンの動きを見た全身義体の男は、ムゲンの行動を阻止しようと走り出す。

 しかしムゲンの方が早くアサルトライフルにたどり着き、その手にアサルトライフルを握りしめた。そしてアサルトライフルの照準を全身義体の男に合わせたムゲンは、迷わず引き金を引き続けるのだった。

 絹を裂くような銃声とともにアサルトライフルの銃弾の雨が、全身義体の男に襲いかかる。

 だが全身義体の男は素早く廊下に置かれている調度品を遮蔽物にして、銃弾の雨を防ぐのだった。


「いいのかよ。リザルトの飾っている品だぞ?」


「ふん、問題ない。俺と奴の関係はデミヒューマンを嫌っている。ただそれのみだ」


 全身義体の男はそう言うと懐から注射器を取り出すと、迷うこと無く身体に突き刺した。


(なんだ? コンバットドラックか?)


 コンバットドラッグ――それは戦闘用に調整された合法的な薬物で、ノンサイバーの人間でもコンバットドラッグを接種すれば、サイバー化した人間と互角に戦うことができるようになる代物だ。

 そんなコンバットドラッグを全身義体の男が接種すればどうなるか、ムゲンの予想はずばり的中するのだった。

 全身義体の男は目を真っ赤に血走らせると、素早い動きで床に落ちている刀を拾う。その速さは先程と比べて段違いであり、その動きはまるで獣のようであった。


(これは……カミカゼ!? いや速すぎるもしかして人狼薬か!)


 カミカゼと人狼薬、どちらも合法的なコンバットドラッグであるが、人狼薬はその名の通りにまるで人狼の如き速さと筋力を使用者に与える。その効力はカミカゼを圧倒するほどだ。

 しかし何事にも代償は存在する。

 人狼薬を使い続ければいかなる人間でも、最終的に知性のない人狼へと変わり果ててしまうのだ。

 そんな危険性があるとはいえ、一回服薬するだけでサイバー化したトロールと互角に戦うことができる効果をもつ人狼薬は、警察組織にも公的な装備として支給されている。


「死ねえええぇぇぇ!」


 周囲の窓が割れそうなほどの音量で雄叫びをあげた全身義体の男は、刀を構えるとムゲンに向かって上から下に振り下ろす。

 その速さは凄まじくムゲンの目に捉える事ができなかった。故にムゲンは直感を信じて後に飛ぶのだった。

 空を切る刀。それと同時に桁外れな腕力で振るわれた衝撃により、床が砕け散り破片となって周囲に飛び散った。

 眼の前の光景を見たムゲンは冷静な表情をしながらも、内心ではヒヤリと冷や汗を流していた。


(流石トロールも御用達のコンバットドラッグだな。馬鹿力もここまでくると恐ろしい)


 ムゲンはそんなことを考えながらも、手に持ったアサルトライフルを構えトリガーを引く。

 フルオートで放たれた銃弾は、真っ直ぐに全身義体の男の頭部へと飛んでいく。しかし全身義体の男はなんと、素手で飛んできた銃弾を掴むと、そのまま握りつぶしてしまった。


「なっ……!」


「はっ! どうだ化け物め。俺たちがいつも味わう感覚を思い知ったか!」


 銃弾を目視で掴み、さらには握りつぶす。それは重サイバーのデミヒューマンでも、一握りの達人でしか出来ないような事であった。しかし目の前の全身義体の男は、それを容易く成し遂げた。

 目の前で起きた事に驚きを隠せないムゲン。

 そんなムゲンをあざ笑うかのように全身義体の男の男は、飛来し続ける銃弾を紙一重で回避していく。そしてそのまま前進する全身義体の男。

 ムゲンは一瞬困惑してしまうがすぐさまアサルトライフルでフルオート射撃をしようとする。

 だがアサルトライフルが銃弾を放つよりも早く、全身義体の男は距離を詰めると銃口を蹴り上げた。

 何もない天井に向かって、銃弾をばら撒いてしまうアサルトライフル。それを見たムゲンは、一瞬であるが思わず圧倒されるのだった。


「どこを見ている!」


 そう言って全身義体の男はムゲンの頬にパンチを叩き込んだ。

 全身義体というサイバー化と、人狼薬というコンバットドラッグの強化が合わさった一撃は、ムゲンの身体を容易く吹き飛ばすのだった。

 宙に浮いたムゲンの身体は慣性に従い、廊下に置かれた調度品をなぎ倒しながら壁に衝突し、そうしてようやく止まる。


「クソ……」


 ムゲンは痛みに耐えきれず、手に持っていたアサルトライフルを手放してしまう。

 コツンコツンと全身義体の男がゆっくりと近づいて来る足音が、ムゲンの耳に聞こえてくるだった。

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