第35話

 ゆっくりとした動作でムゲンは警備兵の背後へと回り込む。そして音も無くムゲンはドスを構えると、警備兵の喉に向けて刃を突き刺そうとする。

 しかしドスの刀身は警備兵の喉に突き刺さることはなかった。なぜなら警備兵の皮膚はサイバー化されており、皮膚の下に装甲を埋め込んでいためである。


(サイバー化したヒューマン!? 金持ちめ!)


 ムゲンは心の中で悪態をつきながらも、すぐさま腰に下げていたサブマシンガンを抜くと、迷うこと無く引き金を引いた。

 サプレッサーを装着した銃特有の乾いた銃声と共に、警備兵は頭部と胸部に命中する。しかし警備兵の命を奪うには威力不足であった。


「貴様……!」


 すぐにムゲンの姿に気づいたヒューマンの警備兵は増援を呼ぼうとするが、ムゲンの顔を見て増援を呼ぶのを止める。ムゲンの首に賞金が掛かっているために、それを独占しようと考えたからだ。

 そして持っていたアサルトライフルを構えると、ムゲンに照準を合わせ引き金を引く。

 耳をつんざくような銃声と共に、アサルトライフルの銃弾がムゲンを襲う。だがムゲンはすぐさま遮蔽を取ることで、アサルトライフルの弾を防ぐ。


(マズイな……推定重サイバー化したヒューマンの警備兵を相手にするにはサブマシンガンは心もとない……)


 そう考えたムゲンは、一気に接近してヒューマンの警備兵の口内にサブマシンガンの銃弾を叩き込む事を決断する。

 しかしヒューマンの警備兵はアサルトライフルを撃ち続け、まるで壁のように弾幕を張り続けていた。

 やがて弾倉交換の為にアサルトライフルの銃撃は止む。その隙を見逃すことなくムゲンは走り出すと、ヒューマンの警備兵に肉迫する。


「逝けやぁ!」


 そう叫んだムゲンは、至近距離まで近づいた警備兵の口内に向けてサブマシンガンを突きつける。素早く引き金を引こうとしたムゲンであったが、次の瞬間横から衝撃が襲いかかる。


「がぁ……!」


(何が起こったんだ!?)


 ふっ飛ばされたムゲンが見たのは、ムゲンの横に立つヒューマンの警備兵であった。

 ヒューマンの警備兵の顔色は先程より若干悪くなっており、それは神経加速装置を使った証拠であった。

 恐らく神経加速装置を使用し、加速した世界からムゲンの横っ面を殴りそのまま距離を取ったのだろう。


「はぁ……はぁ……はぁ……この五十万ニューエンが俺を手こずらせやがって……」


(五十万ニューエン……? 俺の賞金のことか)


 ムゲンは自分に掛けられた賞金額を理解し、何故自分がどれだけ狙われているのかが分かる。五十万ニューエンがあれば、下級層の人間が一生遊んで暮らせるだけの額だからだ。

 それほどの額が自分の首に掛けられている事に悲観しかけるムゲンであったが、すぐにこれはラッキーだと気づく。


(賞金のお陰でこいつは仲間を呼ばずに俺の命を狙うんだ。それは嬉しい誤算だ)


 しかし目の前のヒューマンの警備兵は、推定だが重サイバー化しているために、今ムゲンが持っているサブマシンガンの火力では、ヒューマンの警備兵を突破できそうに無い。


(どうするか……)


 この状況を打破する手段を考えるムゲンは、自分が魔力による神経加速をするしか無いと考えた。

 全身にかかる負荷を備えるように、心の中でカウントダウンするムゲン。残りスリーカウントといったところで、ヒューマンの警備兵はアサルトライフルを構えてトリガーを引こうとする。


(マズイ! 神経加……)


 しかし次の瞬間、ヒューマンの警備兵の頭部が破裂したのだった。

 眼の前で起きた突然の出来事に、ムゲンは理解できず呆然としてしまう。そんなムゲンの疑問を解消するようにポケットトロンに通信が入る。


「もしもし」


『ムゲン、そっちはどう? 私の援護いらなかった?』


 ポケットトロンの向こう側から聞こえてきたのはアイシアの声であった。

 アイシアの言葉に思わずムゲンは、頭の中にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げてしまう。


『そうね……これだけじゃ分からないわよね。こっちで狙撃した奴は息の根を止めているかしら?』


 アイシアの説明を聞いてようやくムゲンは、彼女が何を言っているのかを理解する。

 恐らく狙撃ポイントに移動したアイシアは、ムゲンとサクラの様子を確認しようとしたら、戦闘中のムゲンの姿を見て狙撃をしたのだろう。


「なんとかなったよアイシア。ありがとう」


『礼なんていいわ、今度私の疼きを癒やしてくれればね。それじゃあ通信を切るわ』


「あはは……」


 そう言ってアイシアはポケットトロンの通信を切ってしまう。アイシアの要望を聞いたムゲンは、思わず苦笑いを浮かべるのだった。

 通信の切れたポケットトロンを仕舞ったムゲンは、倒れているヒューマンの警備兵の遺体を持ち上げる。

 理由はもちろんこの遺体を、他者に見られないようにするためだ。

 丁度近くにあったゴミ箱へ遺体を投棄したムゲンは、この場で戦いがあった事を隠蔽するために、ヒューマンの警備兵のアサルトライフルも隠すのだった。


「よし、これでいいだろう」


 周囲に弾痕が残っているが、それはギャングやヤクザの抗争の後と考えるはず。そう考えたムゲンは、意識のないサクラの身体の元へ戻る。

 サクラの身体の元に戻ったムゲンは、そのまま十数分程警戒を続けた。

 しかし付近にだれも近づくことはなく、そのまま時間は過ぎていった。


「はぁ……お疲れ様ですムゲン君。周囲のドローンを掌握を完了しました!」


 マトリクスから意識を戻し起き上がったサクラは、疲れたように小さくため息をつく。しかしすぐにムゲンの方に顔を向けると、笑顔で話しかけてくる。

 その言葉を聞いたムゲンは、思わず安堵のため息をついてしまう。

 つまりサクラはこの付近にいるドローンを、全て無力化したということになる。

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