第10話
裏口に転がり込んだムゲンは、即座に周囲を見渡し状況を把握する。
何故ならば転がり込んだ先が安全かどうか分からないからだ。
もし転がり込んだ建物が企業の敷地内であれば、即座に警備員が集まってきてムゲンを排除しようとするだろう。
さらに最悪なのがヒューマン至上主義者の建物である。その場合今のムゲンを見れば、問答無用で攻撃されるだろう。
(何処だここは……?)
ムゲンの視界に入ってきたのは、小汚いバックヤードであった。そこかしこにはゴミ袋が散乱しており、ムゲンが今いる場所は倉庫のような場所だった。
(よし、ここなら安全そうだ……)
周囲の安全を確認したムゲンは、背中から生やしている二枚の翼を収納する。その直後ムゲンの耳に、何者かの足音が聞こえてくる。
足音が聞こえてくるのは、ムゲンの背後からであった。
(追ってきたか。建物の人には悪いが入らせてもらおう)
聞こえてくる足音が全身義体の男のものと判断したムゲンは、迷うことなくバックヤードを進むのだった。
ムゲンが進んだ先にあったのは、いわゆるバイキング形式の飲食店の店内であった。
店内はヒューマンとトロールが同席して肉を食べ、猫の獣人が魚を食べ、ハーピィがフルーツを食べている光景があった。
様々な種族の人々が食事を楽しんでいる中、ムゲンの背後から全身義体の男が走ってくる。それを見たムゲンは急いで店内に向かって走る。
「お客さん! 困りますよ!」
店員の言葉を無視してムゲンは店内を走っていく。その後ろからは全身義体の男が追いかけてきていた。
全身義体の男は右腕のサブマシンガンを構えるが、店内にいる他の客達が邪魔になって撃てずにいた。
「ちっ、おいお前ら退けぇえ!!」
流石に無関係の人々がいる店内で、サブマシンガンを撃つ気概は全身義体の男に無かったのか、叫びながらムゲンを追っていく。そしてムゲンとの距離を縮めた全身義体の男は、ムゲンに向かってタックルをするのであった。
「うわ!」
「ぐふぅ!?」
全身義体の男の体当たりによって、ムゲンは店のカウンターまで吹き飛ばされる。そのまま全身義体の男はムゲンを押し倒すと、右腕のサブマシンガンを向ける。
「手間かけさせんじゃねぇぞクソガキが……」
「……ッ!」
全身義体の男がサブマシンガンの引き金を引こうとした瞬間、全身義体の男の側頭部にヘビーピストルが突きつけられる。
「動くな」
「何?」
ムゲンが銃を突きつけている持ち主を見てみると、そこには緑髪の女性がヘビーピストルを全身義体の男に突きつけていた。
緑髪の女性の頭には猫の耳が生えており、彼女の種族が猫の獣人であることがわかる。
そして今もっとも特徴的なのは緑髪の女性の種族ではなく、彼女が着ている服であった。
緑髪の女性の服はクリームでベタベタになっており、細身ながらスタイルの良い身体のラインが浮き上がっていた。
「テメェは……」
「動くなって言ってるでしょ!」
全身義体の男は動こうとするが、その前に緑髪の女性は手に持ったヘビーピストルのトリガーを引く。
響き渡る銃声。そして放たれたヘビーピストルの弾丸は全身義体の男の顔面を掠めていき、そのまま後ろの壁に命中する。
「次は当てるわよ。死にたくなかったら大人しくしなさい」
「ちっ!」
悔しげに舌打ちをした全身義体の男は、すぐさま脊髄に搭載されている神経加速装置を起動させる。
一瞬のうちに全身義体の男の意識は加速し、時の流れが遅くなった世界へと入る。
そして加速した世界の中で、緑髪の女性との距離をとる全身義体の男。
十メートル程距離をとった全身義体の男は、即座に神経加速装置をオフにして緑髪の女性に向けてサブマシンガンを構える。
「邪魔をするなら死ねぇ!」
「危ない!」
全身義体の男の行動に気付いたムゲンは飛び出すと、緑髪の女性を庇うように覆い被さる。
その直後全身義体の男が持つサブマシンガンから、無数の銃弾が撃ち出される。
放たれた無数のサブマシンガンの銃弾は、無防備なムゲンの背中に命中していく。だがムゲンはそんなことを気にせず、眼の前の緑髪の女性を庇うために必死に耐え続ける。
「ちょっと……手を貸しなさい」
緑髪の女性は上に覆いかぶさるムゲンの耳に声で耳打ちする。それを聞いたムゲンはすぐさまその身を翻すと、腰に携帯しているヘビーピストルを抜く。
そしてムゲンと緑髪の女性は、同時にヘビーピストルのトリガーを引くのであった。
「二回目か!」
連続して鳴り響く銃声。
しかし次の瞬間、全身義体の男は再び神経加速装置を起動させると、停滞した時間の中ヘビーピストルの弾丸の雨を回避していく。
全てがスローモーションとなった世界で、ムゲンと緑髪女性との距離をとるように歩いた全身義体の男は、右腕ではなく左腕を構える。
直後に左腕の手首が一瞬で展開すると、左腕の中から無骨なロケットランチャーが現れる。
「店もろともに死ね!」
そう言うとロケットランチャーと電脳リンクした脳内トリガーで引き金を引く全身義体の男。
ゆっくりとだが放たれたロケット弾は、ムゲンと緑髪の女性に向かって飛んでいく。
だがロケット弾が命中するよりも早く動いた人物がいた。それは魔力によって神経加速したムゲンと、神経加速装置で神経加速した緑髪の女性であった。
「お前が……」
「あんたが……」
『死ね!』
全てがスローモーションとなり加速した世界で、ムゲンと緑髪の女性は全身義体の男に一気に近づき背後をとると、全身義体の男を全力で殴りつける。
ムゲンと緑髪の女性の渾身の一撃を受けた全身義体の男は、吹っ飛んでいきそのままロケット弾に命中する。
その直後、ムゲンと緑髪の女性は神経加速を切る。次の瞬間、発射されたロケット弾は全身義体の男を巻き込んで爆発するのであった。
ロケット弾に内蔵されていた火薬によって強烈な爆風が巻き起こり、店内にいた人々は吹き飛ばされてしまう。
そして煙が立ち込める中、ムゲンは全身義体の男がどうなったのか確認をする。
ロケット弾が命中した全身義体の男は、まるでボロ雑巾のように地面に倒れておりそのままピクリとも動かなかった。
「動かないですね……」
「ええそうね……」
全身義体の男が微動だにしないとはいえ、警戒を怠らないムゲンと緑髪の女性はヘビーピストルを構えている。
「あの、一つ聞いていいですか」
「手短にしてね」
ムゲンは緑髪の女性に話しかけると、彼女は素直に応じてくれた。ムゲンは先程からずっと思っていた疑問を口にする。
「なんで助けてくれたんですか?」
「ああ、そんなこと。簡単よあいつが突っ込んできたせいで、私のパフェがメチャクチャになったからよ」
「あぁ……」
緑髪の女性はあっさりとした口調で言う。彼女の答えを聞いて納得するムゲン。
確かに緑髪の女性の服装を見るとクリームだらけであり、おそらく先程までこの店のデザートを食べていたのだろう。
ベタベタになっていた緑髪の女性の服に付いているクリームは、恐らくムゲンと全身義体の男が突っ込んだのが原因だと推測される。
「まあ、あの男が気持ちよく爆発したからスッキリしたわ!」
「そ、そうなんですか……」
緑髪の女性は笑顔で言い放つ。そして彼女が全身義体の男の生死を確認しようと近づいた瞬間、突然全身義体の男は動き出した。
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