弐第98話 ウァラクからドォーレン

 翌朝、俺は国境門の上から大峡谷の方を眺めた。

 橋は跡形もなくなっており、堤のような壁が作られている。

 大峡谷そのものは見えないが、その向こう、かつてアーメルサスとガウリエスタが争っていた戦場跡がもやの中に見えた。


『浄化の方陣』を描いた布で、鼻と口を覆う。

『遠視』で視つめた場所に魔獣が居ないことを確認して『門』で移動する。

 近くに魔獣の姿はないが、光の剣の殲滅光は灯したままだ。


 そしてすぐさまアーメルサスの国境壁を視て、その壁の上へ。

 そこから、昔は町だったはずの場所が見えた。

 北には、現在の国境壁。


 所々、地面に『焼き跡』が見える。

 魔虫や魔獣が集らないように、遺体を焼いた跡だ。

 だが、全てを焼き尽くせた訳ではなかったようだ。


 どうやら、町だった場所は迷宮化がはじまっているようだが、当然まだまだ人が入れる大きさではない。

 今俺が立っているかつての国境壁に棲み着いた魔獣はまだいないようだが、時間の問題だろう。


 今後、アーメルサスは西側が中心になるだろう。

 オルフェルエル諸島とは交易できるが、それも嵐の季節だと船での行き来は難しくなる。

 そして最も大きな産業である電気石を使う魔具は、東側のヴァイエールト山脈で彼等が入れる範囲では電気石が殆ど採れなくなったらしいので衰退していくだろう。

 南西のダティエルト山脈でどれほどの産出量があるかは解らないが、永遠に採れるというものでもないはずだ。


 これから、アーメルサスはどのように戦で疲弊した国を立て直していくのだろう。

 縋るべき神々への信仰も、支えとなる技術も、いつか尽きると解っている資源だけに頼っていられないと気付いているはずだ。

 ……だから、反乱、なんてものが計画されているんだろうか。

 固く閉ざされ魔獣に怯える国境壁を眺め、俺は憐れみを感じつつも同情はできないでいた。


 俺が考えても、多分仕方がないことなのだ。

 アーメルサス人達が、自分達で立ち直っていくしかない。

 駄目だったら……ガウリエスタやマイウリアのように沈んで行くだけなのだから。



 さて、移動ができるようになったから、一度ウァラクに帰ろう。

 あいつ、アドーに無理矢理行き先を選ばせる訳だからな。

 準備くらいは、整えてやるべきだろう。

 こういうのって……多分、俺の自己満足なんだけど。


 ウァラクから皇国に入国し、すぐにカエスト……じゃない、クァレストへ移動する。

 今のウァラクで一番いろいろな物が揃っているのは、この町の市場だと思う。

 ドォーレンの門であいつは『投擲士』と言われていた。

 ならば、あの施設から脱出しようとした時のように、縄とそれに付けられるおもり付きの鎖や鎌なんかがあったら、移動中でも少しは戦えるはずだ。


 方陣や、明らかに特殊なタクトの作っている食糧などを他国人に渡すことはできないが……これくらいならば、許されるだろう。

 一般的な旅に携帯する食料なども何日分かは、用意しておこう。


 アドーが冒険者ならば、組合事務所に行けば幾許かの金は引き出せるはずだ。

 だが、アーメルサス国内では、手続きはできないだろう。

 あいつがどこへ行きたがるか解らないが……アーメルサス国内で他国への移動が可能と思われる場所までなら連れて行ってやれる。


 でも、密入国の手助けはできない。

 だから……そこから先はあいつ自身の力でなんとかしてもらうしかないから、せめて何日かは食い繋げるようにしてやるべきだ。


 もし……あの時、壁に登れずにいたあいつを俺が移動させなかったら、あいつは兵士には捕まったかもしれないが『脱獄犯』にはならずに済んだかもしれない。

 翌日に反乱分子からと思われる攻撃があったとしても、死なずに逃げられるか、別の場所で傀儡などにされずに生きられる可能性があったのかもしれない。


 ……殺されそうになっていたのを助けたんだと言い張るのは、あまりに勝手だと思う。

 なので、俺が罪悪感を感じなくなるようにしたいだけ、だ。

 言い訳がましいなぁ……


 要は……なんかほっとけないんだけど、皇国に迷惑がかかるようなことはしたくないってだけなんだよなっ!

 そう思ってはいても一緒に旅ができる訳じゃないし、今後一切何もかも面倒みられる訳でもない。


 責任なんてものはないとも思っているし、何もしなくたってきっとあいつも何も言わないのは解っているんだけどっ!

 ……ガラにもないことをしているってことなのかもしれない。



 買い物を終えて、ラステーレまで戻る。

 あと、一日ある。

 今日は、ラステーレでゆっくりしよう。


 宿をとって、食堂でのんびり食事をとる。

 本当はアーメルサスでひとつくらい迷宮に入りたかったけど、皇国人がいること自体がまずいとなると町の側にあったとしてもそこは止めた方がいい。

 ヴァイエールト山脈も俺が通ったところには迷宮はなかったし、あるのはきっとアーメルサスの北側か南のダティエルト山脈の麓付近。


 移動の時に……そういえば、凍土との境目辺りで小さい山がいくつかあったよな。

 ちょっとあの辺に行ってみよう。

 北側でなんかあるとしたら、あの辺だと思うんだよなー。

 町も村もなかった場所だから、態々兵士が来るなんてこともないだろうし反乱分子とやらは人がいない場所に興味などないだろう。


 だけど……首都を攻撃したというのは、本当に反乱分子だけなんだろうか?

 この国にはまだ、他にも変な奴等が居たっておかしくはないんだよな。


 ストレステほど育った迷宮はないだろうから、一日か二日でひとつくらいは入れるかな。

 ……その後には、すぐにカバロを迎えに行かなくちゃな。

 タルァナストさんが、やたら心配してそうだし。

 また時間をあけ過ぎて、カバロに馬房を壊されては堪らんからな。



 次の日の昼過ぎ、少しばかり雲が多くて蒸し暑かったが、ドォーレン近くの森に入ると涼しい。

 まだ五日目は明日なのだが、出発できるかどうかは確認しておかないとな。


 再び村に入ると、少し、雰囲気が違った。

 以前、タルフ毒に冒されていた頃の村長の奥さんがいた小屋の前に、人が集まっている。


 何か、あったのだろうか?

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