弐第89話 首都・イクルス

 遠見を使って二回ほど移動したあとに、首都への外門が見えた。

 外門の近くというより、それが見える小さい森の中に『門』を仕掛けておく。

 そして、俺はその森から徒歩で首都・イクルスの北東門へ向かった。


 門には何人かの兵士がいるのだが、こちら側からの来訪者が珍しいのか警戒されているようだ。

 ドォーレンで言ったように言い訳をし、鉱石を見せると掌を返したように態度が変わる。

 皇国の衛兵が見たら、顔を顰めそうなくらい現金な奴等だ。


 だが、門をくぐるとすぐ、崖のように家屋の二階部分から地面を見るくらいの段差がある。

 左右を眺めるとその段差は途切れなく、ぐるりと続いて街を取り囲んでいる。

 階段らしきものは無く、所々に村のように建物が集まった場所が点在しているのが見える。

 今居るすぐ下にある街は首都部ではあるがイクルスではなくて、ウェレンという門前町のようなものらしい。


 馬車方陣でしか下の町へ降りることができないようで、代金が割と高額だ。

 入領税みたいなもの……と考えればいいか。

 その受付のような所に行くと、馬車は出ないから勝手に通っていい……といわれた。


「まぁ、通れるなら、だがなぁ」

 そう言って兵士達はまたしてもニヤニヤと……この国の奴等って性格悪いのが多いんだろうか。


 どうやら馬車はある程度の人数がいないと出さないらしく、こちらの門から首都に入る者などいないから馬車に乗りたければ国境近くの南門まで歩けと言うことのようだ。

 馬車方陣が書かれている門に触れると、俺が以前使っていた……タクトが『長距離用ではない』と言っていた方陣だった。

 これなら、今持っている魔石で充分だな。


「それなら、遠慮なく通らせてもらう」

 迷いもなく門をくぐる俺に兵士達がどんな顔をしていたのかは見えなかったが、多分ストレステでよく見た表情だろう。


 ウェレンという町……というか、商店街? みたいな、いくつかの店とその店を営んでいる人達だけしか住んでいないような通りを抜ける。

 抜けるとまた段差があり、今度は下に向かって緩やかに壁際を降りる坂道があった。

 そして降りきった少し先に、小さな町ともうひとつの馬車方陣。


 北東門と同じように通れるなら通っていいと言いやがったので、通らせてもらった。

 ……多分、アーメルサス人だと魔石を八つも使って、ふたつの方陣門をくぐる奴はいないのだろう。

 この方陣門だと移動に五百は魔力を使ってしまうから、皇国人以外だと通り抜けた途端に倒れるだろうから魔石を買えない奴は通れないって事だ。


 やっと辿り着いたイクルスという街は『首都中央』と呼ばれる所で、政治と信仰の中心地らしい。

 真ん中にデカデカと建てられた『大聖堂』は、いくつものごつごつとした尖塔が寄せ集められていて天を穿つかのようだ。

 ……なんか、初めて『下品』ってのが解ったかもしれないと思える建物だった。

 その周りには所謂『上位』の神職や法職といった者達の居住区。


 街の作りはちょっと皇国の王都に似ている気がするが、なんというか、アーメルサスの方が活気がない。

 やたらと兵士が歩き回っているが、ここも町に人が少ない気がする。

 まぁ……ついこの間まで、いくさをしていた国だからだろうな。

 疲れているって感じなのかもしれない。


 キョロキョロしている俺に、兵士達が近付いてくる。

 気付かないふりをして、近くの店に入ってみる。木工製品の店みたいだが、品物が殆どない。


 ふと、目に止まったのは『黄色の小物入れ』だ。

 ……間違いない、タルフ毒の染料を使っているみたいだ。

 首都で買った、とドォーレンの村長も言っていたよな。


 こんなに簡単に買える場所で普通に売られているって事は、仕入れる時に全く検査も何もしていないということだろう。

 買って見ようか、と眺めていたが兵士達が入ってきて俺を囲んだ。


「何か用か?」

「皇国人が入ったと聞いたのでな。鉱石掘工師……とか?」

「ああ、そうだ」

「加護神を聞いてもいいか?」

「聖神三位だが……なんの関係があるんだ?」


 職業が『師職』である場合、加護神によって序列が決まると教わっていたが皇国人にまでそれを適用するらしい。

 では、こちらへ……と、敬語になったということは、彼等は俺を『捕らえる』のではなく『案内』してくれるようだ。



 連れて行かれたのは役所の一室のようで、俺の後ろには三人の兵士、卓を挟んだ向かいにふたりの役人がいる。

 格子が入った窓は、見覚えがあるな。

 アイソルで見た『鉄格子で区切ることによる魔力結界』だろう。

 つまり、この部屋の中では魔法は使えない……と。


 残念ながら、アイソルと同じくかなり杜撰な結界のようで、俺の手袋の方陣も片眼鏡の鑑定系の方陣も問題なく使えている。

 だが、ここであえて魔法を見せびらかす必要もないので、気付かないふりをしておこう。


「ご足労頂き、申し訳ないが二、三、確認させてもらいたい」

 勿体ぶったような話し方で、役人達は俺がどうして今、この首都にやってきたのか、何が目的か、帰国の予定……なんてものを聞いてきた。

 ウァラクで用意してもらった答えをそのまま喋り、帰国の予定は暫くはない……と伝えた。


「暫く……ですか?」

「ああ。今は橋が使えないと聞いたからな」

「左様ですな。皇国は……橋を造り直すつもりがあるとお考えなのですね?」

「この国が本当に皇国にとって必要であるならば、橋が架けられるんじゃないのか?それに、まだこの国には皇国人がかなりいるみたいだし」


 びくり、と役人のひとりが反応した。

「どうして、そうお思いに?」

「だって、俺みたいに戻り損ねた奴はいるだろうし、仕事の関係で間に合わなかった人だっているだろう?」


 多分……ではあるが、アーメルサス側は帰りそびれた皇国人を何箇所かにまとめて軟禁状態にしているんじゃないかと思っている。

『首都にいけ』といった兵士達や、町の人間が『首都にいるはずだ』と俺に告げていたのは、首都で皇国人を管理しているからだろうと。

 今のアーメルサスにとって、国内の皇国人くらいしか交渉の手札がないはずだ。


 彼等の命を救いたければ橋を架けろ……なんて言い出さないとも限らない。

 皇国は、臣民を見放さないと思っているのだろう。

 それは正解だが、他国の要求を聞いてやる人質になどするはずはない。

 アーメルサスは皇国の行動力と、決断の早さを甘く見ているのだろうな。


「実は知り合いも戻り損ねたらしくて探しているんだが、首都にいるんじゃないかっていわれたんだ。あんた達知らないか?」

 そう聞いた俺を『何も知らない』と判断したのか、皇国の方々は安全のために何カ所かで保護している……と言い出した。

 保護、ね。


「そうなのか! じゃあ、知り合いがいるかどうか、確かめさせてくれないか?」

「では、その方のお名前を伺えますかな?」

「いいや、直接会って確かめるよ。あんた達を疑う訳じゃないが、以前にも名前を伝えて探してもらっていないといわれたのに、本当は閉じ込められていた……なんて事もあったって聞いたんでね」


 これは随分昔だが、皇国人魔法師の家族を捕らえて無理矢理何かをさせようと脅した事件があったというものだ。

 ガウリエスタの話と聞いたので、アーメルサス人ならそいつ等と一緒と思われたくないだろう。


 なかなか単純な奴等だったようで、思惑通り俺は四箇所に分けられた施設をまわらせてもらえることになった。

 ……普通に付き合ったら、結構素直でいい奴等なんじゃないんだろうか……

 いやいや『いい奴』は、人質取って交渉しようなんて考えないよな。

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