弐第64話 オルツ 病院
あれから、俺はオルツの病院の宿坊に世話になっている。
俺が絡みつかれた魔魚は漁に出た漁師達が一番被害に遭う奴らしく、オルツだけでなく各港には、被害者に泊まり込みの治療をさせる病院があるらしい
初日に、ベステムに俺を浴槽に放り投げさせたキーゼイト医師によると、触手に絡みつかれたらその部位は毒で麻痺するという。
俺に麻痺があまり入らなかったのは、水が清浄水であったこともあるのだろう。
そして色の付いた糸のような触手で麻痺させつつ逃がさないように確保され、透明な
しかも本来の魔力の流れなど全く無視して、接触した所から強引に吸い上げるからあるはずのない流れが身体中にできてしまい『魔力が暴走』するのだとか……
それって、オルツの司祭様が『なかなか治らないし、放っておくと魔法が使えなくなります』……って俺を脅してきた奴じゃないか。
いや、脅しじゃないな、忠告だ。
幸いなことに絡みつかれた時間が短かったことと、浄化されて魔毒が完全に体内から消えていたことでかなり軽傷ではあるようだ。
多分、あの殲滅光じゃなかったら、こうも完全に体内の浄化なんてできなかったんだろう。
その上、俺には『
更に陸に上がってからすぐに食べ物を口にしたことで、魔力が回復し魔力枯渇状態ではなくなったので、身体への負担がさほどなかったらしい。
なので、あとは暫く体調を整えつつ魔力の流れを修復できるまで、この神泉に毎日入るようにと言われ……今もチャプチャプと湯に浸かっているのだ。
「はいはい、ガイエスくん、おとなしく浸かっているかね?」
「……ああ」
宿坊の部屋につけられている浴室にずけずけと入って来るのは、キーゼイト医師だけだ。
食事を運んでくれるおばさんも、まだ足がおぼつかない俺を支えながら浴槽へ入れてくれるおじさんも、ちゃんと扉の前で断ってから部屋に入るというのに。
まぁ、治療をしてくれてるのだから、普通の宿とは違うんで仕方ないのだろうが……突然入って来られると、びくっ、てするんだよ……大抵が浴槽に入っている時で、丸腰というか裸だし。
「ふむ、三日目にしては順調だね。でも左足がまだ少し力が入らないと言っていたようだが、どうだね?」
「立ち上がれるが、歩き出すと膝が震える」
キーゼイト医師は俺の背中に手を当て、魔法を発動させながら状態を聞いてくる。
使ってくれているのは【
医師でも持っている人は多くはないのだと、食事を運んでくれたおばさんが言っていた。
「うむ、一番最初に絡みつかれたのが、左足だったからだろうな。まだ流れがおかしい部分が多いな。湯に浸かりながら足首から上に向かって擦るようにしてみろ」
「こうか?」
「あまり力を加えず、ゆっくりと、だ。力が入りにくいのは、膝だけか?」
「腕を後ろに回すと少し、固まっている気がする」
「このへんか?」
ぐぎっ!
「いっっっ!」
「こりゃ背中も強ばってるな……腰の辺りは平気か?」
「あ、ああ……肩の方、だけ」
いててててててててっ!
……
その後、少々手荒な治療をされた気がするが……随分と楽には……なったと思う。
浴槽から出る時に手を貸してくれたが、入る時ほどのふらつきはなく左足にも力が入るようになったのはちょっと驚いた。
「まだもう少しの間は、座っているよりは横になっていろ。魔法は使うなよ! 流れがおかしい時に魔法を使うと、治りが悪くなるからな! それと……ほれ」
差し出されたのは、あの白湯だ。
治療が終わると必ず小さい入れ物で一口、飲めと渡される。
「あれ? 味がしない」
「うん、良くなっているみたいだな」
昨日までは、甘く感じたのに。
でも、この白湯を飲むのはどうしてなんだろう?
「これは神泉を少し煮詰めたものだ。身体や魔力の状態で、感じる味が変わる」
神泉というのは、種類によっては飲用すると治療に効果が出たり、感じる味で状態の善し悪しがわかったりするのだそうだ。
だけど、神泉って山の近くで湧くものだと聞いたが?
「オルツより少し内陸に入った所にエンテント山があるだろう? セーラントではあの辺りだけ神泉が湧くんだ」
「……随分遠いと思うが、どうやって湯を運んでくるんだ?」
「制水や水流の魔法で濃縮するんだ。それを浄化水の湯に溶くと、神泉とほぼ同じ効果が得られるんだよ」
どうやら神泉はマントーエルやリバーラの北の山、それとコエイルやウラク領で多く湧いているそうだ。
そこの湯を、魔法で濃縮して運んでいるらしい。湯によっては粉になる程まで水分をなくしても、浄化水に溶くと効果があるのだとか。逆に、濃縮すると全く効果がなくなる湯というものも存在するらしい。
「あとな、神泉によっては浸かるだけじゃなく飲んだ方がいいものもあるし、絶対に飲まない方がいいものもある。特に酸味のあるものは口にしない方がいいな」
あれ?
酸っぱい湯……って、あったよな。
そうそう、オーナスの宿で……結構気持ちよかったんだが……
「酸味がある湯は肌の爛れなどによく効く神泉だ。飲まない方がいい湯の湧く町の宿は浴槽がなくて、
うん、オーナスでは
浴槽に溜めてあると、口に入れたくなるのだろうか?
……不思議だな、皇国の人ってのは。
いや、ペータアステの時の俺みたいに、眠っちゃって飲み込む奴がいるとか?
ま、まぁ、俺はちょっと口に入っただけだから、平気平気っ!
「しょっぱい湯ってのは……あるのか?」
「おや、どこかで入ったのか?」
「ペータアステで」
「おおー! あの新しく出た神泉か! そうか……塩泉か。肌がつるつるになって気持ちよかっただろ? リバーラのものと似ていそうだからな」
俺が頷くと、冷えや乾燥にとても良いらしい。
しかも、少量飲むと内臓の炎症にも効くのだとか。
よかった、ペータアステのは飲んでも大丈夫な奴だったみたいだ。
「ふむ、今度、濃縮泉か神泉粉を売ってもらえないか聞いてみるかな。この辺では塩泉はないからな」
「エンテントの神泉ってのは、魔力の流れを整えるのか?」
「ああ、そうだ。滞った流れが良くなる働きがある。飲んで甘いと感じるのは、まだ流れに異常があるからそう感じる。旨いと感じるものってのは、身体に必要なんだよ」
……なるほど。
じゃあ、俺が旨いと感じる食べ物や菓子ってのは、俺に必要だからってことなのか。
「食事以外で……菓子とか食べても平気か?」
「構わんが、買いには行けんぞ?」
「自分で持ってる分だけだよ」
「……! 君は【収納魔法】があるのか? 魔石は入れてるか?」
突然、真面目な顔で詰め寄られて吃驚した。
俺が何度も頷くと、ふぅーっ、と息を漏らす。
「なら、大丈夫だろうが……【収納魔法】に入れ過ぎるなよ? 健康な時なら問題ないが、今は魔力はなるべく使わない方がいいんだからな!」
そうだった【収納魔法】は入れているだけで、その重さによっては相当魔力を使う。
俺は魔石をかなり直入れしているし、軽量化の袋に全て入れているから殆ど自分の魔力を使わずに維持できてはいるが。
……また少し、タクトに預かってもらった方がいいかもなぁ。
石板は預かってくれそうだけど……本は……どうかなぁ。
あの迷宮の石だけじゃ、頼めないかなぁ。
だけど、送るのは治ってからだな。
魔法、使うなって言われたし。
兎に角、中身を減らすために……まずは菓子を食べよう!
うん!
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