弐第35話 オルツ魔法師組合
その後も、魔力溜まりとか魔毒のこととかいろいろ聞いた。
精神に影響……ってのも、気になった。
「溜まりを放置することによる精神的な影響というのは、人によって様々です。思考が短絡的になったり、享楽的になったりするというのがまず最初の段階ね」
「それって、性格なんじゃ……」
「勿論、元々そういう方もいらっしゃるかもしれません。でも今まで穏やかで慎重だった方が、突然に何も考えていないような行動をとったり、そうかと思うとやたら熟考したりなんてムラが出始めるのです。そして賭け事が好きになったり、恐怖感を楽しんだり……今までそうじゃなかった人がそうなったら、危険だということなのよ。ある日突然に、破滅的な思考になって残忍なことをし始めたりするから……他人に対してだけでなく、自分にも」
背筋が、寒くなった。
魔獣に接するってのは、そんなにも危ないことだなんて思っていなかった。
……そういえば、ここ最近以前のような『恐怖』を感じなくなっていた。
なんの根拠もなく『これくらいなんともない』と、どこかで思っていた。
警戒しているつもりで、杜撰なことが多かった。
それを俺は『自信』だと思っていたが……違うのか?
いつの間にか、俺は俺自身の命より楽しみだけを追うようになっていたのか?
俺の恐怖感を宥めてくれるような、司祭様の柔らかな声が響く。
「大丈夫ですよ。魔毒は長年溜め込まなければ、少しずつだけど消すことができます。そして、ちゃんと流れを整えることで身体も
教会を出たのは、昼少し前だった。
いかん、このまま魔法師組合に行ったら、腹が減り過ぎて倒れる。
しかもいろいろ怖い話を聞き過ぎて、気分が落ち込んじまった。
甘いもの、食べたいなぁ……
食堂まで我慢できず、持っていた揚げ芋とカカオの菓子を食べることにした。
あ、塩味と甘味で交互に食べると、どんどん食っちまう……やば……でも、旨っ。
結局……腹がいっぱいになるまで食べてしまった。
まぁ、一食くらいはいいか。
魔法師組合に入ると、珍しく賑わっていた。
どうやらセーラント南側は、これからが冬本番らしいから付与魔法師への駆け込み依頼が増えているようだ。
「おやおや、珍しいねぇ」
声をかけてきたのは、港湾事務所でたまに会うボドックさんだ。
魔法師組合の人だったのか。
「何? 方陣と魔法の登録……って、おまえさん、やっとらんかったんか!」
「……忘れてた」
ていうか、組合に俺自身が登録していたら問題ないと思ってた。
「あぁー、そいで昨日、セレステの奴が慌ててひとつ持って来よったんか」
「札を作って売るってのが、あまりなくて」
ガエスタにいた頃は銅段だったから、冒険者組合じゃおまえのなんか売れないって笑われたし、皇国では頼まれてからしか作らなかったからなぁ。
しょうがねぇな、と言いつつボドックさんは俺を奥の部屋へと通してくれた。
受付が混んでるから、方陣を描く場所に連れてってくれるんだろう。
……って、ここ、組合長の部屋じゃねぇのかっ?
「ここしか、空いておらん。ええじゃろ、儂の部屋じゃし」
組合長だったのかよ……言ってくれよ、先に。
「この部屋なら、周りからは絶対に見られん。おまえさんの魔法と方陣は、ちょっと特殊なものが多そうじゃからな」
確かに、あまり覗き見とかされたくはない。
俺はまず登録する方陣を描き出す。
そして『方陣札』に使用して売るためのものは、俺の名前の一番上の文字と最後の文字のふたつを……マイウリアの文字で入れることにした。
タルフで見た同じ音の文字が、マイウリアで使われていた文字ではなくて『古語』と呼ばれるものだった。
他にもいくつか、古い文字が使われていた。
だから……このふたつの文字は、もう誰も使わないものになった。
俺自身も、もうこの文字を使って名前を書くことはないだろう。
「登録するのは……昨日の錯視の他は、浄化、回復、強化、清水、採光、灯火、治癒と、土類魔法、植物魔法……でいいのか?」
「ああ。札にして売るのは、多分それくらいだから」
「うむ、解った。それにしても、随分とさっぱりした方陣だのぅ?」
「一等位魔法師に描き替えてもらった奴だから」
「ほぅ! そりゃ、凄ぇ! どうする? 札を作って、預かっておくか? 売れると思うぞ」
そうだな。
預けておいてもいいか……でも、錯視は皇国じゃいらないか。
衛兵隊で使ってもらうためだけに、登録したからな。
回復とか浄化とか、使えそうなものを何枚か作って、時々補充するってことで預けておいた。
次は俺自身の魔法だが、特に増えてはいないんだよな。
身分証を開き、裏返して鑑定板に載せる。
これで一応、登録は完了だ。
「身分証も隅々まで確認して、解らんところがあったら聞けよ? 魔法は解った気になっているのが、一番危険じゃからな」
頷いて、身分証に目を落とす。
他国の冒険者組合と違い、皇国の魔法師組合は教会や役所と一緒で、俺の身分証に記載されたことの全てが解っている。
だが、それを仕事として使うために登録するかしないかは自由、ということだ。
仕事で使わないものを指定して、その魔法だけを登録しないでもらうこともできる。
俺が【方陣魔法】以外で、仕事に使える魔法といえば【回復魔法】くらいのものだ。
あ、【耐性魔法】が第二位になってて【俊敏魔法】と【土動魔法】が増えてる。
新しいのは土動くらいしか、仕事にはなんないよなぁ。
方陣に頼っていた『馬術技能』が第二位になったのは嬉しいが……技能系は関係ないもんな、魔法師組合だと。
「じゃあ、新しいのは【土動魔法】だけの登録でいいか?」
「ああ、それで」
「印章は、ないんだな?」
「……これから作る」
「そうだな。だが、指輪印章以外だと本名が印面に入るようになる。その辺は確認して作れよ」
そうだったのか。
二等位魔法師なら指輪印章くらいでいいと言われたから、それだけにしておこう。
「しかし……おまえさんの本名は、マイウリアの文字じゃ書けんかったんじゃないのか?」
「無理矢理、似た音の文字を当て嵌めていた……親父が皇国っぽい名前がいいとか言いやがったらしくて」
「はははは、そりゃ災難だったなぁ。だが、皇国だったらむしろ、本名の方がいいかもしれねぇなぁ」
……それは……無理。
俺の名前は、マイウリアの南の方だと発音できない奴の方が多かった。
小さい頃から、親からですらあだ名でしか呼ばれていない。
勿論、俺も未だに正確には言えない。
冒険者組合で通称登録ができるようになって、どれだけ喜んだか。
そうだ、『移動の方陣』を買っておかないと……売ってるか?
ボドック組合長に聞くと、方陣札としては作られていないが、登録方陣の閲覧だけなら安価でできるらしい。
それで充分だ。
「『移動の方陣』と『目標の方陣』のふたつが要るのか……」
「ああー! この方陣にはたまげたなぁ! 今までのどの方陣とも似ていねぇ。『門』とも違うのに、それ以上の働きがある。でも、作成者が札を作っていなくてなぁ……ちゃんと描ける奴が殆どいねぇ」
「この方陣の修記者登録をして、売ることってできるのか?」
「いいや、まだ駄目だな。新しく登録された方陣は、百年間は『作成者本人』か『作成者が許可した証明』を持った奴しか、販売はできない。自分で描いて使うには、いいんだがよ」
使っていいなら別に問題ないな。
ということは、俺が作成者になってしまった『錯視の方陣』も、誰かが札を作って売ることはできないってことか。
「この方陣は『目標』のこの部分に名前を書く。で、もうひとつの『移動』はここに名前を書いて『必ず移動する本人が魔力を入れる』それで初めて使えるようになる」
「『目標』はどこに置いてもいいのか?」
「ああ。皇国内なら問題はねぇな。ただし、越領はできないからな」
皇国内だけの使用制限ってことか?
それじゃあ、海の中からとかだったら船に戻る以外使えないのか?
「いや、海からだと事前に登録した『止まっている状態の皇国船籍の船』か『オルツ港』へは戻れるな」
「『移動』の方は、魔力を入れて【収納魔法】に入っていればいいのか?」
「そうだ。だが直入れになるから、入れてる時は魔力を入れ込まないで持っていた方がいい。こいつは、使用魔力量が少ないのがいいところだ」
確かに文字数も少ない。よくこんな魔力量で飛べるなってくらい、入れ込むのも少なかった気がする。
……相変わらず、綺麗な文字だな。
「あと、こいつはひとつの『移動の方陣』で、複数箇所に飛べる」
なにそれ。
便利過ぎだろ。
「『目標』だけをあちこちにおいて、その目標自体に名前を付ける。住所みたいなものだな。それと同じ場所名を『移動』の……ここだな。ここに並べて書いておく。すると、今いる場所から移動が可能なところだけ色が付くから、その文字に触れながら魔力を入れるとそこへ飛べる」
「ひとつの方陣で何カ所なんだ?」
「それは方陣の精度による。今まで最高は三カ所だな。だが、絶対に越領はできない。海からだと、皇国内には入れるのはオルツだけ。だが、オルツでは『目標方陣』の設置を規制している」
そうか。
一箇所は、オルツ港にしておくべきなんだけど……許可もらえるか?
「ただし、一度設置した『目標』は、動かしちまうと使えなくなる」
「え?」
「動かしても使えちまったら、知らん奴に動かされでもしたら、とんでもねぇ場所に飛ばされっかもしれねぇだろ?」
てことは、目標はオルツ港と他には、皇国内で見えないか動かせない所で……安全なところがいいってことか。
……どこ?
「ま、目標は自分の家とか、絶対に安全な場所に置いて『緊急避難用』で使うくれぇかなぁ」
家がね、ないんだよな、俺。
船の上に目標を置いても、船が動いてると飛べないってことだし。
便利なようで、意外と不便な気もする……
でも、オルツには……もしもの時用に置かせてもらえねぇかなぁ……
港に作ってもらった、カバロの簡易厩舎にでも置いとくか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます