弐第33話 オルツの食堂
バイスの待つ部屋に戻り、取り敢えず『錯視の方陣』だけを修記者登録することにした。
役所でも方陣の登録はできるって事で、やってもらうことにしたんだが……この方陣、全く皇国では登録実績がないものだと言われた。
「つまり?」
「つまり、新しい方陣、ということですから『作成者登録』となりますわね」
流石に、それは……でも、タクトの奴は登録しないって言って来たし……
「でも、俺が作った訳じゃねぇし……」
「その一等位魔法師様の名前も、連名で入れられますわよ? どうします?」
「入れてくれ」
「正しいお名前、ご存知なのかしら?」
フマーナ所長の問いに、そういえば知らない、と手が止まる。
……タクトってのが、通称の可能性もある……か。
ミトカだってそうだったしな。
それに、もしかしたら従者家系とかで『姓』があるかもしれないし……駄目かっ!
「……知らないから……俺だけで」
「はい、畏まりましたわ」
修記者の登録は本名と魔力で登録するが、公開は通称でもいいそうだ。
登録している時にバイスから印章は持っていないのか、と聞かれた。
「持ってないが……あった方がいいのか?」
「なくても平気っすけど、これからのこともあるから」
これから?
「まだ『試用』っすから、今回は俺等が使用する契約だけっす。だけど、ガイエスの方陣を海兵隊で全ての船に使うって正式に決まりゃあ、衛兵隊との契約が交わされるはずなんすよ。そん時の契約には……指輪印章くらいは、あった方がいいっす」
バイスにフマーナ所長も頷く。
「二等位魔法師ですから、それほど必要なことが多くはないでしょうけれど、是非お作りなさいな。方陣の『作成者』なら、持っているべきですよ」
……作成者……か。
なんか居心地悪いが……今回は仕方ないか。
試用は半年くらいだと言うから、それほど焦らなくても大丈夫だろう。
どこで作るかなぁ。
方陣登録はすぐに完了し、バイスは利用許可申請をその場でしてセレステに戻って行った。
あとで方陣札も作ってくれ、と依頼された。
方陣というのは、誰でも描くことはできる。
急ぐなら、自分で描いて使ったっていいんだ。
だけど、方陣を描いた後に全ての文字や図形に一度魔力を通し『溜め込める』状態にしなくてはいけない。
魔法師職のない人だと、何故か魔力を通してもたいした時間留めておくことができないらしい。
だから、方陣札に『魔力を溜めて準備しておく』ってことができないし、運よくできたとしてももの凄く魔法が弱いのだという。
魔法師以外の描いた方陣札が役に立たないってのは、このせいもある。
「ガイエスさん、魔法師組合でこの方陣と、札を売る可能性のある方陣をご登録なさいね。それと、増えている魔法も。よろしいですね?」
「……わかった……早めに、行くことにする」
「そうですよ、明日にでも! ……ふぅ、ちゃんとお伝えできてよかったわ。危なかったわぁ」
セーラントの女性ってのは……こう、押しとか目力って奴が強いな。
あ、司祭様の所にも呼ばれていたっけ……明日、行こう。
今日はもう、腹が減り過ぎて無理。
テアウートに行こうかと思ったが、飯が先……とオルツの町の食堂に入った。
この町は柑橘畑が多いせいか、食堂の飯には必ずっていうくらいそのままの柑橘も出て来る。
この間の『文旦』ってのは、もの凄く旨かった。
今日はなんだろうなぁ。
俺がシシ肉の香草焼きとふかし芋の牛酪のせを食べきって満足していたら、ドーエートに声をかけられた。
「おおっ、久し振りだなー。今日は、オルツで泊まりか?」
「明日、教会と魔法師組合に行かなくちゃならないからな」
ドーエートはこの近くに住んでいて、柑橘畑をやっている。
かなり大きな畑を管理して大勢の人を使っているっていうのに、全然偉ぶらないおっさんだ。
敬語で話そうとしたら、怒られたことがある。
……まぁ、俺はそういうのが苦手だから助かるけど。
最後に、食事に付いてきた柑橘を手に取る。
皮は剝かれていて、すぐに食べられるようになっているのは助かる。
「この柑橘、初めてだ」
「美味いぞー! この町以外だとこのままは出していねぇから、味わって食えよー」
思っていたより甘くて瑞々しく、名前は『椪柑』っていうらしい。
あ、タクトの所で菓子にしていた奴だ。
このまま食うのもいいなぁ。
「それにしても、教会たぁ、珍しいな冒険者が」
「俺はよく行くけど……本が見たくて」
全部は読まないからな。
方陣の描いてあるところ以外は『見る』だけだ。
「ま、おめーは魔法師でもあるからなぁ。あ、そうだ、方陣札は作ってねぇのか?」
「……明日、札が作れるように魔法師組合に登録に行く」
「そぉぉか! じゃ、それから頼むか!」
「俺のじゃなくても、いろいろな魔法師のが売っているんだろう?」
「エデルスの魔法師組合組合長が、やたらとおめぇの方陣札を自慢しててよぅ。浄化の札が、とにかくいいっていうから……なのに、おめぇときたら全然オルツの組合にゃ顔出さずに、すーぐ港から出ちまうし!」
俺、魔法師としては全然、なんにもしてなかったからなぁ。
でも、エデルスまで行ったのか?
「んー? あの町に、騎士位試験の子等が休憩する宿があってよ。そこの果実水に、うちの柑橘使ってっから毎年届けてんだよ」
他にも、王都の本試験会場とか、ロンドスト領のアクイアって町の宿泊施設でも果実水用の物を入れているんだそうだ。
騎士位試験ってのは、随分と贅沢なもん出すんだな。
「ここらじゃ魔虫の被害なんざ出ねぇけど、害虫は多いからな」
「判った。浄化も描けるようにしておく」
「助かるぜ! 回復とか清水くらいだと大して違いはねぇんだが、浄化とか治癒になるとどうしても魔法師の腕っつーのが如実に表れるからな」
「俺だって二等位だが?」
「同じ等級だって、当たり外れがあっからな。魔法が強くても、札は下手って魔法師も多い。おめーは確実に『当たり』だからよ」
くしゃっ、と笑うドーエートにつられて、俺もちょっと口の端が上がる。
そう思ってくれるのは、嬉しい。
「方陣登録したら、魔法師組合に作った札を預けておくと売ってくれるからよ。いい小遣い稼ぎになるぜ」
「そうなのか……」
「エデルスでも売ってもらってたんだろ? ……あっ! おめー、オルツだけじゃなく、全然、魔法師組合に行ってねぇな?」
行ってないけど……何かあるのか?
急にドーエートが小声になって、耳打ちするように教えてくれた。
「組合口座、ちゃんと確認しろよ。絶対に、結構な額が入っているはずだからよ」
そうか。
魔法師組合も俺の口座があって、札の代金とか魔法使用の代金とかはそっちに入っているのか。
全然考えてなかったなー……冒険者組合しか確認してなかったもんなー。
「ガイエス、おまえちょっとうっかりが多過ぎっぞ? 魔法のことも金のことも、きちんとしとけ? いいな!」
ドーエートにまでフマーナ所長と同じことを言われるとは……
椪柑を囓りながら、明日全部纏めて片付けよう、と溜息をついた。
……甘くて旨い……もうひとつ頼もう。
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