弐第9話 魔導船の食堂
すぐにでも戻らないといけないと解っているんだが、キアマトの教会へとやってきてしまった。
……絶対に二度と来られないところだから、司書室を見ておきたかった。魔具屋とかなかったし、この町。
神像は聖神三位、その象徴である『海柘榴』が至る所に飾られている。
密入国者が図々しく教会まで来てしまったが……神官も司祭もいないのはどうしてだろう?
「<ああ、やっと来たんか! ほれっ捨てるもん、まぁめてあっから!>」
いきなり、土木工事でもやりそうなおっさんに声をかけられた。
焦りすぎて、身体が固まる。
しかし、おっさんは俺の顔など殆ど見ずに、あくせくと動き回っている。
「<捨てる、もの?>」
「<ほぉやってゆうてたじゃろがぃ。神像は運ぶっきに、建て替えはぁ、はやっとどぅて>」
やばい、今、何言ったか全然わかんなかった。
「<読めんちゆーとぅの、ほれいってぁ、そん奥。とってって!>」
訛り、きっついな、このおっさん。
どうもなんとか解るところを繋げると、この建物が古くなったんで建て替えるらしい。
で、神像とか要るものを持っていくから、残っているのは捨てるだけ……で、それを取りに来るのを待っていた……で、いいのか?
持って行け、と言われているおっさんが指差したものは数冊の本と日用品などの道具類だった。
おい、教会が本を捨てていいのかよ?
題字を見ると、皇国語っぽいが……古代文字?
なるほど『読めん』から、要らないって事なのか。じゃあ……もらっちゃっても、いいかなー。
積んであった本は四冊。
そして運び出されたのであろう司書室っぽいところは、古い本棚が傾いて置かれていた。その傾きが不自然で本棚の後ろを見たら、一冊、本が落ちていた。
本棚の裏側に落ちた本に気付かずにいたのだろうが、棚の本が全部なくなって軽くなったからその本の分、隙間ができて傾いたみたいだ。
棚をどかして本を取り出す。
……うん、これも全然読めねぇ。もらっとこう。
さすがにもうこれ以上町の人と関わるのはまずそうだし、ゴミや片付けの手伝いを任されても困るので『門』で取引島へ戻った。
ごめんな、おっさん。
外套を羽織り、船へと戻る。
やっと戻った船室で、へたり込んでしまった。
ふぁぁぁぁぁー……いろいろ怖かったぁっ! もう、二度とやらない……
自分を過信しすぎにも程がある。
でも、何でだろう……後悔しているのに、高揚している?
上手く、切り抜けられたから?
あ、でも『不殺』に行く時も……密入国になるのか。
だけど、あの最下層は誰も来ないから平気だよな?
いやいや……油断は……まずいな。
暫くして、気持ちが落ち着いたところで着替えてから食堂に行く。
さっきキアマトで食べた辛いのも旨かったけど、やっぱり俺は甘いものの方が好きかも。
マイウリアはどっちかっていうと、甘ったるい感じの食事が多かったし。
野菜とか、芋とかの甘みだったけどな。
夕食まではまだかなり時間もあるから、揚げ芋を少しと……菓子にしよう。
旨。
セーラントで最近作り始めた『楷樹緑果』ってやつの焼き菓子だ。
これ、タクトの菓子に似てる。あ、鳥の形だ。
ふぅぅ……ちょっと落ち着いた。
柑橘の果汁を飲みつつ、食堂の窓からタルフの壁を眺める。
なんであの国は、他国の者を一切入れようとしないんだろう。
冒険者ですら入れない国で、町のすぐ近くに迷宮ができているような場所なのに。
まるで何かを隠すように、国の全てを覆っている。
「<おい、こんなところで平気か?>」
「<ここが一番安全だ。タルフ語が解る皇国人なんていないだろう?>」
いるが。
何を話すのだろうかと、その商人達の言葉に耳を傾ける。
セーラントでは、こういう所で小耳に挟んだ情報ってのを欲しがっている。
それを拾ってくるのも、俺がオルツに方陣門で入れる許可が取れた条件に含まれているからな。
現地の奴らの話は、会話に参加せずに聞いている分には結構面白い。
「<マウヤは完全に終わったな>」
『マウヤ』?
「<いい気味だ。やっと創国の王の恨みが晴らせた>」
「<ガエスタも一緒に滅ぶとは思わなかったけどな>」
『マウヤ』は、マイウリアのことか。
こいつら、マイウリアが滅んで良かったと思っているって事か……
おんなじ言葉を使っているのになぁ。
「<創国の王への『報申祭』は、派手にやるらしいぞ>」
「<そりゃ楽しみだな! そうか、それで今回はこんなに皇国から馬を買ったのか>」
「<皇国には言ってねぇんだろう? 食うって>」
「<皇国とストレステは、馬を食わないからな。そんな事言ったら売ってもらえなくなる>」
あ、無理。
その食文化は、俺、絶対受け入れられない奴っ!
今すぐタルフに乗り込んで全部の馬、逃がしちゃいそうっ!
解ってる、解ってはいるんだ。
俺だってイノブタとかシシとか牛とか羊とか兎とか食ってるしっ!
魚とか鶏だって食べるよ!
ただ単に、俺が今まで食っていなくて、そういう対象として見ていないってだけで、食材としてる国があるってのは知ってた!
でもっ!
「<この大陸じゃ当たり前のことなんだから、皇国だってとやかく言わねぇだろうよ>」
え。
タルフで当たり前ってんじゃなくて、東の小大陸全域でそうなのか?
カシナの宿屋の親父がカバロにやたらご執心だったのは……『旨そう』って意味?
だからカバロはストレステの宿屋ほど、どの宿屋の店主にも懐かなかったのか?
もー絶対に、
……さっき食ったタルフの食事、肉が入ってなくて良かった……
なんだかどっと疲れが出て、船室に戻ろうかと思った時にその商人達の会話から『革命』という言葉が聞こえた。
それって、マイウリアのあの革命戦争か?
「<まさか、本当に革命を起こす気だったとは思わなかったよな>」
「<というか、王族が、しかも第一王子加わったら、そりゃ革命じゃなくてただの継承争いだろうが。失敗して当たり前だぜ>」
「<王子が加わっているって噂が流れた途端に、革命派が瓦解したらしいからな>」
「<噂だけじゃなく、第一王子が南の町で何度も目撃されてて、そのせいであの辺りの町が軒並み焼かれたって話だ>」
あの噂、本当だったのか。
つまり……民衆は利用されただけって事か。
第一王子が国王と反発しているってのは、噂があった。
だから、第二王子が王太子に選ばれていると聞いた。
第一王子が初めから噛んでいたのだとしたら、望んでいたのは王政廃止ではなくただの跡目争いだろう。
「<あの国の本当の国主は、タルフ王の血脈だ。どっちが継いだってあの国は滅んださ>」
「<その通りだ>」
タルフは、マイウリアから追われた王族が興した国なのかもしれない。
そうか、だから『赤い瞳』なのか。
マイウリア人は、平民でも赤い瞳が多いからな。
タルフの貴族ってのは、当時その王と一緒にマイウリアからここにやってきた人達の末裔なのかもな。
でも、マイウリアにも馬を食べる文化はなかったんだがなぁぁぁーっ!
いかん、まだ話は続いている。
しっかりしろ、俺。
「<でも、あの時のマウヤ商人が買っていった毒が使われたって話は、聞かなかったな>」
「<革命と同じ時期だってだけで、別のことに使ったんじゃなかったのか?>」
「<いや……あの商人は『国の為に使う』って言ってたんだぜ。その後すぐに革命騒ぎだったから、てっきり俺の売った毒であの国を滅ぼせるかもって思ったのによ>」
「<黄鉛石なんざ手に入らないだろうから、毒としてじゃなくて別のことに使うつもりだったんじゃねぇのか?>」
「<ああ、そうか黄色の原料にするって事か。魔法がありゃ、毒は消せるって言うからなぁ>」
「<あの商人、皇国の船じゃなかったけど、どこの船で来てたんだ?>」
「<えーと……聞いたんだけどなぁどこだっけ……>」
革命やその後の内戦に使われた毒は『魚毒』と聞いた。
精製が難しい毒だったが、秘密裏に作られたって……
魚毒はマイウリアでは魚にちゃんと火が通ってないまま食ったりするとやられる事が多かった。
一時的なものだが、人によっては動けなくなる。
だけど、死者が出たって話は、聞いたことのない毒だった。
あれ?
この取引島でやりとりできるのは『皇国籍』の商人達だけだよな?
確か、もう百年以上その状態のはずだ。
なのに、こいつ等は八年前にマイウリアの商人と取引しているのか。
なるほど、本国でも気軽に話せねぇからここに来たって事か。
もう三日目で、殆どのタルフ商人達は取引をまとめて引き上げてしまっている。
今、話し合っているとすれば、乗客の船室とかで食堂には皇国人しか居ないからな。
こいつら、国で許可されていないどころか、おそらく最も嫌われているマイウリアと取引したってだけでなく、毒物の密売人ってことか。
「<へぇ、
「<すぐに色が落ちるって言ったんだがよ、なんでも、それにある魔虫の体液を混ぜると色落ちしないんだとよ>」
「<皇国だったら魔法で毒が消せるからできる染め物って事かぁ>」
「<その毒液も、トテフス商会に頼まれたぜ>」
おい、皇国にも毒を……あ、でも皇国だったら加工で毒も薬になったりするからいいのか?
トテフス商会ってのが、毒物取引の資格を持っているのかもしれないし。
一応……オルツの港湾事務所には伝えておくべきかな。
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