第50話「一緒にお風呂」


 ——というわけで、開幕早々頬をぶたれた俺は黒崎さんの家のリビングのソファーに座ってご飯ができるのを待っていた。


「國田君は、辛口で大丈夫よね?」


「え、う、うんっ」


 あれから一時間が経ち、雫に助けを求めたことでなんとか黒崎さんの怒りは鎮圧化できた。


 俺の方も、嘘ではあるが「全く目には入らなかった」と何度も繰り返し説明たことで分かってくれたらしく、ひとまずなんとかなった。


 それに「見られてたら死ななきゃ生きていけない」なんて言われてしまった手前、俺はあの光景を墓場まで持って行かなくちゃいけなくなったわけである。


 実際、あんなの見られたら俺だって生きていけない。

 あの反応はいたって普通だ。


 だいたい、アレに関しては確かに俺が悪い。不可抗力でも何でもなく、ただただ寝室に勝手に入ろうとして俺が悪いのだ。普通に失礼、警察にお邪魔することになってもまったくおかしくなかった。


 本当に気を付けないとな。


 ——とそんなわけで、頬の痛みにも匹敵するくらいのカレーのいい匂いが香ってきた。


 何とも美味しそうで、香ばしい匂い。日本人で斬らな人なんて一人もいないと言っても過言ではないものだ。


「もうちょっとでできるからもう少し待っててね」


「いくらでも待ちますよっ」


「まぁ、今日からここは國田君の家になるわけだし、明日まで掛けて作ろうかしら?」


「ははっ、そう言われたらそうですね……」


 言われてみればそうだ。

 これは紛れもない同棲。一つ屋根の下に暮らすって言う、ラノベとかの連れ子ものの定番だ。


 少なくとも雫が返ってくるまでのあと三日まで。

 そして、今日は金曜日。


 それが何を意味するか。

 俺と黒崎さんで土日を二人っきりで過ごさなきゃいけないということだ。


 たとえ、二人で迷宮区に潜ったとしても――以前の様にまた明日~~だなんて別れ方はできない。


 同じ帰り道、家の玄関、そこまで一緒に帰らなきゃいけない。


 ——ゴクリ。


 想像してみるとどこか現実味がなさ過ぎて、一瞬で顔が熱くなった。おいおい、なんか余裕ぶっこいてカッコつけてたけど……これってやっぱりヤバいことじゃないか?


 さっきまで忘れかけていた胸のドキドキを思い出して、喉から声が出なかった。


「ちょ、ちょっと。何も言わないのはやめてよ、恥ずかしいっ」


「す、すみません。変な想像を」


「へ、変な想像!? な、何考えてるのよ、変態ねっ」


「そ、そっちじゃないですよ! 俺は別に黒崎さんの入った後の風呂に浸かろうだなんて考えてなんか――あ」


「なんて……?」


「いや、なんでもないです。そんな変態いませんよねって話です」


「そう、よね」


 怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。喜怒哀楽の起伏が激しすぎて今の黒崎さんは少々手に負えなかった。


 そして、悶々としている俺に極めつけにこう呟いてきたのである。


「せ、せっかくなら……二人で一緒に入ってもいい、わよ?」


「えっ……」


 そうして、俺は今日三度目の脳のバグを検知したのであった。






 ——この会話から約45分。

 それはそれはもう頬っぺたが蕩けて落ちて幸せ最高潮になるくらいのカレーをおかわり込みで平らげた俺は皿洗いを手伝い、脱衣所の前に水着を着て立っていた。


 うん、何してんの俺は?


 もちろん、脱衣所からお風呂場には仕切りがある。


 よくある曇りガラスで、これは時代が変わってもずっと残り続けている伝統的な扉らしいが、俺が言いたいのはそこじゃない。


 その、曇りガラスの向こう側。

 つまり、言ってしまえばお風呂に黒崎さんが使っているということになる。


 もちろん、彼女も水着だ。


 まず、驚くべきは——あの誘いがマジだったということだ。


 黒崎さんは律儀に水着を持ち出してきたし、なんなら男物のも水着に関してはその場でドローン宅配で頼んだまである。


 来ないでくれって祈ってたけど、ものの30分で来てしまったわけで……俺はこうして流れに飲まれて目の前に立っている。


 頭が混乱で、パケモンの状態異常にかかったみたいだった。

 勢いあまって自分を攻撃しないか不安だ。


 本当に入っていいのか。


 疑問がポンポンと湧き出てきて、漠然とした不安と高鳴る鼓動が俺に非常事態を知らせている。


 でも、裸見たじゃん? って言われたらそれまでだが俺にとっては非常事態だった。

 

 確かに、俺は黒崎さんの裸を見てしまった。


 綺麗な銀髪が映える色白の肌に、大きな胸から下の毛の色まですべて確認してしまったわけである。


 しかし、あれはいわば不可抗力。

 今回の様になるべくしてなったわけではない。


 ただ、今回は違う。

 言われて返事をして、なるべくしてなったのだ。


 いわば契約。

 等価交換的な――いや違うか。


 まぁ、そんなことはどうでもよくて、とにかくいいのだろうか不安なんだ、俺は。


 水着があるじゃないかって?


 勘弁してほしいよ。

 水着をしてるからいいだろうって——そんな簡単に話が進むわけがない。


 だいたい、なぜか乗り気な言い出しっぺの黒崎さん、俺は彼女の心情をまったくと言っていいほど読めていない。


 この誘いに何か意味があるのか、それとも何もないのか。

 黒崎さんならきっとあるだろうと考えている自分がいる。


 それに、俺にとって異性と一緒にお風呂に入るのは家族の証――っていう漠然としたイメージがある。


 親しくなって、なんなら付き合ったとしてもそこそこ経たないとできないまである。


 俺まだ、誰とも付き合ったことないのにまじでお風呂だけ先に卒業しちゃってもいいのかな?


【神様の悪戯により、信託を受けました。先取りすることで理解できることもこの世にはあるのです】


 先取りすることで理解できること……いつもなら突っ込む俺も、この言葉には何も言えなかった。


 確かにそれを言われたら、そうなのかもしれない。


「國田君、来ないの?」


「え、いやっ、まだちょっと水着を!」


「早くしなさいよ……私、のぼせちゃうわ」


【神様の悪戯により、信託を受けました。女性の面子を潰すのは大変ナンセンスです】


 ——んぐっ。


 胸に突き刺さる言葉。 

 それは大マジ、腑に落ちる言葉だった。


「で、ですよね! いきます!!」


 覚悟を決めて、拳を握る。

 そうだ。


 ここまでおぜん立てをしてくれたのに入らないというのも男として良くない。


 俺の心の何かが廃る。

 俺としての矜持、そしてプライド、全てをかなぐり捨てたって入らなくてはいけない。


 そうして、心の非常事態信号はいつの間にか消え去り、その扉に手を掛ける。

 

 ガラッと開けると、そこには目には毒な綺麗でとてもグラマラスな憧れの黒崎さんが待っていたのである。


「ほら、空いてるわよ?」


 その声に色気を感じた俺をどうにか、断罪してくれませんか。


【神様の悪戯により、上限を開放しました。興奮度120%です】


 ――俺は、黒崎さんが相当好きらしい。



 



<あとがき>

 ご報告です。

 色々と加味した結果、月曜日から今までの1日2話投稿をやめ、1日1話投稿にすることにしました。


 僕史上初となる☆1000目指して頑張ります!

 多分100話までは色々と続くかなぁ。


 長期連載作品にしたいです!


 ※追記

 第12.5話を追加し、第13話を変更しました。

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