第2章「裏世界との戦い」

第49話「憧れの人は掃除ができない」


「——じゃ、じゃあ、ちょっとここで待ってて」


 真っ赤になった横顔が玄関を開けて中に入っていった。


 ——って、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!!!


 いいのか、俺?

 来ちゃったけど、本当にいいのか俺?

 てか、全然黒崎さんいやそうじゃないんだけど、マジでいいのか⁉


 動揺する心、バクバクと鼓動する心臓。

 もう、何が何だかよく分からなくなっている。


 極めつけには残骸になった家から持ち出した重要な荷物やら、ギルドから支給された探索者グッズやらを入れた多分20キロ近くあるバックを肩にかけているって言うのに、全く重く感じなかった。


 いやはや、人の心ってほんと凄い。怖いまである。感覚がバグるんだしな、あ、そこ、ステータスが上がったからでしょとか言うの禁止な? 

 

 今オフモードなんだからそう言うの言っちゃ駄目、細かいと女の子に嫌われちゃうぞ?


 って、女の子と付き合ったこともない童貞高校生が申しておりますが。


【神様の悪戯により、『童貞卒業』の目標を獲得しました。頑張ってください】


 おい、なんでここぞとばかりに出てくるんだよ。

 てか、戦闘中じゃなきゃ発動しないんじゃないの? 俺の命の危機と向上心って言ってたじゃん。


【神様の悪戯により、信託を受けました。今の國田元春の心情的な危機と性への向上心から発動しました。また、逐一申し上げますが、私の声は神の気ままだということを覚えておいてください】


 ……そういうのもありなんか。

 てか、いくら何でも神様だったとしても童貞って言われると傷つくんですけど!!


【神様の悪戯により、信託を受けました。お猿さんになるのは悪いことではありません。現代日本の回復しつつある少子化社会において、セックスはよりよい行為だとされています。】


 昨日から言っていること二転三転してる気がしなくもないが……てか、気が早い! 俺はまだ高校生だし、黒崎さんとそんなことするほど親しくはないからな?


 だいたい、そう言うのは段階を踏んでからって決まってる。

 俺は出会って即やるような馬鹿じゃない。


【ヘタレ童貞】


 おい、今のは完璧にお姉さんの私的感情からだよな?

 神様はどこ行った何処に。


【神様の悪戯により、信託を受けました。この声はすべて神の御意思に直接頭に流れています】

 

 に、逃げやがったこいつ。

 まあでも、ヘタレっていうのは最初からですよ。



「い、いいわよっ」


 すると、そんなところで扉があき、少しだけ恥ずかしそうにこっちにおいでと手を振った。


「あ、はいっ!」

 

 こういう時は自信が大事!

 ちょうど、まだ入院中で来れない妹にくぎを刺されたばっかりなんだ。


『女の子の家に行ったら、堂堂とすること! そして、一杯褒めて、礼儀正しく、身を清める事!』


 まぁ、最後らへんの部分はよく分からなかったが堂々とはしなきゃいけない。おどおどしてると、黒崎さんに変な気を遣われちゃうかもだし、ここは男としてバシッと決めなければだ。


「じゃ、お邪魔しますっ」


 ぺこりと一礼して俺は部屋の中に入った。


 入っていくとまず見えたのは真っ直ぐな廊下、マンションというだけあって部屋数もかなりあるようだった。


「なんか、変な感じするわね……國田君のお家にはお邪魔したことあるのに、逆ってなると」


「そ、そうですね。でも、俺としては嬉しいですよ? ほら、黒崎さんといると色々と!」


「い、色々……?」


「はいっ! だって、いろんなこと学べるじゃないですか! 探索者の事とか、それに雫だってきっと嬉しがると思いますし。凄くお姉さんみたいに慕ってて、きっと兄よりも同じ性別の年上の人が近くに欲しかったんですよ」


「……そ、そゆことね。まぁ、それは確かに。雫ちゃん。ずっと私にべったりでちょっと心配だけど」


「大丈夫っすよ。ああ見えて、周りの事しっかり見えてますから。拉致られたのはびっくりでしたけど、ほら、こうして黒崎さんと一緒ならその心配も薄れますし!」


「まぁ、ね。そう言ってもらえると私もちょっと嬉しいわ」


「はい。あ、えと、俺ってそう言えばどこに泊まればいですかね?」


 ふと思い出して、肩にかけていたバックを降ろす。

 すると、黒崎さんも考えていなかったらしく頭を悩ませていた。


「寝袋ならあるんで、その俺なら別に廊下でも」


「そ、そんなの駄目よ! 風邪ひいちゃうし……」


「じゃあ、ソファーとか?」


「ソファーじゃ体痛くなっちゃうしだめよ。そんな、招いたくせに変なところで止まらせたくはないわよ」


「だって、俺居候する側なんですよ?」


 そう言うと、ぶるぶると頭を横に振る。

 そして、目を見てこう言った。


「く、國田君に……そんなことはできないわよ。私、色々とだましてることだってあるんだし」


「え、騙し?」


「うん。ほら、だっておかしいと思わない? ギルドが私の家に泊まれだなんて……普通は、国家機関が言ったりすることじゃないでしょ?」


 まぁ、今更だけどそれは確かにそう思う。

 俺としてはあこがれの人の家で一つ屋根の下に泊まれるし、ぶっちゃけ好きな女の子と一緒に住めるのは良いことしかない。


 でも、そんなことはギルドから言うはずもないし、何か裏があるかもしれないとはうすうす感じていた。


「それに……今まで私は、その嘘ばっかりで」


 顔を俯かせる黒崎さん、ちょっと辛そうな顔をしていてほっとけなかった。

 体が無意識に動いて、彼女の手を握る。


「俺、別に迷惑とも思ってません」


「えっ」


「だって、黒崎さんは国にとって重要な人物じゃないですか。ほら、あの日、学校を回った時に大きな責任が掛かるって自負してましたし。俺に、嘘の一つや二つくらい、抱えるのも無理ないですよ」


「……そ、そんなこと言ってくれるのは、國田君がお人よしだからで」


「黒崎さんも俺のことたくさん助けてくれる、お人よしじゃないっすか?」


「別に……私は、そんな」


「それだけで嬉しいですし、言えるようになってからでも言えなくてもいいんですよ。あんまり、深く考えないでください?」


「でも……」


「でも俺は、黒崎さんと一緒に暮らせるってだけで——幸せですよ?」


 自分で言っていて、臭いなとは思った。

 必死に背伸びして、雫に言われた堂々を胸開いてガッと構える。


 そこまで言えば、黒崎さんもちょっと分かってくれたようで目を擦って頷いた。


「う、うん……」


 その瞬間、最強とも歌われるS級探索者の彼女が華奢に見えた。


「じゃあ、その。一応、寝室にバック置いてきますね」


 ベット、そう律儀に板が張られた部屋の扉に手を掛ける。

 しかし、その瞬間。

 黒崎さんが焦った様に呟いた。


「あ——そこは、だめっ!」


 ただ、この時には時すでに遅く。

 俺の目には黒崎さんの家の寝室が————それも、尋常じゃないほどに散らかった汚い寝室が目に入っていたのである。


「えっ……」


 お菓子のゴミに、漫画や小説、脱ぎ散らかした洋服に、パンツからブラジャーまで。


 極めつけには……その、えと……え、エッチな……アダルティックなお、おもちゃまでもが無造作に置かれていて、目に映る。


 俺は察した。

 終わったと。



「っ……うぅ」


「あ、こ、これは——ふ、不可抗力で」


「っぅぅ~~~~~~~~‼‼‼‼」


「あ、ま、待ってください――ちょ、これは——⁉」



「このバァカアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」





 怒号と共に飛んでくる平手打ち。

 未来予知でも、知覚向上でも避け切れない会心の一撃が俺の頬に炸裂した。





<あとがき>

 前話(第48話)の最後にあとがきを追記したので、確認お願いします!!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648779327166/episodes/16817330652136291555

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