第33話「名前呼び」
それから2時間。
時計の針はすでに午後6時をさしていた。
そんな中、スキルの訓練はもう熾烈を極め、俺はすでにコツを掴みつつあった。
次々に現れるアックスホーンを凪だ倒し、一気に最下層まで。
最初こそ、俺の訓練のために色々な御前立てをしてくれていた黒崎さんもいつの間にかただ後ろから眺めるだけになっていたのだが——あまりにも集中していたのでそれも気づかなかったほどだ。
正直、最近はここまで集中したこともなかったので疲労感はややあるがここまでできるようになったのは彼女のおかげ。
反復練習はかなりの時間を要したがすべてのスキルをほぼ使いこなせるようになったし、黒崎さんも教えるのが凄く上手い。
一つ一つ、スキルのイメージとしてはこんな感じだ。
『跳躍』(C)
とにかく勢いをつけるのイメージ。頭ではイメージしつつ、バグったステータスをコントロールする余裕は忘れない。軽い反動で遠くに飛ばす、簡単に言えばバネか、原理的にはてこの原理と一緒だ。
『剛翼』(C)
これに関しては、このスキル単体で使うのは難しいことが分かった。実際、このスキルを持っている探索者は高いところから飛び降りることで飛行することができている。だからこそ、俺の場合は跳躍と併用して使うとかなりいいことが分かった。
まぁ、こうしてみると鳥が飛んでいるのは中々すごいことで、ちょっと尊敬の念を抱いてしまったのは内緒だ。
『神経伝達速度上昇・強』(B)『脚力増加・強』(C)
この二つを意識すれば使うことができる。具体的に言うと他のスキルを発動した時に走馬灯みたいに時間の流れが遅くなるし、脚力に関しては力を籠めれば自動的に筋力が強くなる。
ちなみに、ステータスに筋力の値はないので跳躍とかを使う場合はこのスキルを発動しながら使う必要がある。
『
これは神経伝達速度上昇と併用するとよりよく扱える。五感の感じる力を向上させるものなのでとにかくそれぞれの五感に意識を集中すればいい感じではあるが、どうやらすべての五感を同時に向上させるの無理そうだ。
『
正直なところ、このスキルは使えるかと言われたら難しいところだ。神経伝達、脚力増加、そして跳躍を横向き方向に使えば俺の敏捷力のステータス値に呼応してかなり高速で移動できるからだ。
それと違うところは使い方と速度で、早く走るぞって思えば使える単純さがメリットだが、速度的には50km/h程度なのでなんとも言えない。もしもさらに高い速度が出せるレベルに進化すれば使おうかなと考えている。
そして、何より便利なスキルだったのが『
——と説明口調すまなかった。
他のスキルに関してはそのスキルについて考えれば扱えるので特にいう必要はないかな。
そんなこんなでついにEランク
俺たちは敢えて最下層の行き止まりの部屋でアックスホーンに囲まれていた。
「——アックスホーンの亜種、いっぱいいますねこれ」
囲むように並んでいるのは体表が赤い、やや大きめなアックスホーンの仲間。
『
「一対多は大事よ。高ランクの迷宮区で迷ったりでもしたら命とりになりかねないわ」
「さすが、そこまで考えているのは師匠の所以ですね」
「……言っておくと、本当に師匠になったつもりはないからね?」
「いいんですよ、俺が好きで言っているんで」
「そう、好きで……っ」
「他に何か言ってほしいあだ名でもあるんですか?」
魔物に囲まれながらも余裕しゃくしゃくと訊ねると黒崎さんは顎に手を当て始めた。
「つ、ツカサ……」
「え?」
「あっ——いや、ち、違うの! これ、これはただ……その、ちょっと自分の名前から考えてみようかなと思って……その、全然そう言うのじゃなくて」
いや、別に攻めてるわけでもないんだが……なぜだか急に否定し始めた。
名前で呼べってことだろうか。まぁ、なんだかんだ一緒にいるし、家にまで来てもらった仲なのに名前で呼ばないのもおかしくはあるか。
それに、顔もなんか赤いし……実はただ単に呼んでほしいとか? 仲いいのに呼ばれないのが不服とか?
でも、俺じゃ黒崎さんに釣りあ合わないと思うんだけどなぁ……いやでも、黒崎さんならそんなこと考えないか。
なら、呼んでみよう。
「ツカサさん?」
「っ~~!?」
「聞いてます、ツカサさん?」
名前を口に出すと背中をぶるぶるふるわせて驚きながら俺の方を向いた。
なんだか、プルプルしてる。
あれ、もしかしてやっぱり本当に呼ばれたくなかったのでは?
まじか、やっちまった。
俺には黒崎さんみたいな先を見通す力はないっていうのに、調子乗り過ぎたみたいだ。
「あ、あの、ごめんなさいっ。嫌だったら別にそれで言ったりはしないので……」
しかし、俺が謝ると彼女は必死になって腕を掴む。
そして、頭を左右に振りながら凄い勢いで断言した。
「べ、別に嫌とかじゃないの‼‼」
「え、い、いやだったんじゃないんですか?」
「違うからっ……本当に」
「じゃあ、そのツカサさんって呼んでもいいんですか?」
ビクッと再び身体を震わせた。
「や、やめてっ」
「やっぱり嫌なんじゃないですか……」
「そうじゃないのっ……嫌とかじゃなくて、その、ね? ただ、恥ずかしいって言うか……な、慣れない」
「あっ」
「別に嫌とかじゃないから……でも、名前呼びは無理」
頬を赤らめ、アックスホーンに囲まれながらもそっぽを向く。
「じゃあ、師匠で」
「……なんでそうなるのよ」
今度は手の平返しのジト目だった。
そして、さすがにしびれを切らしたのかアックスホーンが突進をし始めてくるのが見えた。
「あ、来ますよ師匠!」
「っ~~~~この、バカ!!!」
「ちょ、俺じゃないですって、敵はあっちに」
なぜだか、黒崎さんもアックスホーンの突進に加わったように突っ込んでくる。
無論、余りにも予想外な攻撃に対応できるわけもなく、そのまま一発、お腹に食らってしまった。
「ふげふぁ!?」
どうやら、『知覚向上』、『周辺探知』も適性攻撃を見抜けないのは今後考えておくべきだろうな。
——しかし、宙に舞い見える景色の中で俺の周辺探知に何かが引っ掛かった。マップに現れた赤いマーク。そして、他の探索者を示す青いマーク。嫌な予感が背中を駆け抜ける。
そして、次の瞬間。
アックスホーンの向こう側から得体のしれない巨体が突っ込んできたのだった。
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