フラグは折るもの

「……お?」

「どうしたんですか?」


 放課後のランニングをしていた時だ。

 体育祭を終えて仲良くなり、俺の友人となってくれた男子の二人が運動着でジョギングをしていた。

 別に普段なら気にしなかっただろうけど、こうして知り合った以上は気になるのも仕方ない。


「ほら、最近仲良くなったんだよ」

「知ってますよ。もし斗真君に悪いことをしそうなら考えましたが、彼らは純粋に斗真君と接しているようなので良かったです」


 白雪までそう言うなら彼らのことは安心だ。

 ちょうど二人はこっちに走ってきていたため、俺と白雪にも気付いて手を上げた。


「おう郡道! それに……」

「鳳凰院さんも……こんにちは!」

「はいこんにちは」


 やっぱり二人も白雪には緊張するようだ。

 以前は紹介することもなかったので改めて二人を紹介しよう。

 二人とも俺に話しかけてくれたこともあってかなりのオタクであり、体型も以前の俺みたいとは言わないがそれなりにご立派だ。

 眼鏡を掛けているのが足立あだち、白雪に挨拶をしたのが芹沢せりざわという名前だ。


「最近知り合った俺が言うのも何だけど、お前らも運動するんだな?」

「ま、まあな……」

「郡道を見ていたら俺らも頑張ればチャンスあるかなって……」

「あ、そういうことか」


 どうやら俺の変化を見て彼らも自分の可能性を探したいらしかった。

 俺の場合はあまりにも事例が特殊過ぎるだけなんだが……まあでも、俺の変化を見てこんな風に頑張っているというのは少し背中が痒くなるな。


「ふふっ、嵐君の変化はたくさんの人に影響を与えるんですね」

「そうかな? 俺と白雪が特殊なだけだと思うんだが」


 よくテレビ番組でダイエットした人がイケメンになったり美女になったりなんてのを見るけれど、俺の場合はそのどれにも当てはまりはしない。

 けれども白雪と翡翠は元々俺のことを好いてくれていたことに合わせ、こっちでの俺の頑張りを見て一層好きになったことも教えてくれた……だから頑張りは決して人を裏切らないというのは俺自身これでもかと感じた。


「嵐君はあの体型からここまでの変化を見せました。そこには途方もない努力があったんです――生半可な覚悟でこうなれるとは思わないことです」


 白雪?」


「うっす……」

「励みになります……!」


 足立? 芹沢?

 まるで教官と部下みたいな雰囲気を醸し出した三人に首を傾げていると、足立が白雪にこんなことを質問した。


「鳳凰院さん。俺たちも頑張れば女の子にモテますか!?」

「モテるかどうかは分かりませんが、人の頑張る姿を嫌う人は居ないでしょう」


 次にサッと手を上げたのは芹沢だ。


「俺たちも鳳凰院さんみたいな美人さんと付き合えますか!?」

「それこそあなたたち次第でしょう。もっとも、私みたいな女の子は嵐君にゾッコンになると思うので諦めてください」


 いや、そのみたいなはそういう意味ではないと思うぞ……?

 ただおそらく白雪もそれは分かっており、自分の見たいな女の子はイコールで今の自分だと思っているのかもしれない。

 それで白雪自身だと仮定した場合に俺のことを好きになるから諦めてくれと言ったのだろう。


「……つうか、俺たちがこうして鳳凰院さんと話をしていること自体奇跡だよな」

「うん。雲の上の人だしな」

「私は普通の人間ですよ」


 確かに白雪と話が出来たことすらも最初の俺は奇跡と思っていた。

 だから足立たちの気持ちもよく分かるし、今でも時々こうして彼女たちと特別な関係になれたことを奇跡だって思うこともあるほどなのだから。


「鳳凰院さんは郡道のどんな所を好きになったんだ?」


 それは彼らの純粋な質問だった。

 白雪はその言葉を聞いて一切考えるような素振りを見せることなく、汗を掻いていた俺の腕を彼女は抱きしめた。


「全部です♪」


 そう言って白雪は俺を見上げてニコッと笑った。

 その笑顔に慣れていた俺はともかく、おそらく彼女の笑顔を初めて間近で見たであろう二人はこれでもかと顔を赤くしていた。

 その後、二人は俄然やる気を出して猛スピードで駆けて行った。

 あれだとすぐに体力が尽きるなと白雪と笑い、俺たちは俺たちのペースでランニングを再開させた。


「……ふぅ」


 しっかし、本来ならこうやって二人で運動をするよりデートとかの方が学生としてはある意味普通だろうけど……もうこれが俺たちの普通になっている。

 これで白雪が不満を抱いていたりすれば色々と考えるけれど、当の本人がこうして俺と何かをすることに喜びを感じてくれている――だから俺もこうやって彼女を誘うことが出来るんだ。


「何を考えてるんですか?」

「え? あぁいや……」


 チラッと彼女の横顔を見ただけなのに気付かれていた。

 それなら仕方ないかと俺は考えていたことを全部彼女に話してみた。


「その通りですよ。別に私は嫌なことは嫌と言いますし、気が乗らなければ乗らないと言う人間ですからね。そうでなく、こうしてあなたに付き合っているのは私も純粋にそうしたいからです」

「分かってるよ。分かってるから自信を持ってる」

「はい。自信を持ってくださいね♪」


 どんな小さなことでも彼女たちは褒めるというか肯定してくれる。

 それは仕方ないからとか、そう言わないといけないとかではなく、本当にそう思っていることを俺も分かるから安心出来る。

 褒めて伸ばすというわけではないかもしれないが、それでも二人は的確に俺が嬉しくなる言葉をくれるのだ。


「来月辺りから母はようやく仕事が落ち着くそうです。そうなったらここに母が加わるかもしれないですね」

「それは……色々と視線を集めまくるかもな」

「そうかもしれないですね。ま、その時にならないと分かりませんが」


 ちなみに、こうして白雪と走っていると彼女に視線が集まるのはいつもだ。

 目を惹く美少女がランニングをしていたらその気がなくても見るだろうし、何より白雪には多くの目を集めてしまうモノがある――それが大きな二つの膨らみだ。

 走るたびに揺れているのが分かるので普通に大人も見てくるからな。


(ここに翡翠が加わったらそれはもう大変なことになりそうだ)


 でも、そうなったらなったで俺も男を見せるしかないと逆に気合が入る。

 それから白雪と三十分ほど走り続け、目的地に設定したゴール地点に辿り着いたので今日のランニングはこれで終わりだ。

 自販機で飲み物を買って喉を潤した後、俺と白雪はゆっくりと帰路を歩く。


「……あ」

「あら……なんだか随分と縁がありますね」


 俺と白雪の視線の先、そこに居たのは兄貴だった。

 いつも隣に居たあの女性は居なくて、ボーッとしたように歩く兄の姿が妙に印象的だ……まるで魂が抜けたような、そんな顔をしている。


「このまま行くか」

「はい」


 そして……俺はそんな兄を避けることなく歩き続けた。

 白雪の肩を抱きながら歩き、彼女は少し顔を伏せたので目元が前髪に隠れて僅かに表情が見えなくなる。

 連れ添って歩く俺と白雪を兄は見たが、特に反応することはなく……それが今の俺たちに対する兄の感覚なんだろう。


(白雪はともかく、もう俺のことを認識出来ていないのか)


 そう、兄は俺のことを嵐だと気付かなかった。

 もうそれだけの距離が俺と兄……だけではなく、家族の間に開いているということをこれでもかと思い知らせてくれた。


「これだけの距離がもう開いているってことだ――つまり、気にしないで良い」

「そうですね。それが一番ですよ」


 だからもうさようならだ。

 俺たちはもう交わることはない……今はまだ良くても本格的にバラバラになった郡道家の中で歪みは出るだろうけど、もうそれは俺には関係のないことだ。

 元々噛み合うはずのない歯車が外れただけ……ただそれだけなのだから。


「斗真君」

「うん?」

「フラグなんてものは捻じ伏せれば良いんですよ。根元からぽっきりと折るものなんです」

「ははっ、そっか」


 本当に頼りになる女の子だ。

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