甘すぎる朝の光景
その日は朝から甘い……甘すぎて糖尿病になりそうだ。
深夜に白雪との語らいの後、眠りに就いた俺が次に目を覚ました時……それは彼女たちのような存在と一緒のベッドで眠ったら、確実にそうなってしまうだろうという朝の目覚めだった。
『おはようございます』
『おはよう斗真君』
一瞬、俺は昨夜に実は腹上死して異世界に転生し、美人なサキュバス親子に拾われたのではないかとさえ思ったほどだ。
まあそんなファンタジーなことはあり得なかったわけで、ちゃんと彼女たちから気持ちの良い目覚めを提供してもらったのは紛れもない現実だった。
「……………」
そして、朝食を済ませた後に翡翠が少しばかり仕事で居なくなったのだが、広いリビングの中で俺を独占するかのように白雪がずっと引っ付いている。
そもそもさっきまで翡翠も同じだったのだが、彼女たちはトイレ以外だと基本的に俺の傍に居たいようで……それはあまりにも重たすぎる愛とは思いつつ、彼女たちが何度も繰り返した輪廻のことを考えると離れてくれなんて言えない。
(……ま、言うつもりもないんだけどな)
なんてことを思って苦笑すると、それに気付いた白雪がそっと視線を上げた。
ただ引っ付いているだけで特に何もしていない彼女だけど、俺と視線が合うだけで嬉しそうにクスッと笑う。
ずっと画面越しに見ていた彼女の笑顔と、こんな風にお互いの気持ちが通じ合いこれほどの至近距離で白雪の笑顔を見れる日が来るとは思っていなかった分、俺はあのキモ笑いをどうしても我慢出来なかった。
「ねえ斗真君。今週はジムに行くことはありませんでしたけど、また来週からは頑張るんですよね?」
その問いかけに俺は頷いた。
「もちろんだ。この体になってから少し経ったけど、運動のおかげで体力も付いたし体重も徐々に落ちてきてる……ここまで来たらもっと頑張るよ」
「分かりました。私も母も最大限にサポートしますね?」
「……ありがとな」
「いえいえ、あなたの力になれるなら嬉しいです」
今の彼女は……俺を見ている彼女の瞳は昏い。
見つめ返すだけで深淵の先を見てしまうような恐怖さえ感じる……それだけではなく彼女は間違いなく笑顔なのに、その瞳のせいで薄気味悪くも見えてしまう。
だというのに、やっぱり俺はどこまで行っても彼女のことが好きらしい。
「白雪ぃいいいい!!」
「きゃん♪」
グッと彼女を抱き寄せると、それだけで白雪は嬉しそうに声を上げた。
ふとした時に彼女は瞳を曇らせるものの、こんな風にボディタッチをすると白雪の瞳も表情も元通りになり、純粋な眼差しで彼女は俺のことを見つめてくれる。
(この裏表感が最高なんだよなぁ……つうか、ヤンデレは怖いっていう風潮は確かにあるし分かるんだけど、これを怖がれってのは難しいぞ本当に)
仮に俺が彼女のことを忘れていたとしても、こんな美少女がこのように愛してくれるとなったら絶対に落されてしまう自信があるけど全く悔しくなんかない。
それから白雪とのんびり雑談をする中、彼女はこんなことを口にした。
「もしよろしければなんですが」
「うん」
「斗真君の世界の話を聞きたいです」
「俺の世界のこと?」
「はい。ある程度は知っていますけど、それはあくまで斗真君に関することだけ。こういう機会はありませんから、是非お聞かせいただければなと」
「そうだな……よし分かった」
それから俺はたくさんのことを白雪に話した。
家庭環境については特に触れることもなく、大学生としてどんな風に過ごしたのかということから始まり、俺の世界ではどんなものが有名でどんなものが流行っていたかなど……それをずっと白雪は興味深そうに聞いていた。
「なるほど。世界の構造といいますか、そう言った点ではあまり違いはなさそうですね?」
「まあな。流行とかは流石に違うし、この世界にないものもあるけど」
「……恋しくなりませんか?」
「ならないよ」
特に考えることもなく伝えると白雪は目を丸くした。
俺はそんな彼女の白銀の髪を撫でるようにしながら言葉を続ける。
「家族のことについては省いたけど、まあ人並みに家族から愛される環境じゃなかったし、それが祟ったのか明るい性格でもなかった。高校の時も大学の時も、基本的に帰ったらアニメとかゲームに逃げてたから」
家庭環境については……まあ良くある浮気が原因でボロボロになるやつだ。
母親に関してはどうなったのか知らないし、引き取ってくれた父に関しても必要最低限のことしか話はしなくて、それも大学に行った段階で家族の絆は断ち切られたようなものだ。
「……悲しくないのですか?」
「悲しくないんだよなそれが特に。学費出してくれただけでもマシな方だと思う……あぁでも、誕生日プレゼントでネクタイを買ったんだけどさぁ。翌日にゴミ箱に捨てられてたのは心に来たけどまあそんなもんかって感じだった」
数秒くらいボーっとしただけで、逆に鼻で笑ったくらいだし。
「どうだ? 中々に強いもんだろ?」
家族に愛されなくても普通に生きてきた、それは俺の強さだと思ってる。
そう考えての自信満々な発言だったんだが、白雪は頷かなかった。
「ならどうして、そんな風に寂しそうに話してくれたんですか?」
「っ……」
「強さ……なるほど、確かにそういう解釈も出来るでしょう。ですがやっぱり斗真君は知らないんだけなんですよ家族の温もりを。誰かが傍に居てくれる尊さを」
「……それは」
確かに……改めて言われると結局はそうなんだろう。
でも誰かが傍に居てくれる尊さなら知っている……だって今の俺には彼女たちが居てくれるからだ。
「そうかもな。でもその尊さってやつはもう知ってるよ――だって白雪と翡翠が居てくれるからな。確かに寂しそうに見えたかもしれないけど、その寂しさが本当だとしても上書きはされてる……君たちが傍に居て、寂しいなんて思えないから」
「……斗真君――」
「そうだわ。どんな形であれ、もう寂しいだなんて言わせないわよ」
白雪だけを見つめていたところで、背後から頭を抱きかかえられた。
そのままふにょんとした感触が頬に当たり、その時点で俺はこの感触の主に当然気付いた。
「翡翠?」
「えぇ。電話会議もひと段落したから休憩がてらここに来たのだけど、私を差し置いて深いことを話してるなって少し嫉妬したわ」
「……あ~」
翡翠の声音には確かに嫉妬の色が見えたもののすぐに消えた。
ぷくっと頬を膨らませる白雪の視線を軽く受け流し、翡翠も白雪とは反対方向に座って俺を挟み込むのだった。
「もう斗真君に寂しいだなんて言わせない、それは絶対よ。私と白雪でとことんまで愛し尽くして、寂しいという感情が二度と起きなくしてあげる」
「私だってそうですよ!」
あ、耳がキーンとした……でも、ただでさえ甘い空間が更に甘くなった。
絶対に寂しいこと気持ちにさせない、そう言われた時に俺はボソッと呟いた。
「まあでも、家族に関しては大丈夫だ。ただ……二人に会えない時には寂しくなるだろうしその点に関しては無理じゃない?」
別に揚げ足を取るわけじゃなかったが、その俺の発言に白雪と翡翠はへぇっと目を細め……そしてグッと顔を近づけてきた。
「そんな時があると思ってるんですか?」
「そんな時があると思ってるのかしら?」
「……………」
これ、もしかしなくても地雷原を踏み抜いたかもしれないな。
それから完全にそういう空気になりかけたところで、翡翠は休憩時間が終わったということで仕事の続きに戻り、白雪は白雪で昨晩に頑張り過ぎたせいか今日はやはりのんびりしたいようだ。
「……あら?」
「電話か?」
そこでテーブルに置かれている彼女のスマホが震えた。
電話の主は洋介のようで、彼女は小さくため息を吐いて通話に応答することなく電源を切った。
「人の感情には鈍感なくせに、こういう時は敏感なようで気持ち悪いです」
「……ハッキリ言うんだな」
「言いますよ、だって嫌いですから」
そう言って白雪は笑い、再び俺の胸元に飛び込んだ。
ちなみに、その日の夜に聞いたことだが……再びスマホの電源を入れた後、洋介からの通話が何件も入ってきたと教えてもらい、俺もちょっと気持ち悪いなと思うのだった。
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