第36話 告白
優羽さんの家に行く前にメッセージを送る。
『大事な話をしたいので、優羽さんの家に今から行っていい?』
それだけ。
告白しますとは、伝えなかった。
正直、告白をすれば間違いなくOKをもらえると思っている。
だって彼女からデートに誘ってきたのだ。
彼女からキスをしてきたのだ。
すでに優羽さんとは恋人のような関係だと、俺はそう思っている。
それでも、いざ告白となるとやはり怖い。
優羽さんが「そんなつもりじゃなかった」と言えば、すべてはそこで終わってしまう。
とりあえず優羽さんと会ったら、良い雰囲気を作ろう。
そして勢いで告白し、そのままOKをもらうのだ。
もし良い雰囲気にならなかったら告白は中止だ。
応援してくれたマコトには悪いと思うし、健治さんにもなんて言っていいか分からないが、それでも失敗するよりはマシだと思う。
そうやって作戦を練っていると優羽さんからの返信が届いた。
『分かった、10分待って』
……普段の優羽さんであれば『分かった』のみだ。
10分待って、か。
彼女はその時間をどう使うつもりなのだろう。
なんだか緊張してきた。
彼女も告白と察しているような気がする。
そんなことを思っていると、続けてメッセージが届いた。
『やっぱり30分待って』
……これはどう考えたらいいんだ……?
もしかして寝てた?
それともじっくり準備がしたいだけ?
うーむ……。
なんにせよ時間に余裕ができてしまった。
家で軽くシャワーでも浴びて、着替えておこう。
――それから30分後。
そわそわしながら彼女の家の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。
優羽さんはすぐに出迎えてくれた。
彼女の様子は普段と特に変わらないようにも見えたが……。
実際はそうでは無いとすぐに分かった。
根拠は、洋服。
優羽さんは例の白いワンピースを着ていた。
そうだ。
ワルミちゃんに「体のラインが強調されていて、エッチな目で見てしまう」と伝えたあの服。
「俺は大好きだけど」とフォローを入れたあの白いワンピースを、彼女は着ていたのだ。
……もちろん、優羽さんにしてみればその話は聞いていないという
あくまでもあれは、ワルミちゃんと俺とのやり取りにすぎない。
だがすべてを知った今の俺には、優羽さんが内心考えていることが自然と分かってしまった。
白いワンピースは、俺と会う際のとっておきの勝負服のはず。
それをわざわざ着ているということは、つまり――
――優羽さんも告白を期待している……!
そう確信した俺は、目をランランと輝かせながら彼女の後に続いた。
たどり着いたのは優羽さんの部屋。
優羽さんは俺を中に招き入れた後、ベッドに腰掛けていた。
普段の俺なら適当に床に座っただろう。
しかし、今回ばかりはそれではダメだ。
俺は今から優羽さんに告白するのだ。
遠くから「好きでーす!」などと叫ぶわけにはいかない。
まずは、良い雰囲気を作る。
そのためにも、接近しておきたい。
「隣に座るね」
一方的に告げ、サッとベッドに座る。
優羽さんも驚きはしただろうが、動揺した素振りは見せなかった。
とはいえ、すぐ隣に来た俺を意識していないワケが無い。
優羽さんは床を見つめ、足をぶらぶらとさせている。
俺はそんな彼女の横顔を見つめた。
……しばしの無言。
沈黙に耐えかねたのか、優羽さんはゆっくりと俺の方を向いた。
目が合う。
彼女は一瞬動揺したようだったが、目をそらすことなく、俺を見返してきた。
優羽さんの潤んだ瞳。
その美しさにドキッとして、俺のほうが目をそらしそうになったが、グッと我慢。
精一杯、真剣な表情を作った。
……きっと彼女も確信した頃合いだろう。
これは、間違いなく告白だと。
ここからの数分で俺の未来が決まる。
頭の中で、どう告白まで話を持っていくか考えながら。
意を決して口を開く。
「俺、ワルミちゃんに会いたいんだ」
優羽さんは、その話題かと言わんばかりに露骨に目を伏せた。
「あー、今はちょっと難しいかな。最近調子が良くないみたいだね。しばらくは出てこないかもしれないよ」
今までの俺ならその言葉に納得し、気長に待つよとでも言っていただろう。
けれど今回は違う。
切り込む。
「……ワルミちゃんのフリをしたくないから?」
「――っ!?」
優羽さんの表情が変わった。
探るような視線をこちらに送ってくる。
俺は頷いてみせた。
「全部、ユキさんに教えてもらったんだ。優羽さんのお祖父ちゃんが作ったキャラクターだったんだね。俺、全然知らなかったよ。昔は双子だって思ってたし、最近は2重人格みたいに思ってて。優羽さんが言うことは、そのまま信じちゃうみたいだ」
微笑みながら、伝える。
別に文句を言いたいわけでは無い。
「…………」
それでも優羽さんは気まずそうに黙り込んだ。
俺から目をそらし、再び床を見ている。
彼女がなにを考えているか分からないが、きっと俺にとってプラスになることではないだろう。
告白を期待していたら、こんな話になったのだから当然だ。
けれど、ワルミちゃんの話は必要な回り道だったのだ。
これをはっきりさせておかないと、告白でOKをもらってもそのあとでひっくり返されるかもしれない。
それでは困る。
とりあえず準備は整った。
ここからやることは単純だ。
彼女の気持ちをとにかく盛り上げる。
彼女が何か言いだすより先に、攻めに攻める。
そして良い雰囲気になったら告白!
そう、ここから俺の告白が始まるのだ!
軽く深呼吸。
そして彼女に顔を近づけ。
――耳元でささやく。
「……優羽」
「……っ!」
呼び捨ては効果的だったようだ。
優羽はビクンと背筋を伸ばしている。
とはいえ呼び捨てにしただけでは、ここまでの反応は無かっただろう。
耳元でささやく、これがポイントだ。
……これは、彼女と小学生の頃からじゃれていた俺だから知っているワルミちゃんの秘密。
彼女はくすぐったがりなのだ。
特に耳が弱く、内緒話をすると面白いくらい恥ずかしがってくれた。
当然、優羽も同じ反応をしてくれるわけだ。
「優羽は悪い子だよね。ワルミちゃんと優羽を使い分けて俺の気持ちを弄んで」
俺がささやくたび、優羽は身震いしていた。
顔は上気し、口が軽く開いている。
耳の弱さは今も変わっていないようだ。
俺はひたすら、甘くささやきつづけた。
「俺、今朝も優羽とワルミちゃんどちらに告白すればいいのか悩んでたんだよ。今考えると笑っちゃうよね。優羽も俺を騙そうと思ったわけじゃないんだろうけど、俺がワルミちゃんの存在を信じ込んだせいで変にこじれちゃったみたいだ」
そうなのだ。
思い返すとワルミちゃんに言及されることを、優羽は明らかに嫌がっていた。
嫉妬だろうかとぼんやり考えていたが、実際は俺を騙しているという罪悪感だったのだろう。
結局は俺の勘違いが彼女を追いつめていたわけだ。
「でも、勘違いはもう終わり。全部を知った今、俺の気持ちをきちんと優羽に伝えようと思うんだ。ねえ優羽、俺の目を見て」
ささやくのをやめ、顔を離す。
優羽もこちらを向こうとしていた。
けれど恥ずかしいのか、途中で明後日の方向を向いてしまう。
ここは、少し強引だが攻めるべきだろう。
優羽の両肩に手を触れ、グッとこちらを向いてもらった。
彼女の真っ赤な顔も、少し遅れてこちらを向く。
優羽の視線はしばらく俺のお腹の辺りを彷徨っていたが、やがて諦めたのか視線がじわじわと上がってくる。
たっぷりと時間をかけて、俺たちは見つめあうことになった。
優羽が目をパチパチとさせているのは、照れているからだろう。
……申し訳ないが、彼女に余裕を与えるわけにはいかない。
ああ、そうだ。
ついに運命の時間がやってきたのだ。
優羽の肩に手を置いたまま、覚悟を決める。
ここからは、ささやきの力は借りることができない。
そのぶん、精一杯の気持ちを乗せて。
これより、優羽への告白タイム……!
「……俺は優羽が好きなんだ。俺と仲良くなるためにワルミちゃんっていう人格を作り上げ利用する、そんなズルい優羽のことがね。だから、俺と恋人になってください!」
言えた……!
ようやく、ついに、告白できた!
なぜか中盤でうっすらと貶しも入ってしまったが、アドリブだし本音でもあるからやむを得ないと、甘く自分を擁護する。
実際俺は優羽のズルいところもたまらなく好きなのだ。
どうしてもそこは伝えておきたかった。
俺の告白を受けて、優羽は……。
……いや、しかし、思っていたような反応ではない。
もっと喜んだり恥ずかしがったりすると思っていたのに。
……優羽は悲しそうに視線を下げていた。
自嘲するように口元を歪めている。
これは、まずい。
俺的には、なかなか良い告白ができたと思ったのに、なぜか悪い方向に行きそうだ。
貶したせい? 貶しが余分だった? なんで俺、告白に貶し入れちゃったの?
そんな俺の焦りを余所に、優羽が口を開いた。
「ありがとう、ホントに嬉しいよ。でもね、私はそんなに良いものじゃない。ナオ君が思ってるより、もっとずっとズルいの」
「そう? 俺はそんなこと無いと思うけど」
内心の不安を押し隠しながら、彼女の言葉を否定した。
告白をして断られてしまっては、もう次はない。
なんとしても粘って、認めてもらわないといけない。
ただ優羽の今の言葉をきちんと理解していくうちに、思ったほど状況は悪くない気もしてきた。
少なくとも、俺を嫌っているわけでは無さそうだ。
特に、『ナオ君が思っているよりもっとズルい』という言葉。
なんとなくだが、話の流れが見えた気がする。
俺は、告白する前にワルミちゃんの問題を解決しておきたかった。
その判断は間違っていなかったと思う。
ただ、どうも焦りすぎたようだ。
確かにもう一つ、話そうかと思った話題はあった。
告白の後に軽く確認すればいいだろうと考えたのだが、優羽にとっては違ったらしい。
つまり彼女が持ち出してくるのは……。
「じゃあなんでユキお姉ちゃんのこと、私のお母さんだって思ってるの?」
やはりその話か。
……これなら、まだ挽回できそうだ。
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