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用意周到に長靴を持ち合わせているわけもない。
ただ、買えそうな店がどこにあるか分かっていたので、メルは急いでそちらに向かった。
はずむたびに鞄が揺れたが、今は考えないことにした。
とにかく、濡らさないのが優先だ。
ミリのカフェを通り過ぎるとき、彼女が太った旦那と一緒に、オープンテラスの椅子や机を片付けて、店の中に押し込んでいる光景を見た。
これからやってくる大潮のためだ。
旦那は試食し過ぎたのかもしれないな、とメルは少しおかしく思えた。
大きな体で、息を切らせて、仕事に取り組んでいた。
そしてメルは目的の店にたどり着いた。
海水はじわじわと波打ちながら、すでにメルの足首まで沈めていたが、鞄までは届かない。
自分は濡れたとしても、大切なものを守らなければならない、とメルは自覚していた。
ただ、夕方に話した町長は、あの看板の半分は浸かってしまった、と言った。
そうなれば鞄も水に浸かってしまう。
早くどこかへ避難しなければ。
「こんばんは」
メルは屋根から連なる、リボンの絵が浮き彫りにされた看板の店に入った。
入るとき、木の板が水を店から遮断していたので、足を上げて乗り越えた。
店の中はこじんまりとしていたが、所狭しといろいろなものが置かれていた。
鞄、洋服、アクセサリー、ようするに雑貨屋だ。
天井から吊るされたカラフルなシャンデリアが、商品をよりいっそう際立たせている。
メルの目の端に、キラリと光るラメ入りの長靴が映った。
「あれ、メルじゃない。どうしたの、こんな時分」
店の奥から、明るい声が飛んできた。
彼女はリカといって、メルの友達。
幼い頃は本土にいたが、就職してこの島の店に、住み込みで働いている。
たまに手紙を届けると、リカの口から店長の愚痴を聞かされるのだ。
しかし今、店を見渡しても、その店長はどこへ行ったのか、リカ以外に誰もいない様子だった。
「今日、あれの日でしょ。だから店長、もう店切り上げて、下にある商品、2階へ運べって。今、2階にいるわ。メルも手伝ってくれるの?」
「いや」
メルは申しわけなさそうにリカに言った。あの長靴を指差して。
「おいくらですか?」
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