第22話 初めての挨拶②

 綾瀬一家とリビングで話しはじめてしばらくすると、お昼ということで沙百合こと澪桜ママは昼食を作り始める。


「澪桜のお母さんということは、料理上手なんだろうな。」

「はい。私の料理はお母さんから学んだものですので私より上手ですよ?」

「澪桜より上手いって相当だと思うけどな。」

「まあ悠くんの好みを知り尽くしてる私のほうが有利かもしれませんね♪」


 悠と澪桜はそんなことを楽しそうに話していた。

 しばらく話しているうちに澪桜パパは昼までやることがあると自室に戻っていった。


「澪桜ちゃん。ご飯までまだもう少しかかるからあなたのお部屋でも案内してあげたら?」


 沙百合は台所の方から澪桜に言う。


「そうですね。それじゃあ私のお部屋に案内しますのでどうぞ。」


 澪桜は悠の腕を引っ張り二階の自室に連れていく。

 澪桜の家はやはり大きい。

 何部屋あるのだろうか…。


「悠くん今週の金曜日はまたうちに来るのですよね?その日は泊まるなら私のお部屋に泊まって下さいね?」

「あ、うん。澪桜が良いならもちろんそうしたいけど。お父さんとか大丈夫なのかな?」

「全然大丈夫ですよ。それにお父さんが何と言おうと私が阻止しますのでお任せを。」


 澪桜から心強い言葉が聞けたところで部屋につく。

 扉を開けて中に入ると、白を基調にした家具に整理整頓された部屋が目に入る。


「ここが澪桜の部屋かぁ。なんか良い匂いがするな。」

「え?良い匂いしますか?」

「うん。澪桜の匂いというか。俺の大好きな匂い。」

「は、恥ずかしいです…。」


 部屋に入った二人は早速イチャついていた。


「そ、そういえばさ。澪桜に一つ話があるんだけど。」

「はい?どうしたのですか?改まって。」


 悠は澪桜の実家に来て一つ精算しておきたいことがあった。


「いや。もし澪桜が良かったらさ、正式に同棲しないかと思ってさ。まぁ今も同棲みたいなものだけど、この先のことも考えて一緒に暮らすのも悪くないんじゃないかと思ってね。毎日実家とうちの行きも大変だろうしどうだろう?」

「は、はい!もちろんです!私嬉しいです。毎日ずっと一緒に悠くんと過ごせるなんて…。これからも沢山尽くしていきますね♪」


 澪桜は悠の提案に快諾した。

 同棲は澪桜もしたいと思っていたし、毎日昼間、実家に帰る手間を考えても悠の自宅に住んだほうが生活も安定するのは目に見えている。


「ありがとう。じゃあそれは帰るまでに澪桜の両親に報告しようと思うからそのつもりで。」

「はいっ。悠くん…本当に頼もしいですっ。」


 そう言うと、澪桜は悠に抱きついた。

 悠は突然抱きついてきた澪桜を倒れないように受け止めて抱きしめた。

 二人はしばらく抱き合ったままお互いの体温や匂いを堪能していた。


 時間にして数分抱き合っていた二人はようやく現実に戻り離れる。

 そして今後同棲することになった際の生活について話し合う。


「悠くんはもし私と同棲することになったら、どのような生活がご希望ですか?」

「そうだなぁ。澪桜がどうしたいのかによるかな。実家の仕事を毎日しながら暮らすのもいいし、仕事をしたくなければ家事とかに専念して貰ってもいい。俺は澪桜の選択に任せるよ。」


 悠はどんな形であろうと澪桜と一緒に暮らせるだけで満足だった。


「あの…。それでは…基本的には家事に専念させて頂きたいのですが…。毎日働きながら家事をするとなると疎かになる部分も出てくると思いますし。それに私は家事やお料理の方が向いているので。もちろん経済的な面もあるので、悠くんが良ければの話ですが。」


「もちろんそれで良いよ。俺も安心して仕事に行けるし、毎日美味しい手料理が食べれるなんてそんな幸せなことはないからね。それに、今の給料で澪桜と暮らすことに不便することはないから気にしなくて大丈夫だよ。」


 女性が家に入り、男が外で働くなんて価値観は今の時代には合っていないとは思うが、これが悠と澪桜の最適解なのだ。

 二人が幸せならそれでも良いだろう。

 まあ、悠の収入が良いからこそ選べる選択肢なのだが。


「ふふっ。早くもお嫁さんみたいです。私、毎日張り切って悠くんのお世話しますね♪」

「お手柔らかに頼むよ?」


 まだ同棲の許可を貰っていないのに澪桜はやる気に満ち溢れていた。


「美華ちゃんは澪桜が家を出たら寂しがるんじゃないか?」

「うーん。どうでしょうか?案外そうでもないかもしれませんよ?もうあの子もいい大人ですし。」

「女姉妹でもそんなもんなのかぁ。」

「むしろ、私ばかり羨ましいと騒ぐかもしれませんね。」


 今後の話に夢中になっていると、澪桜ママからお呼びがかかる。


「二人とも〜。ご飯出来たわよ。」


 二人はリビングに戻ると、テーブルには昼食とは思えないくらい豪華な料理が並んでいた。


「お母さん。随分と張り切りましたね?」

「ふふ。澪桜ちゃんが初めて出来た彼氏を連れてきたのだから、張り切って当然でしょ?」


 澪桜ママはドヤと胸を張っている。

 大きな胸が強調されてそれはそれはよろしくない。


「む〜。悠くん…?変なこと考えてないですよね?」


 澪桜は悠の一瞬下がった視線を見逃さなかった。

 

「いやいや!何のことで!?」

「帰ったらお話しがありますので…。」


 はい。お説教が確定しました。

 まぁ澪桜からのお説教なんてご褒美みたいなもんですから。

 キャラ崩壊とか言うのはやめて欲しい。


「本当に仲が良いのね?ほら、冷めないうちに食べましょうか。」


 こうして綾瀬一家と悠が食卓を囲み昼食が始まった。

 澪桜ママが作る料理はお世辞抜きに美味しかった。

 さすが澪桜に料理を教えた張本人である。


「いや、本当に美味しいです!」

「ふふっ。ありがとう悠くん。喜んでくれて嬉しいわ〜。」

「お母さんの料理は最高だからね。澪桜も遜色無いくらい料理出来るから悠くんも今後食事に困ることはないと思うよ?」


 澪桜パパは悠に笑いながら言う。


「そうですね。澪桜の料理も本当に美味しいですから。毎日本当に感謝していますよ。」

「もぉ〜。そんな褒められると恥ずかしいですって…」


 澪桜は父親と悠に褒められて恥ずかしそうにしている。


「お姉ちゃん良いなー。こんなストレートに愛情表現してくれる彼氏さんなかなかいないと思うよ?」


 美華は心底羨ましいそうにしていた。


「私、彼氏出来るの初めてだけどその通りだと思う…。」

「……。お姉ちゃん。素直にデレないで。」


 美華はじと目で澪桜を睨む。


「あ、あたしだってそのうちお姉ちゃんみたいに良い男見つけるんだからっ!」


 美華は今後の薔薇色人生に向けて並々ならぬ情熱を燃やしていた。


 こうして一同楽しく昼食を終えて今は、食後のティータイム。

 悠は先ほど澪桜と決めた件を切り出すなら今だろうと考えていた。


「あの。澪桜のお父さん、お母さん少し宜しいでしょうか?」


 悠は先程の歓談とは違う真剣な表情で二人を見据える。

 正徳は真面目な話しなのだろうと察して真っ直ぐ悠を見る。


「どうしたのかな悠くん?」

「実はお二人にお話しがありまして。私は今後も澪桜とは結婚を前提に付き合って行きたいと考えています。どうか澪桜と正式に同棲することをお許し頂けないでしょうか?」


 悠の言葉に澪桜も同じく口を開く。


「私からもお願いです。これは私たち二人で決めたことです。どうかお父さん、お母さん。悠くんとの同棲を認めて下さい…。」


 正徳と沙百合はお互い顔を見合わせて笑っていた。


「改まってどうしたのかと思ったら。悠くん?君たち二人がそう決めたのなら私から言うことは何もないよ。君になら安心して娘を任せられると言ったよね?」


 悠が考えているよりもあっさりと許可が出てしまった。


「あ、ありがとうございます。正直反対されることも考えたのですが…」

「ははは。もし悠くんが私の見込みはずれだったら認めなかったかも知れないね。でも君なら大丈夫だろう。私はそう思うし、沙百合もそう思っているだろう?」

「ええ。もちろんよ?悠くんみたいないい人は他にいないでしょうし、澪桜ちゃんの幸せが私達の幸せですからね。」


 悠と澪桜は二人の言葉を聞き、胸が熱くなっていた。


「ありがとうございます。私はこれからも澪桜を幸せに出来るように頑張ります。」

「お父さん、お母さん。ありがとうございます。私、綾瀬家の長女として恥ずかしく無いようにこれからも悠くんを支えて行きます。」


「そうだね。同棲すれば当然、お互いに嫌なところも見えて来るだろう。でもそこを乗り越えて二人には幸せになって欲しい。うちにはいつでも顔を出していいから気楽に頑張りなさい」


「そうよ?いつでも帰って来ていいからね?それと、悠くんはお仕事大変だろうからしっかりお世話するのよ?その為に今まで家事とかお料理を仕込んできたんだから。」


 沙百合は綾瀬の女としてそこは絶対に忘れないようにと澪桜に伝える。


「そうと決まれば、荷造りとかもあるだろう。午後はゆっくり用意して、晩御飯を食べてから帰るといい。私は少しだけ仕事があるから、また夕方戻るよ。」


 正徳はそう言い、少し寂しそうにしながらも幸せそうな娘の顔を見て笑顔を浮かべてリビングを出ていく。

 心の中では今まで育てて来た娘が家を出るのだから寂しいに決まっている。

 それでも娘の幸せを願って笑顔で送り出すのだ。

 

「本当に良いお父さんだな。俺も将来、あんな父親になれたらいいな…」


 悠は心の声が言葉に出ていた。

 その声を聞いた沙百合は優しい笑顔を見せる。


「澪桜ちゃん…。本当に良い人を見つけたわね。絶対に愛想尽かされちゃダメよ?」

「わ、分かってますっ。悠くんより良い人なんて今後見つかるわけないですから。絶対に離しません。」

「分かっているならいいわ。美華にもこんな素敵な彼氏が出来ればいいのだけど…。」


 沙百合は笑いながら美華の方を見る。


「も、もう良い感じの雰囲気だったのにっ!

でも…お姉ちゃん良かったね。お幸せに。」


 美華は目に涙を浮かべながら澪桜を祝福する。


「ありがとう美華。でもまだお嫁に行くわけではないのだから泣くのは早いわよ?」

「わ、分かってるって!少し感動しただけだしっ!」


 姉妹は笑いながら言い合っていた。

 そんなやり取りを横目に沙百合は悠に声をかける。


「悠くん。うちの澪桜をよろしくお願いしますね?あの子、一途過ぎるくらいだからたまに迷惑かけちゃったりするかもしれないけど、どうか暖かく見てあげて?」

「もちろんです。俺こそ至らないことばかりでいつも澪桜にはお世話になりっぱなしで。愛想尽かされないように頑張ります。」

「あらあら。それなら心配はなさそうね?」


 沙百合は安心したかのように笑顔で頷く。


 こうして、二人は晴れて正式に同棲生活を送ることとなった。

 

 

 同棲の許可を貰った二人は夕食をみんなで食べてから、昼間のうちにまとめておいた荷物を持って帰る準備を始める。


「子どもの頃からずっと住んでた家を出るって寂しいでしょ?」

「悠くんの家から近いですし、それよりも嬉しさの方が大きいですよ?月に一回くらいは顔を見せに帰ろうと思います。」

「うん。そうしてあげなよ。その時は俺も一緒に挨拶しに帰るからさ。」


 二人は改めて澪桜の両親と妹に挨拶をして実家を出る。

 帰る道中の車内では、悠と澪桜がこれからの生活への期待に胸を膨らませるのであった。

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