第9話 初デート②
悠は澪桜から手渡されたお茶を飲み、おにぎりを頬張っていた。
「綾瀬さん、おにぎりも本当に美味しいです!こんな美味しいご飯毎日食べれたらなぁー。」
「喜んで頂けて私も嬉しいです♪またいつでも作りますので、食べたくなったらおっしゃって下さいね?」
澪桜は、心からそう思っているのだろう。
とても嬉しそうにニコリと笑いながら、悠の顔を見ている。
そんなとき、澪桜は急に何かに気づいたかのようにウェットティッシュを手に取り、悠の方に近づきながら手を伸ばすと口元を拭く。
「ふふっ。もう悠さん。慌てて食べるのでお口にお米がついていますよ?あわてんぼうさんですね♪」
「えっ…。あ、ありがとうございます。お恥ずかしいところを…。」
「ふふっ。可愛いです。そんなに急いで食べなくても誰も取りませんのでゆっくり食べて下さいね?」
澪桜は悠の口元を拭きながら笑う。
はい。来ました。
2度目のKO。
あ、綾瀬さん距離が近いーーっ。
そして、とても良い匂いがする。
なんと言ったらいいのか…サボン?というか、石鹸のような清潔感のある優しい香り。
ブラウスのボタンの隙間からチラりと見える白い胸の谷…だ、だめだ。
もう悠はグロッキー状態。
監査部のエースとまで言われる一条主任は今ここにはいない。
「は、はい…善処します…。」
言葉ではそんなことを言いながら、心の中では、
「また口元につけたらもう一回やってくれないだろうか…。いや、流石に短絡的過ぎか?しかし、運が良ければ綾瀬さんが米粒を自分でパクっと。そして「ふふっ。食べちゃった♡」なんてことに…
悠は壊れ…もとい完全にバグっていた。
全て食べ終わった悠は、澪桜に弁当の感想を話していた。
この唐揚げはここがこう美味しかった。
卵焼きは絶妙な甘さが良くて。
ほうれん草のお浸しは優しい味で。
理屈立てた話ぶりは職業病だろうか。
そんな風に嬉しそうに話す悠をとても幸せそうに見ながら澪桜は相槌を打っていた。
「私、悠さんにそこまで喜んで貰えて幸せです。料理をしてこんなに嬉しかったことは初めてですよ?」
「さっきも言いましたが、俺もこんなに美味しいご飯食べたの初めてです。俺のために本当にありがとうございます。」
2人は楽しそうに笑い合う。
しばらくそうしていただろう。
そして、お腹がいっぱいになった悠は急に睡魔に襲われていた。
涼しい風に暖かい日差しが悠の眠気を更に強くする。
「ふふっ。悠さん?眠くなって来ましたか?お疲れでしょうし、この後も運転して頂くのですから、少しお昼寝して下さい。」
「い、いや。せっかく2人で遊びに来ているのに昼寝なんて。それに早起きしてお弁当作ってくれた綾瀬さんの方が眠いんじゃないですか?」
こんなところで女の子を放っておいて自分だけ昼寝なんてしたら澪桜に呆れられてしまうし、情けない男だと思われるに決まっている。
「悠さん?お疲れなのは見ていて分かります。それに、少し休んだ方がこの後も楽しめると思いますので…はいっ、どうぞ?」
澪桜は、自分の膝を両手でポンポンしながら悠を呼んでいる。
「え…えぇぇぇ!も、もしかして…膝枕ですか?」
悠は焦りながらも、澪桜に確認する。
「あ、あの…。嫌でしたか?シートに直接寝ると痛いでしょうし…もし良かったら私の膝枕で…と思いまして。悠さんが嫌なら無理にとは…」
「い、嫌な訳ありません!そ、それでは…お言葉に甘えて…」
悠は、顔を真っ赤にしながらも、澪桜の膝に頭を乗せる。
ふにゅっと柔らかな感触が頭に伝わってくる。
女の子ってこんなに柔らかいんだっけ!?
そして、めちゃくちゃ良い匂いがする。
悠は眠かったはずなのに、色々と覚醒してくる。
スカートから覗く、傷一つない真っ白で程よい細さの御御足。
チラッと上を見ると、ブラウスを押し上げる大きな胸が…。澪桜の顔は、その大きな山に隠れて見ることが出来ない。
世界一の絶景ここにあり。
例えるなら…世界で一番高い山であるエベレスト登頂者だけが見ることの出来る世界最高峰の景色を遥かに凌駕する絶景。
「ふふっ。悠さん。ゆっくり休んで下さいね?」
そう優しく囁く澪桜の声は、どんな声よりも魅力的でなぜか落ち着く。
悠は、先程まで世界最高峰の感動を覚えていたにも関わらず、あっという間に眠りに落ちて行く。
すー すー すー。
悠は気持ちよさそうに寝息を立てている。
「もう…。悠さん可愛すぎてす。こんなに可愛いお顔で寝るのですね…。私、本当に悠さんのことが好きになっています…。あなたも同じ気持ちを持ってくれているのでしょうか?」
澪桜は、初めての恋心に困ったような表情で悠の頬を撫でる。
もっと尽くしてあげたい。
もっと甘やかしてあげたい。
この寝顔を他の女性には見せたくない。
初めて感じる独占欲、嫉妬心に戸惑うように。
「これからも、悠さん…あなたの喜ぶ顔が見たいです。ひゃっ///」
澪桜は、悠が寝返りをうち突然動いたため、変な声が出てしまったのだ。
悠は澪桜のお腹側に顔を向けてすやすやと寝ている。
「もぉ…。悠さんたらっ…。」
悠の頬を軽く摘んで引っ張ってみる。
悠は、「ん〜。」と澪桜のお腹に頭を擦り付けるように動きながらまた静かに寝息を立てていく。
「あんっ…。もう…悠さん。起きているのですか?」
澪桜の問いかけに悠からの返事は無い。
澪桜は、好きな人が自分の膝の上で寝ていることや先程の寝返りによる刺激のせいで何とも言えない…イケナイ気分になってしまっていた。
「だ、ダメよ私ったら…。初めてのデートでこんな…。しかもまだお付き合いしている訳でもないのに。で、でも…好きな方と触れ合うというのはこんなにも…恥ずかしい…。」
澪桜は、悠にそんな女だと思われることへの恐怖と今日一番の恥ずかしさから一瞬で我に返る。
その後は、悠の頭を撫でたり、安らかな寝顔を愛でて30分くらいが経った頃に声を掛ける。
「悠さん?そろそろ起きましょうか。」
「ん〜〜。」
「起きないといたずらしちゃいますよ?」
「ん〜〜。」
澪桜は、顔を赤くしながらも悠の耳に顔を近づけて、普段に増して鼻にかかった甘い声で囁く。
「ゆ・う・さ・ん・お・き・て?♡」
吐息まじりでそんな風に囁かれた悠は、驚くように身体を起こす。
悠は、
あれ?今って何してるんだっけか…?
澪桜の吐息まじりのその声に、悠は身体がゾクゾクと震えた。
そこで、悠は現実に返る。
「ご、ごめんなさい!綾瀬さん。俺、寝ちゃってて…。」
「ふふふっ。良いんですよ?私が寝て下さいと言ったのですから。良く眠れましたか?」
「はい。もうとても気持ちよく寝てしまいました。疲れも飛んでしまいましたよ。」
悠は昼寝でこんなに身体が楽になることがあるのかととても驚いた。
しかし、綾瀬さんには悪いことをしてしまった。
この後のデートでしっかり取り返さないと。
悠はそんな反省をしていたが、当の澪桜は全くそんなことは考えていなかった。
むしろ澪桜は、こんな時間がもっと続けば良いのにと夢見心地になっているのであった。
* * * * * *
食後の昼寝を終えた悠と、悠の知らぬ間に充電が完了していた澪桜は、再び自然公園の中を歩いていた。
「綾瀬さんは疲れてないですか?俺だけ休んでしまって…」
「はい。むしろ元気いっぱいです♪」
澪桜は朝よりも元気だと微笑む。
まさに女神の微笑み。
「それと…、そろそろ綾瀬ではなくて名前で呼んで頂いて良いのですが?」
澪桜は少し不満そうに、頬を膨らませながら言う。
「そ、そうですか?じ、じゃあ…み、澪桜さん…」
悠は少し恥ずかしそうに名前で呼ぶ。
「はい♪悠さん?澪桜はここに居ますよ?」
澪桜は照れを隠すようにはにかみ、上目遣いで悠を見つめる。
「み、澪桜さん…それは反則です…」
悠は澪桜の顔を見てすぐに目を逸らす。
もう無理だ…。
こんな可愛いなんて聞いていないぞ。
ここにいるのは女神なんですよね?
俺、幸せすぎてもうすぐ死ぬんですよね?
悠は、澪桜の顔を見ると湧き出る気持ちが抑えられなくなっていた。
「澪桜さん…。あなたのその笑顔とても素敵です。」
「え…。そんな、いきなりどうしたんですか?恥ずかしいです…。」
その気持ちは、この可愛い子を独占したい。
他の男には絶対に渡したくない。
そんな気持ち。
彼も同じく、澪桜への恋心を加速させていた。
* * * * * *
自然公園を一通り周り、2人は車に戻ることにする。
「次は、俺が行きたいところでも大丈夫ですか?」
「はい!もちろんです。それでどちらに行くのでしょうか?」
「最初は、近くのショッピングモールに行って買い物しながらお茶でもして休憩しましょうか。澪桜さん甘いものは好きですか?」
「はいっ!大好きです。お買い物も楽しみです♪」
澪桜は悠の提案に嬉しそうに喜ぶ。
車を20分程走らせると、目的地のショッピングモールに到着する。
「何か見たいものはありますか?」
「あのっ、もしよろしければキッチン用品のお店を見たいのですが。」
「もちろんです。見に行きましょう。」
悠は澪桜希望のキッチン用品店を見てまわる。
店内には、調理器具やお皿などが所狭しと並んでいた。
お皿が並べられた棚の前で澪桜は立ち止まる。
「これ可愛いです!パンダさんです!」
澪桜が手に取ったのは、パンダの顔を型どった陶器製のお皿。
悠は、先日にRINEでパンダのスタンプが送られて来たことを思い出した。
きっと、澪桜はパンダが好きなのだろう。
可愛いもの同士なんてお似合いな。
「良いですね!澪桜さんにぴったりだと思いますよ。」
「ん〜でも少し高めですね。今回はやめておきます。」
澪桜の親御さんは確か会社経営していると言っていた。
お金には苦労していないだろうが、庶民的な金銭感覚はとても好感が持てる。
「じゃあ、俺が買いますよ。澪桜さんにプレゼントします。」
「い、いえ!大丈夫です。今日は車を出して頂いたり、とても良くして頂いているのに、こんなことまでお世話になる訳には…」
澪桜は、可愛らしい顔と両手を振りながら断りを入れる。
澪桜さん…その、違うところも揺れてますので…。これ以上は…。
他の人には見せたくない悠なのである。
「じ、じゃあ、そのお皿を買って、今度また俺に料理を作ってくれませんか?それなら澪桜さんだけでなく俺の為にもなると思いますし。」
「もぉ…。悠さんはずるいです…。そんなこと言われたら、私断れないじゃないですか〜。」
結局、悠の案に折れた澪桜はありがたくパンダのお皿をプレゼントされていた。
最後まで、悠はずるいと言っていたが、割れないように紙に包まれたお皿を抱えた澪桜はこれでもかというくらい幸せそうな笑顔を浮かべていた。
キッチン用品店を出た2人は、ショッピングモール内のとあるカフェに入る。
カフェは何組かのお客が並んでいたが、すぐに入ることが出来た。
「澪桜さんは、何を頼みますか?」
「ん〜。とても迷ってしまいます…。」
澪桜は最大限悩み、オーダーを決めた。
悠は、栗のモンブランとホットコーヒーのセット。
澪桜は、苺のミルフィーユとハーブティーのセットを頼んだ。
「私、苺大好きなんです♪悠さん、こんな美味しそうなお店に連れて来て頂きありがとうございます。」
「いえいえ、喜んでもらえて良かったです。」
悠は、ショッピングモールを探す際に、人気のあるカフェやスイーツを調べておいたのだ。
悠のマメな性格が功を奏する。
程なくして、注文したケーキがテーブルに届くと、澪桜は目をキラキラさせながらスマホで写真を撮っていた。
「ふふっ。悠さん!美味しそうですね?」
澪桜のとろけるような顔に悠はこれ以上に無いくらい癒やされていた。「きっと、澪桜さんの笑顔にはヒーリング効果があるのだろう。」
と納得していた。
ミルフィーユをもぐもぐと美味しそうに食べる澪桜を眺めながら悠はホットコーヒーを啜る。
「悠さん?モンブランは美味しいですか?」
「はい。甘さ控えめで俺が好きな味ですね。」
「ふむふむ…。悠さんは甘さ控えめが好きっと…。」
澪桜は悠の好みを覚えているようだ。
うん。可愛い。
「澪桜さん、もし良かったら俺のケーキ一口どうぞ?」
「えっ?ひ、一口ですか??」
悠はフォークに乗せたモンブランを澪桜に差し出す。
澪桜は大きな目をまんまるにしながら恥ずかしそうに悠の顔を見ている。
「いや、ケーキ好きそうだったので良かったらと思ったのですが。いらなかったですか?」
「ほ、欲しいですっ!頂きます…。」
澪桜は、恥ずかしそうに悠が差し出したケーキをパクっと口に入れる。
「どうですか?美味しいですか?」
「あ、甘さ控えめで…はい…とても美味しいです…。」
澪桜は人生初の男性からの「あーん」に、恥ずかしさと興奮で、もはや味など分からなかった。
も〜、悠さんって天然さんなのですか?
そんな自然に「あーん」だなんて…。
他の女性にもこんな風にやっているのかしら…。
いろいろな感情が頭の中をぐるぐる駆け回っていた。
「あの…悠さん?他の方にはこんなことしちゃダメなんですからねっ?」
澪桜は悠に私以外にはダメだと釘を刺しておく。
悠さんが他の女性にこんなことしている姿を見てしまったらきっと嫉妬でおかしくなってしまうから…。
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