居眠り中の悲劇
「え〜よってだからして、であるからして」
一限、数学、昨日今朝の出来事がまるでなかったかのように俺の学校生活は普通だった。青葉がよそよそしかったのを除いてだが。
このままあの厄介な幽霊がいなくなってくれるとありがたかった。どっかに行っててくれればなぁとまで思った。まぁ幽霊なんて水もんみたいで フラフラしてるのが普通だからもう家にいるわけなんてないだろう。
地味に生きると決めているんだから不必要な変化は求めない。変化はないほうがいい。うんきっと家に帰ったらいなくなってすっきりしたってなるはずだ。
そう一人で勝手に安堵して数学のノートを取り続けていた。進級して新しい環境になったのにもかかわらず数学の中村はひたすら眠い。
起こされて黒板の前で初見の問題を解かされるのがよくあることだ。
それにしてもなぜどの学校にも一人はこんな眠くなるような授業をする教師がいるのか、そしてなぜその教師本人は眠くならないのか。俺が中村だったら授業しながら寝てる自信がある。
俺の席は前に寝ている女子が、そして後ろには朝に買ってもらった焼きそばパンを食べ満足そうにして寝ている荒戸。こんなの寝るしかないだろ……
そう自分にしか聞こえない小さい声で俺は自分に言い聞かせて机に突っ伏した。しかたない前後が寝てるんだ。これは俺が寝たいから寝てるわけではない、日本人特有の同調圧力に屈したんだ。
ほら、オセロでも挟まれたら真ん中は合わせなきゃならないんだ。
そうして気持ちよく寝ているとトントンと肩を叩かれる。気がついてあぁまたかと、起こされてパッと目に入った問題を解かされる早押しクイズ大会的な何かがまた始まると覚悟しながら起き上がる。
すると中村が耳元で囁く
「ねえねえ、起きないとわからなくなっちゃうよ?」
女子のような高い声が小さく耳に入る。今日の寝起き脳は過去一でバグってる。
おっさんというかもはや爺さんの領域である中村はこんな可愛い声をしていない。あいつの声はもっとしゃがれている。
しゃがれた声で明日を呼び傷だらけの手で君守るはずだ。
というかあの老人の中村が耳元でそんなことを言っていたら気持ち悪すぎるなと思い寝ぼけ眼で顔を上げると
「あ、起きた」
女の子だ。俺はこの子を知っている。
他校の制服を身にまとい黒髪ショートですこし存在感が不安定な……
「ぎゃあああああああああああああああああっ!!」
まるで幽霊を見たかのようなぎょっとした声を俺はあげた。?
「うわああ! ななななんだ比山!?」
その声に中村は驚き手に持っていたチョークを黒板に押し付けバキバキにしてしまって俺にそう言う。
そしてざわめく教室、普段そこまで目立つキャラではないのにクラスの視線を独り占め
「えっ!? いやあの……」
俺に視線が集まるってことはこの妙ちきりん幽霊に気づいてない。
「いやあ! お腹が急に下っちゃって……いやぁ痛いなー、トイレ行きます! これはダメだ! トイレに行かなければ!」
「はぁ……『静かに』行ってきなさいね。廊下でも奇声をあげないように」
「は、はい……おい、ちょっとこい」
そう小さな声で幽霊に話しかけ、急いでトイレに走る。
女子を男子トイレに連れ込むなんて全校集会ものかもしれないが幸い目の前の相手は俺以外に見えていないからセーフだセーフ。
「ちょっと! こんなとこに連れ込んでなにするつもり? いじめる気? それとも……」
「あーもうそんなんんじゃなくて」
「ま、あたし幽霊だからなんも問題ないけどねー」
「だからそんなこと以前に! なんでお前はここにいるんだよ! 家から出るなって言ったろ!」
俺はトイレで問い詰めようとする。多分はたから見たら一人でトイレで独り言をしゃべるおかしな絵面になっていることだろう。
「いやだって地縛霊でもないし取り憑いてるって言ったよね!? その場に留まれないから君の家にも行ったわけだから家には居続けますなんてことはできないよ! しかもずっとそばにいたのに気づかなかったのそっちじゃん!」
「はぁ!? え、いや……まじ?」
全く気づいていなかった。存在感が曖昧過ぎたからなのか、それ以上に存在感が強い荒戸がいたせいか
「わざと気づかないフリしてたと思ってたけど違ったんだね……は、はは、あとそれに! 気を使って朝とは違って聞こえないくらいの声で起こしてあげたのに!」
失笑しながら言われると俺の心はまた傷つく。
俺がまるで鈍感な男だと言われてるみたいじゃないか。
「全く、静かに起こしたのに大きな声出すなんて……」
「分かった! 分かったから、もういいわ。見られず静かにいてくれりゃそれでいいよ」
「ダイジョーブダイジョーブ! 通学路でいろいろ試してなんとなく線引きはできてるし、3メートルくらいなら離れても大丈夫みたい。見つからず聞かれずの自信あるから! 今なら国際スパイにもなれるよ?」
俺から離れられないのに日本から離れて国際スパイができるのだろうか
笑顔で彼女はその自信を男子トイレで俺に伝える。シチュエーションさえ良ければその言葉をしっかり受け取ることができただろうに。
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