第174話 帰還

「こいつの力を俺に寄こしてくれ。俺がバルトロスを始末する」

 固まって動けないレナンの手に触れ、誘導する。


「あ……」

 光はゆっくりとエリックの体に入り、消える。


止めを刺した。レナンではない」

 どこまでも優しい言葉にレナンはとうとう膝をついて泣き出した。


「わたくし、このような事初めてで……」


「怖かったな、俺の為に頑張らせてしまい、すまなかった。俺も一緒にいる、大丈夫だ」

 泣きじゃくるレナンを抱きしめ、背中を撫でる。


 触れあう温かさに徐々に落ち着くものの、瞼に焼き付いたバルトロスの恐怖に歪んだ表情はなかなか消えなかった。


「エリック様は、何故平気なのですか?」

 ぽつりともらす。


「バルトロスの死に行く表情が忘れられないのです。どうしたら克服できるのでしょうか……?」

 エリックは戦の経験もあり、人を殺すことに躊躇いは見せなかった。しかし、生活の中でそのような後悔する素振りを見た事はない、どうしたらそのように過ごせるのか。


「克服できたわけではないが、殺さなければ未来が来ない。だから止むを得ず、かな」

 レナンのこれからに関する疑問なのだからと、慎重に答える。


「確かに相手も死にたくはないだろう、しかしこちらだって死にたくはないし、譲れないものがある。ならば自分が相手の命を奪った事に対して仕方なかったと思うしかない」


「仕方ない……」

 本当にそうだったのだろうか。他に道はなかったのだろうか。


「考えても過去には戻れないし、あの時ああすれば良かったなんてものは、大概が絵空事だ。それよりも自分の行いをしっかりと見つめ、前を向いて生きねばならない。罪悪感を持つことはあるが、その当時は精一杯だったのだ、と言うしかない」

 レナンの頬を優しく撫でる。


「レナンは俺を助けるために止む無く力を使ったんだ、いわば正当防衛。それにあいつを最終的に消したのは、俺だ。罪悪感を持つならば俺の方だ」

 自分の胸を指さして、エリックは微笑む。


「俺を選んでくれて、助けてくれてありがとう」


「ふっ、うぅ……」

 涙はなかなか止まらない。温かく大きな手はずっとレナンに添えられたままだ。


 泣き止むまでそのままでいたかったが、そういうわけにもいかないようだ。


「……呼ばれているな」

 遠くからの聞こえる声に、エリックは眉を顰める。


「レナン、自分の体に戻れ。そろそろ時間だ」

 名残惜しいが、離れなくてはいけない。


「はい、エリック様」

 涙を拭い、彼を見つめる。


「また、後で」


「あぁ」

 エリックはレナンの頭を撫で、触れるだけの口づけをする。


「また、後でな」

 レナンがここを離れていくのをじっと見つめていた。その姿を見送り、そっと腰を掛ける。


「限界、か」

 指先が徐々に薄くなっていくのが目に見えてわかる。


「少し間に合わなかったな」

 バルトロスも殆ど力が残っていなかったのだろう、あの程度では賄えなかったようだ。


「だが、死ぬわけにはいかない」

 このままエリックが死んでは、レナンの中にただバルトロスを殺してしまったという事実しか残らない。


 エリックの為に人まで殺したのに、助からなかったなんてなったら、レナンは自ら命を絶ちたくなるほど追い詰められるだろう。


 死にたくないわけではないが、レナンの為に死ねない。


「何とか出来ないものか」

 どんどんと消えていく体に歯噛みする。


 何も出来ない自分に腹が立った。






「……様、レナン様!」

 自分を呼ぶ声にレナンは目を開ける。


 涙をボロボロと零すキュアが目の前に見えた。


「キュア」


「良かったです、目を覚まして!」

 泣きながら抱き着いてくるキュアの体は冷えた体にはとても暖かく感じられ、心地いい。


「温かい」


「ずっと氷の中にいたのですから、寒くて当然です。先程ようやくロキ様とリリュシーヌ様が解除なさってくれたのです」


「エリック王子の魔法は厄介なものだ、派手に魔力を使われたから余計に大変だったぞ」

 さすがのロキも疲れた顔をしている。


「本当にすごい力。バルトロスと合わさっていたにしても、凄い魔力だったわ」

 リリュシーヌが額の汗を拭い、ミューズに交代する。


「レナン様、エリック様はどのような様子でしたか? 身体の損傷は治せたのですけど、意識がなかなか戻らなくて」


「えっ?」

 エリックは目を開けることもなく、動きもしない。


「呼吸が弱くなっています、このままでは最悪死んでしまいます」

 セシルはエリックの口元に手を翳し、懸念を口にする。


(そんな、何故? バルトロスの力をエリック様に注いだのに)

 レナンは焦った。


 これ以上どうしたらいいのか。





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