第168話 正気

「あの?」

 まじまじと首元を見られ、ミューズは何だか居た堪れない。


「傷は、ないか! 出血は?!」

 髪を掻き上げられ、何度も肌に触れられ、恥ずかしい。


「大丈夫です、怪我なんてありませんわ」

 ティタンの手を握り、勇気づけるように力を込める。


「ティタン様が守ってくださいました。ですから大丈夫です」

 怪我もなく、元気な様子に安堵したが、すぐに表情が曇る。


「守れたわけではないだろう。あのような多量の出血、かなり痛かったはずだ。守り切れずあまつさえ敵の手に落ちるとは……守ると言ったのに情けない」


「いいえティタン様は、いついかなる時でも、私を守ってくださいました。そうでなければ今頃私はここにいません……ですが、後でルド達には一緒に謝りに行きましょうね」


「あぁ。だいぶ迷惑をかけてしまったしな。あちらの二人にもお礼を言わないと」

 シグルド達はティタンとミューズの様子を見て安堵し、今度はバルトロスの方へと向かっていく。


「そうですね。二人が尽力してくれたおかげで、ティタン様が私のところへ戻ってきてくれたのだもの。おじい様とキールには感謝してもし足りないわ」


「そうだな。特にシグルド様には頭が上がらない」

 怒鳴られた事も思い出し、苦笑する。そして決意を込めてミューズの体を抱き寄せた。


「俺は今からやり返しにいく。ミューズは安全な場所で待っていてくれ、君にこれ以上何かあったら俺は生きていけないからな」

 お守りも壊れ、あのような傷を負わせてしまった。心配は尽きないが、やられた分を返さなくては気が済まない。


「私もです、ティタン様。あなたがいないと生きていけない。絶対に皆で生きて帰りましょう」

 二人でそう誓い合い、そっと口づけをしようとしたところ、ミューズの手が間に入る。


「戦いの最中にすることではないわ。後にしなさい、ミューズ」

 その口調はややきつめのものであった。


「す、すみません。お母様」

 そっとティタンの側から離れる。


「えっと……?」

 事態が飲み込めてないティタンは固まっている。

 傍から見たらミューズの一人芝居だ。


 でもミューズがふざけることなどあり得ないし、ましてやこのような場面でそんなことをする意味がない。


 懐疑的な視線を向けられて、ミューズは焦りつつも説明する。

 ティタンは羞恥と不甲斐なさで慌ててた。


「挨拶が遅れてしまったこと、そしてご息女を守りきれず、本当に申し訳ありません。今後は二度と同じことが起きぬよう精進します。次は、負けません」

 深く頭を下げるティタンにリリュシーヌも慌てた。

 いくら娘の夫でも一国の王子に頭を下げさせるのは気が引ける。


「いいのです、ティタン様。あなたが操られた元々のきっかけは私達の不甲斐なさですから、お気になさらずに。それよりもこんなにもミューズを愛してくれてありがとうございます」

 にこりと微笑まれ、その表情に内心で驚く。


 姿形は同じでも、纏う雰囲気や仕草がが違う。さすが母親というところか。


(子を産み、母親になればミューズもこのようになるのだろうか)

 リリュシーヌに似て慈母のような笑みを浮かべるミューズや、そのミューズに似た娘と共に暮らすのを想像すると、口元が綻びそうになる。


 一刻も早くそのような未来をつかもうとやる気が出てきた。


「こちらの方こそご息女と会わせてもらってありがとうございます。俺はミューズと夫婦になれて、本当の幸せを知りました。その幸せを守る為、あとは任せてください」

 ティタンは大剣を握り、ミューズを見る。


「終わらせてくる」

 そう言って頭を撫でると、ティタンは駆け出す。


 兄の姿をしたあの男を止めなければ。それが己の贖罪だ。







「あの男を止めろ! 非魔術師だ、魔法で攻めるんだ」

 バルトロスの命令を受け、魔術師達の集中砲火がティタンに降り注ぐ。


「それがどうした!」

 足を止めることなく寧ろ速度を増して走る。


 ティタンの防御壁では防ぎきることは難しいが、大剣を前に掲げ、魔法を避けていく。


「いけません!」

 セシルが慌てて追いかけてきてくれ、防御壁を上書きしてくれる。


「有難い!」

 ティタンが感謝を述べながら、帝国兵の中を駆けていく。


 血と肉片、そして悲鳴が飛び交った。


「良かった、ティタン様だ」

 ライカの目が潤み、ルドがティタンの後ろをついていく。


「共に行きます」


「皆済まなかった、後でしっかりと詫びさせてほしい」

 ルドに背中を預ける、まずはバルトロスまでの進路を作らねばならない。


 迫る敵を切り伏せ、そして声を上げた。


「兄上、目を覚ましてくれ!」

 その咆哮は皇宮中に響きそうな程大きい。


「あなたは俺よりも強い、そんな男に体を奪われて黙ったままなわけがないだろう!」


「うるさい」

 バルトロスは顔を歪め、ティタンを狙おうとするが、ロキがそれを許さない。


「俺様がそのような攻撃を見逃すはずがないだろ?」

 その手には大きな火球が生まれていた。


「ロキ、邪魔をするな!」

 バルトロスを中心に氷が広がっていく。


「むっ?!」

 ロキは咄嗟に飛び退ろうとしたが、考え直し、転移魔法にて一気に距離をとる。


「止めろ、そんなに力を使えば体がもたないぞ!」

 想定以上の魔力を出しているようだ。


 バルトロスの近くにいたものは既に凍りついていた。


 帝国兵はともかく、アドガルム兵は守らないと。


「逃げろ! エリック王子から離れるんだ」

(いくら何でも無茶をしすぎている、あれではエリック王子の体の方が持たない)

 ロキがアドガルム兵に防御壁をかけ、時間を稼いでいく。


「ただ死ぬのなら、皆を道連れにしてやる!」

 そう叫ぶバルトロスの顔に亀裂が走った。

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