第163話 葛藤
シグルドとキールはライカ達を制し、前に出た。
「ここは任せろ」
キールの言葉にルドとライカは不甲斐なさを感じつつも下がる。
二人の腕前は十分すぎるほどにわかっている。ここは任せた方が得策だと身を引いた。
「ティタン様をお願いします。シグルド様」
「あぁ」
弟子たちの苦渋の声を聞いて、シグルドは大きく息を吸った。
「この馬鹿弟子が!」
大きな怒号に皆が耳を押さえ、顔を顰める。
「……」
だがティタンは表情を僅かに動かしただけだ。
「もう、うるさいんだけど! ティタン様、さっさとこんなおっさん切り捨てて!」
ルビアの命令を受けて斬り掛かるが、シグルドは真っ向からティタンの一撃を受け止める。
「このような事をする為に、お前の師となったのではない!」
シグルドはティタンの剣を弾き、追撃を行なう。
年齢を感じさせない動きだ。
(この人は、誰だ?)
剣を合わせる太刀筋に覚えはある。
だが顔も声も、どこで会ったかも覚えていない。
それに今はそんな事は関係ない、愛する妻を守るために斬らねばならないものだ。
「?!」
ティタンの横から突如剣が現れる。
シグルドの方に集中していたから気づくのが遅れたが、間一髪で避けることが出来た。
「ティタン様、まだ思い出せませんか?」
栗色の髪と赤い目をした男にも、ティタンは覚えがあった。
「その女の体は確かにミューズのものですが、中身は全くの別人。本物は今のティタン様を見て嘆いておられますよ」
「黙れ」
ミューズを呼び捨てにされ、あまつさえ偽物呼ばわりとは。
剣を持つ手に力が籠る。
「ミューズがティタン様に人を殺せなど言うと思いますか?」
ティタンの動きはそれでも止まらない。
例え間違った事であっても、彼女を傷つけるものは容赦しない。
もう二度と死なせたりはしない。
「?」
キールとシグルドと斬り合いをしながら、自分の思考に違和感を感じた。
(死なせないとは、何だ?)
彼女はこうして生きている。
死んでしまうような事があったか?
思い出そうとすれば頭が痛む。
「うっ……」
戦いの最中の考え事など隙にしかならない。
シグルドの剣がティタンの腕を翳めた。
「!!」
それを見てレナンの中にいるミューズが反応を示すが、何とか抑える。
(今はまだここに居ることを知られてはいけない)
レナンの中で機会を伺いつつ、ミューズは逸る気持ちを抑える。
バルトロスもティタンも戦いに出ている。
近くにはルビアがいる、折角のチャンスだ。どうにかして体を取り戻したい。
(この魔封じの枷を外せばすぐなのに)
触れられる位置なのに。これでは力が使えない。
作戦どおり近くには来れたが、ここからどうするか。
「逃げようと思わない事ね」
体を捩るレナンを見て、そんな風に声を掛けてきた。
「体を失ってまでこんな事をして、本当にあなたはそれでいいの?」
「えぇ。バルトロス様の幸せがあたしの幸せ、だから後悔なんてないわ」
体は失ったものの、こうしてバルトロスに新しい身体を用意でき、生まれ変わらせることが出来た。
そして自分もこうして新たに生まれ変わった。魔力も豊富で、そして王子妃という地位だ。
これからは平穏な場所でバルトロスと共にいられる。
「バルトロス様の為、というけれど、その体では彼の側にいることは出来ないのではないかしら? わたくしという妻がいるもの。あなたが入る隙はないわ」
「何を言うの、あなたなんてお飾りの妻よ。これからはあたしがずっと側で支えていくんだからね」
ルビアはムッとした顔で言う。
「公務も外交もしたこともないあなたなんかに、エリック様の隣は務まるとは思えないわ。それにその体はミューズ様のもの。エリック様に不用意に近づけば、ティタン様が許さないでしょう」
先程のロキ達の登場で天井が崩れた時、ミューズを守ろうと敵に背まで向けていた。
それだけ大事に思っているのだ、操られていてもティタンの愛情は変わっていない。
「ずっとその体で居るのは不便ではありませんか?」
ルビアはレナンを睨みつけ、沈黙する。
ルビアがバルトロスに近づくのをティタンは極端に邪魔をしていた。
実兄でも側にいるのを快く思わないらしく、命令してもその事だけは言う事を聞いてくれなかった。
「もしもミューズ様を返してくれると言うなら、この体をあげてもいいですよ」
「あなた、何を企んでいるの?」
ルビアは疑わしい目でレナンを見るだけだ。
「そんなことしてもあなたにメリットはないわ。寧ろあたしとエリック様が近づくようになるし、嫌ではないの?」
「見た目だけで、中身はエリック様ではないもの。それならばミューズ様の体を解放してあげたいわ」
そうなればティタンも元に戻せる。
「そうね、あたしとしても本当はレナン様の体が欲しかったから、交換してあげてもいいわ」
ルビアはレナンに近づく。
「交換するなら、これを解かなければいけないわね」
ルビアの手が魔封じの手枷に伸び、耳元で囁かれる。
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