第142話 実行

「あら、思ったよりも、早かったのね」


 口から血を流し、苦痛に顔を歪めながらもルビアはティタンを睨む。


「あんな幻を作るなんて、悪趣味な」

 ミューズの亡くなった両親の幻影を見せて惑わすなんて、許せるものではない。


 死者への冒涜が過ぎる。


「幻じゃないわ、本当にミューズ王女の、両親よ」


「何?」


 ティタンはその言葉で躊躇ってしまう。ルビアにトドメを刺すか否か。


「お母様、お父様!」

 泣きながら二人との再会を喜んでいる顔を見て、手が動かせなくなってしまった。


 罠であることは間違いないのだが、このままルビアを切って良いものか、まだ決断が出来ない。


 普段のティタンならば、女だろうと敵を切るのに躊躇はしない。


 だが、ことミューズに関わることに対しては感覚が鈍る。

 違和感があろうとすぐに剣を振り切ることは出来なかった。


 ようやっと剣を動かせたのはルビアの口角が僅かに上がったためだ。


 ルビアの身体を両断する。


 血飛沫が飛び、音を立ててその体が地面に落ちた。体につけていた魔石もいくつか壊れ、四散する。







「ミューズ!」

 リリュシーヌ達の姿も消え去った。

 それと同時にミューズの体が傾くのが見え、ティタンは走り出す。


 どうにか間に合ったが、目を閉じ、ぐったりとしている。


 気を失ったようだ。


 目の前で再び両親を失ったのだ、どれだけ心に負荷がかかったか。ティタンも胸が痛い。


(卑劣な女だ。もっと苦しませてから殺せばよかった)

 ルビアといい、ダミアンといい、帝国の者は性格破綻者ばかりだ。

 改めて帝国を討つ意志を固める。


 そんな事を考えていると、ミューズがゆっくりと目を開けた。


「ティタン様……」

 まだぼんやりとしているようで、目がとろんとしている。


「大丈夫か? 体は何ともないか?」

 ミューズは己の体を確かめるように動かした。


「えぇ、大丈夫なようです。ありがとうございます」

 その言葉にティタンは安心する。


 何の企みかはわからなかったが、間に合ったようだ。


 屍人達も動きを止めていて、ルド達も警戒は怠らないものの、剣を収めている。


「状況と怪我人の確認を急ぎしてくれ。済み次第すぐに兄上の元へと向かう」

 ミューズの体を支えながら、ティタンは指示を出す。


「エリック様達のところへ行くのですね」


「あぁ」


「都合がいいわ」

 ミューズが微笑を浮かべる。


 そして護身用の短剣を掴み、周囲に気づかれぬようティタンの腹部に突き立てた。







「はっ?」

 訳が分からず、反応が遅れた。


「成功したわ。ありがとう、あたしの体を支えてくれて」

 表情も声も普段のミューズとは違う。


 こんな状況なのに、ティタンはミューズから手を離せなかった。


 今離したらミューズの体は地面に打ち付けられる。そんな考えが過ぎり、理性で本能を押さえ付けた。


「あはは、本当に甘っちょろいわね。あの一瞬の躊躇いがなかったら、あたしの負けだったわ」

 まだ周囲は気が付いていない。


 遠目から見たら普通に話をしているようにしか見えないだろう。

 ゆっくりとミューズはティタンの手から離れる。


 じわじわと腹部から血が流れているのを感じ、傷口を手で押さえた。


 護身用の為にそこまでの刃渡りはないので致命傷ではないが、血は流れ続ける。


 だが止血している時間はない。


「ミューズは、どうした?」

 痛みよりも怒りが強い。

 愛する人がこのような事をするはずはない。


「どうなったと思う?」

 嘲るように笑うその表情にルビアの面影が重なった。


「無事に返して欲しければ、そうね。一緒に来て頂戴」

 ミューズの姿をして、そう言われ、ティタンは明らかに不快な顔をする。


 殺してやりたいが、ミューズが生きている可能性を考えると剣は振れない。


 異変に気付いたルド達が、静かにミューズの姿をしたルビアを囲む。


「ティタン様、一体何が?」

 ライカは信じられないといった顔だ。


 傍から見ていてわかる事はティタンが刺されたという事、そして血まみれの短剣を握ったミューズが笑顔を浮かべているという事。


 普通ではない状況だ。


「見てわからない? あたしがティタン様を刺したのよ」

 その言葉にライカは動揺を見せ、ルドは切りかかる。


「待て、ルド!」

 ティタンの制止の声を聞いてもルドは止まらなかった。


 ミューズは主の大事な人だ。

 だが、理由はどうあれ今は敵となっている。せめてティタンから引き離さなくては。


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