第135話 サミュエルの素顔

 止血は終えたものの、仮面を割かれたサミュエルは途方に暮れていた。


 フードも裂かれ意味をなさない、だが顔を晒すのは嫌だ。


 戦の最中で今はまだ誰もこちらを見る余裕がなく、気づいてはいないが、自分の醜い素顔を知られたくなかった。


 だが、戦線を離脱するわけにはいかないと低く唸る。


 それどころではないのに、葛藤で呼吸が荒くなっていた。


「くそっ!」

 そんな苦悩の中で、目の端にカミュが切り裂かれたのが見えた。


 疲労が濃くなってきたのもあるだろうが、サミュエルは心臓が止まりそうになる。


(皆の補助は僕の役目なのに)

 自分の事ばかりに気を取られ、戦況を見誤った。


「影渡りは行く場所が制限されるよね、良く見てれば行先くらいわかるよ」

 悔しいがダミアンは性格は悪いものの相当強い。


「危ない!」

 カミュにせまる剣を見て、咄嗟にサミュエルは爆破魔法を使用した。


 激しい音と熱、そして爆風が吹き荒れ、皆がサミュエルの方に振り返った。


「ははっ、何だその醜い顔は」

 一番初めに気づいたのはダミアンだ。


 手で顔を隠すが、庇いきれない。


「黙れ!」

 サミュエルは魔力が続く限り、ダミアンを狙い、魔法を放った。


 そしてカミュに向けて走りだす。


 転移魔法を使うなど忘れていた、すぐさま回復魔法を使用しなければと出血を見て、焦っていた。


「カミュ、カミュ、無事か?!」

 数少ない友人が怪我をしたのだ、自分の顔などに構っている暇はない。


「すぐ回復する、痛むか?」

 サミュエルは傷口に手を当て、回復を図る。


「かすり傷だ。それより、いいのか?」

 失血で青褪めながらも、心配するのは友人の事だ。


「いい。大丈夫だ」

 サミュエルの顔半分は酷い火傷の跡があった。


 眼球はなく、昏い穴しか見えない。ところどころ皮膚同士が張り付いている。


 眼球はダミアンに斬りつけられたからではなく、だいぶ昔に失っていた。


 髪もところどころ生えておらず、異様な風体だ。


「まるで化け物だな、よくそんな顔で今まで生きてきたものだ……あぁ、だから顔を隠してたのか」

 ダミアンが腹の底から大笑いしているが、そんな事気にしている暇はない。


 今はカミュの治療が先決だ。


 すぐに傷口は塞げたが、憂いた表情は戻らない。


「あいつは絶対に切り刻む! サミュエルに向かって化け物なんて……!」

 カミュが声を荒げた。


 怒りで頬を赤くし、怒りで息を荒くしている。


「ありがとう、その言葉で十分だよ」

 カミュの優しい言葉に、サミュエルは救われる。


 それでも周囲の顔は見られない。


 皆が嘲り笑っているのだろうと思っていても、直視することは怖くて出来ないからだ。


「とても滑稽だが、お前には相応しい従者達だよ」

 笑いを抑えもせずにダミアンはリオンを指さす。


「平民の妻に、平民の従者、そして貧弱な護衛騎士に化け物の術者とは、余程大事にされてないようだな! 要らない王子だから、そんな者しかつけてもらえなかったのか」


「はぁ?」

 さすがにリオンも表情を変える。


 怒りで見開いた目で、ダミアンを睨みつけた。


「いい加減にしろよ、お前ごときが僕の仲間を貶していいわけがない」


「図星を言われ、怒ったのか? 何回でも言ってやるさ。そんな下らない者達しか集まらない、軟弱王子風情が!」

 リオンの周囲に黒い靄が発生する。


「カミュ、マオ、ウィグル。こいつ殺すぞ」

 据わった目で皆を見る。


「はい!」

 緊張感が走り、マオはそっとポケットに手を入れた。


 リオンは黒い靄を纏ったまま、走る。


 先程よりも早い。


(あれは何だ?)

 スピードよりも靄が気になる。


 何らかの魔法だろうが、何の効果を持つのか。


(こいつの魔法は普通じゃないからな)

 身体に異常をきたすものが多い、直接触れることは避けた方がいい。


 警戒してしかるべきだ。


 そこらにいた帝国兵の一人を捕まえ、リオンの方に投げつける。


「無駄なあがきだ」

 靄が集まり、兵士の体を弾き飛ばす、リオンの命令通りに様々な動きや形を作るようだ。


 そして剣も狙いづらい。


「全くめんどくさいな」

 遠くから転移魔法で斬撃を送る事にする。


 ダミアンは触れずとも十本程度の剣を操ることが出来る。


 剣を振るった勢いを風魔法で斬撃に変換させることもできる為、攻撃の範囲も広い。


 それを更に転移魔法でランダムに出現させ、予測不能な攻撃にしているのだ。


「そんな攻撃当たらないよ」

 リオンの防御壁に阻まれてしまう。


「僕の魔力を上回る攻撃でなければ超えられるはずないよ。それこそティタン兄様みたいな人じゃないとね。非力なお前には無理だ」

 にやりとリオンは笑う。


 先程言われた仕返しだ。


「うるさい!」

 リオンに挑発にカッとし、頬を赤くさせて怒っていた。


「倒せればいいんだよ」

 ダミアンの姿がかき消えるとリオンの靄が濃くなった。


 きょろきょろとあたりを見回していたら、腹部が妬けるように熱くなる。


「ぐっ?」


「剣だけ届けばいいだろ?」

 現れたダミアンの右腕が消えていた。


 その先はリオンの元へと通じており、ダミアンの持っていた剣はリオンの腹部を貫通している。


「っ!」

 大量の血がリオンの口から吐き出された。






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