第117話 戦の終わりとは

「先の戦では国のトップが負けを認めたからですか、今回も和平交渉を目指すのですか?」

 マオが挙手をして発言する。


「どうだろうね。素直に応じる国なら考えない事もないけど」

 リオンはあり得ないだろうと続ける。


 あの戦の時、アドガルムの属国達には兵の大半を失ったところで使者を出し、和平交渉を行なった。


 兵の殆どを失ってようやく現実を省みたのだ。


 捕虜という人質がいたので、交渉は進めやすく、かつアドガルムに有利になった。


「帝国は負けなど認めないだろう」

 アルフレッドもそう確信している。


「バルトロスならそのような終わりは認めない。恐らく勝敗が決まるまで止まらないだろうな」

 どちらかがどちらかを滅ぼすまで戦の終わりは見えない。


「負けた方が死ぬ運命だ。俺かバルトロスか。捕まれば言葉にしがたい極刑が待っている」

 たとえ投降したとしても、生きのびる ことは出来ないだろう。


「勝敗を決するには皇帝の首を落とし、かつ血縁の皆殺しが妥当だ。それかこちらがそのような目に合わせられるか」

 リオンは凄みのある目で帝国の資料を睨みつける。


 どこまで潜り込めるか、必死に思考を巡らせていた。


「殺されるつもりはない、必ず首をとってやるさ」

 エリックもまたどのように戦力を保ち、皇帝のもとにたどり着けるかを考える。


 城内の構造、そして敵兵の配置もわからない中、いかに効率よくかつ危険のないように攻めるかこちらもまた真剣に取り組んでいた。


「とにかく味方の援護と、敵兵を削ることに終始しますが、必要とあらば何でも叩き切りますよ」

 兄のサポートとして、城壁や扉を壊すのもこなして見せるつもりだ。


 多分今あれこれ考えたとしても、ティタンでは想像できない不測の事態が多々出るだろうから、今から神経をすり減らすのはやめた。


「力を尽くしてきます。ですからここは任せました」

 エリックはそう言って、ヒューイやロキ、そしてシグルドを見る。


「シグルド殿、ミューズに何かお言葉はありませんか?」

 エリックの声掛けに、シグルドは口を噤んだままだ。


 孫とは認めている。


 しかしミューズが祖父と認めてくれているか、自信がなかった。


 ロキが暴露した後からまともに二人では話していないし、その話題にも触れていない。


 怖くてシグルドから話しかけることが出来なかったのだ。


「お祖父様」

 ミューズは遠慮がちに声を掛ける。


 もしかしたらこれが最後になってしまうかもしれないと思えば、話す事に躊躇いはない。


「無事に戻ってこれたら、ぜひお母様の話をお聞かせください。私もお母様のお話をぜひ聞いてもらいたいわ」

 微笑み、そしてシグルドの手を握る。


「昔お祖父様のお話を聞かせてくれたことがあるのです、とっても頑固で口うるさい人だと話されてましたわ」


「そうか」

 何とも複雑な気持ちだ。


 ロキと違って娘のリリュシーヌはうんと甘やかして育ててきたつもりだから。


「でもとても優しかったといっておりました。だからいつか許してもらえるはずだと。あの時はわかりませんでしたが、きっとそれは」

 結婚の事だろう。


 シグルドが反対さえしなければ、もっとまともな別れが出来たはずなのに。


「すまなかった」


「謝るのは私にではありませんわ。ですから今度一緒にお墓参りに行きませんか? ヘンデル陛下から許可を貰いますので」

 恐らく断られはしないだろう。


「戦が終わったら行きましょう。大丈夫、私も一緒ですもの。きっとお母様は怒ったりしませんわ」

 リリュシーヌのお墓参り。


 他国という事、そして許してあげられなかった負い目もあり、シグルドは一度も足を運んだことがなかった。


 せいぜい命日にそっと花を用意し、冥福を祈るくらいだ。


「ティタン様も一緒にお願いします。結婚の報告もまだでしたので」


「あぁ、そうだな」

 この前の帰国ではばたばたで行けなかった。


 なので戦が終わった後にゆっくりと行くのもいいかもしれない。


 そのうちに孫が出来たという報告もしたいものだ。


「師匠、よろしければ一緒に行きましょう」

 昔の呼び方で呼ばれ、シグルドは苦笑する。


「弟子が孫と結婚するとは、思いもよらなかった。これも縁というものか」

 どこにでも繋がりはあるものだ。


 ティタンがミューズと結婚しなければ、ロキが話をしなければ。


 もしかしたらセラフィム国に行く事なく生涯を終えたかもしれない。


 新たな一歩を踏み出す為に、後押ししてくれる心優しい孫のためにも、シグルドは過去と向き合う事を決める。


「ぜひリリュシーヌに謝りに行こう。その為にもティタン様、くれぐれも孫娘をお願いします」

 娘を想う父親の目を向けられ、少しだけティタンは怯む。


 ヘンデルとは迫力が違いすぎる。


 いまだかつて浴びた事のない師の本気の殺気に気圧されるのを否めなかった。







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