第87話 似て非なる力
「あの、この方は?」
レナンは困惑する。
今日はグウィエンとの会談だとは聞いていた。
だが部屋に戻ってきたエリックは、明らかにグウィエンとは違う赤髪の男を伴っている。
そして男は名も名乗らずに、レナンを値踏みするように見てきた。
居たたまれず、なんて反応していいかもわからない。
「すまない。アドガルムの魔術師で魔道具師だ。少々変わり者でな、不快にさせて本当にすまない」
とは言いつつもエリックも不快ではある。
今まではロキに対してそのように思ったことはなかったが、やはり妻の事となると違う。
二コラも共に入室させていたら斬りつけさせていたかもしれないが、今は外に待機させていた為に功を奏していた。
いざとなったら自分で切りかかるが。
「エリック王太子、レナン妃に触れてもいいか?」
ロキが許可を求める。
ミューズは身内だが、レナンは他人で王太子妃だ。
一応そこは配慮したようだ。
「少しだけならば」
ロキは悍ましい冷気を感じながらもレナンの手を取る。
レナンは温かな力が体を駆け巡るのを感じた。
「エリック王太子は死ぬ気でレナン妃を保護してて欲しい。けして側を離れるなよ」
「死ぬ気で守るつもりではいますが、どういう事でしょう?」
不穏な言葉に心配だ。
あの力はやはりレナンの体に負担を与えているのだろうか。
「気づかれたら狙われる力だ、それこそ世界中から」
「狙われる? 何故です?」
「レナン妃の力は魂に関する魔法だ。黒い靄を払ったと言ったが、靄に見えたのは悪霊とされた死人達だ。レナン妃は強い光を放ったらしいが、恐らくそれは天国へと導くものだったのだろう。消えたように見えたのは浄化されたからだな。そのルビアとかいう女と対象的な魔法で、唯一の対抗手段」
ロキはレナンの手を離す。
「ルビアは死霊術師だ。闇魔法に近いがそれとはまた異なる。だからキュアの力では払いきれなかった。死霊術師は人の魂から魔力を吸収したり、その魂を使って意のままに人を操ったりする。レナン妃の魔法は光属性に傾いているな。生きているものに活力を与え、悪しき力をはねのける。聖と邪、似て非なる力だ」
ロキはどう説明するか、言葉を探しているようだ。
「レナン妃もその気になればルビアのように操ることも出来るのだろうが、そのようなことはしないだろう。それにおそらく向いていない」
レナンはぶんぶんと首を横に振る。
「そんな事はしたくないです!」
エリックはホッとしながら口を挟む。
「向いていないとは、適性の話でしょうか。それとも性格的に?」
「どちらもだな。魂に関する魔法だが、飴と鞭のように真逆だ。レナン妃ならば操るではなく要請するといい。自分の魔力を与え、お願いすれば味方をしてくれる。ルビアのやり方は魔力を吸い取り無理に従えているものだ。逆らえば一気に力を失い消滅させられる、従ってもいずれ枯渇するから、どっちみち行く先は消滅だ」
「なんて恐ろしい力なの……」
そんな力でパルスは蹂躙され、母トゥーラも殺されかけた。
今更ながら助けてくれたエリック達には感謝しかない。
「そしてこの力は死者をも生き返らせられる」
ロキからの本題だ。
「非常に稀有な力だ。生き返らせることが出来るとなると各国の者が欲しがるに違いない。器を入れ替えれば死ぬこともなく生き続けられるからな」
「知れば欲しがるものは多いだろう、今まで発現しなくてよかった」
エリックは複雑な胸中だ。
魔力がないからと冷遇されていたが、もしこの魔法が使えると知られていたら、逆に幽閉されていたかもしれない。
「だから知られてはいけない。これは自分の寿命も削る力だ。与えることは、奪うことよりも難しく、魔力の消費も激しい。使えば使う程命も少なくなる」
とても危険な力だ。
「エリック様……」
心配そうなレナンの声に、エリックは気づく。
「大丈夫、そんな力は使わせないし、誰にも利用させない。俺が守るから」
どんな理由があっても駄目だ。
使えば使う程命の灯が小さくなる魔法なんて使わせるわけにはいかない。
「王太子、眉間にしわ寄せすぎだ。人を生き返らせなければいいだけだから、あまり不安になるな。あとはレナン妃にも転移魔法を覚えてもらう。防御壁と治癒魔法もどれくらい使えるか知りたい」
「あのわたくしは魔法は生活魔法しか使えず、そのようなものは一切駄目なのです」
「そうなのか? これだけの魔力があるのに?」
ロキは再度レナンの手に触れる。
エリックの表情が動くが見なかったことにした。
「充分強い。なのに、何故だ? 適切な師がいなかったのか?」
レナンは困って顔で話し始める。
「わたくしは小さい頃から魔力がないと言われ、あまり魔法の事を教えてもらえませんでした。なので基本的なものしか知らず……すみません」
「パルス国はレナンにあまり手をかけてくれなかった。その影響かもしれません」
「そうか。ならばキュアに教わるといい、あいつならば喜んで教えてくれるだろうからな」
ロキはエリックに向き直った。
「エリック王太子ならばレナン妃の力は悪用しないな」
「当たり前です。絶対に使わせません」
その力強い言葉に嬉しくなる。
レナンはきゅっとエリックの腕にしがみついた。
「しかし他に代わりがないのならば、あの女対策でレナンを戦場に連れて行かねばなりませんね。非常に不本意だ」
危険な場所に連れていくしかないのかと、悔しい。
「キュアを補助につければいいさ。光魔法も多少は有効だ。あとでキュアにコツを教えよう」
レナンは感心する。
「ロキ様は色々な事について、とてもお詳しいのですね」
その言葉に少しだけ悲し気な目を見せる。
「大事な人を取り戻したくて二十数年、死に物狂いで調べた結果だ。そうして得た知識がアドガルムの為に役立つのは嬉しい」
レナンにはそれが誰の事だかはわからないが、泣きそうに歪むその顔に胸が痛む。
「それはわたくしの力が役に立つということでしょうか?」
「気遣いだけ頂くよ。他人を犠牲にして生き返るなんて、あの人たちは望まないし、寧ろ怒られるからね。余計な事をするな! って」
エリックもロキの言う人の検討がつく。
想像した人物であればきっとそう言うのであろうな。
その人たちの娘もだいぶ自己犠牲の強いものだ、誰かを傷つけてまで生きたいとは思わないだろう。
「レナン、軽々しく使おうとするなよ。生き返った方がつらいという事もある、望まぬ事もある。その対象が俺でも使用してほしくはない、そのような力を求めて側に置いたわけではないのだから」
「そんな、エリック様……」
エリックの言葉に涙を浮かべるレナンをロキが励ます。
「あり得ない未来は想像しなくていい。戦が終われば、そのような力を使わなくていいのだ。なんのために俺様が戻ってきたと思う」
ロキは胸を張り、自信たっぷりだ。
「さぁ、アルフレッド王のもとに行こう。ヴァルファルなんて打ち負かしてやろうではないか!」
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