第57話 奇襲と重傷

「なん、だ?」

 振り返ることも出来ず、ライカの剣はダミアンに押し戻された。


「ちっ!」

 魔法であたりを燃やし、距離を取る。


 背後には何の、誰の気配もなかったのに、突如現れた。足元に血溜まりが出来、失血で意識が朦朧とする。


「ライカ! すぐに回復を」

 防御壁から出たら、ミューズが切りつけられてしまう。


「そこから出るんじゃねえ!」

 ミューズが動こうとをするのを咄嗟に声で制した、今のライカでは庇えるか怪しい。


「失礼しました。ですが、ティタン様が来るまではそこで、待ってて下さい。それまでは俺が何とか食い止めます」

 命に変えても。


 背中の傷が徐々に痛みと熱を持ち始める。


「しぶといなぁ、そんな大怪我でまだやるの?」

 ライカは剣を握り、ダミアンに対峙する。


 いつの間にかダミアンは両手に剣を携えていた。今の隙に拾ったのだろうか。


「ミューズ様を守るのが、俺の仕事だからな」

 脂汗が浮かぶが、構ってられない。


「急に背後から剣が出た! 気をつけろ」

 セシルの助言にライカは眉を潜める。


(背後から剣? 認識阻害で誰かいるのか? それともこいつ妙な術を使うのか?)

 パルス国でのルビアも他者を操る稀有な魔法を使っていた。


 こいつも何らかの魔法を使うかもしれない。


(剣士だからと油断したな)

 剣の腕も魔法の才もあるなど、この年若そうな男にそれ程までの力があるとは。


 これが才能の違いなのかと歯噛みする。


 ライカとて努力した、主であるティタンに追いつけるようにと。だが剣の腕は遠く及ばない。追いつくビジョンすら浮かばないのだ。


「だからどうした」

 頭に浮かぶ否定的な思考を振り払う、血が流れすぎて変な考えをしてしまった。


「俺がするのはミューズ様を守ることだ。そしてお前を切ること」

 ライカが剣を構えるが、失血で握る手が震え出す。


「えぇ〜そんなに震えてるじゃないか。投降したらいいのに」


「しない。お前になんか屈してなるものか」

 怪我をしてるとは思わせない踏み込みで、ライカの剣はダミアンに伸びる。


 正確に心臓を狙った一撃をダミアンは弾き、反撃をする。


 ライカはそれをギリギリで躱し、再度剣を横薙ぎにした。ダミアンの服をかするが、傷は与えられない。


 尚も踏み込み、切ろうとするが体が脳の司令に追いつかない。


「?!」

 ガクリと足から力が抜ける。血を失い過ぎて、もはや限界を迎えたのだ。


「もう無理だよ」

 ダミアンの剣がライカの腕を切り裂いた。


「ぐぅ!」

 咄嗟の防御壁でダミアンの剣を防いだのだが、全ては無理だった。


 切りつけられた腕をだらりと下げ、ライカは荒い呼吸を繰り返した。


(死ぬのか? 俺はここで)

 じわじわと死が迫ってるのを感じた。


 まだ駄目だ、ティタンが来ていない。自分の役目を全うするんだ。


「もう止めてライカ! お願いです、彼を殺さないでください、あなたと共に行きますから!」


「駄目です、ミューズ様。あなたが殺されてしまいます」

 セシルが懸命にミューズの体を抑える。


 ミューズに触れたことを後でティタンに怒られてもいい、ここでミューズを止められるのならばそれくらいやすいものだ。


「ミューズ様、ダメです。それではティタン様が悲しんでしまう」

 床に突き刺した剣で何とか膝をつかずに済んでいるライカは、朦朧とする頭でそう言った。


「あなたが死ぬくらいなら俺が死にます。あなたは生きなくてはならない」


「そんなの嫌! ライカ、死なないで!」

 セシルの防御壁に阻まれ、ミューズはライカに近づけない。


「お願い、セシル! ここから出して!」


「駄目です、約束ですから」

 自分達はミューズを守るために生きている。


 命を失っても、この女性を守ることが使命だ。


「このままではライカが死んじゃう……」

 悲痛な声と表情。セシルは顔を歪ませ、体を震わせ、それでも耐えた。


「良いね、その顔。凄く淫らだ」

 場違いなダミアンの言葉に皆が注目する。


「こんな美人がそんなに顔を歪めて泣いて、何てそそられるんだ。囲って閉じ込めて、ずっと見ていたいね。君を連れて帰れるなら、この男のとどめは刺さないよ」

 ダミアンの剣がライカを示す。


「黙れ、クソ野郎が」

 主の妻に何ということを言うのだ。


 だが、体が動かない。


「君こそ黙れよ。弱い癖にこれ以上しゃしゃり出るな」

 ダミアンの冷たい声に、ライカは拳を震わせた。


 ライカでは勝てない、そのことを認めざるを得ない。


「ねぇミューズ王女、僕と来な。君の力は重宝するし、その美貌だ。すぐにチヤホヤされるよ。君ならもしかして皇子の妻に召し上げられるかもしれないし、皇帝の愛妾になれるかも……それか僕のおもちゃになるか」

 にたりと笑うダミアンに、震えながらミューズは答える。


「ライカの治療さえさせてくれれば、どこにでも行くわ」

 顔色を白くさせて怯えながらも、それでも尚目は真っ直ぐにダミアンを見据える。


 意志の強さを表すその視線にダミアンは、歓喜した。


「いい、約束する」


(何て堪らない。美人が屈服する様の何と綺麗なものか)

 ここから更に貶し、蔑み、奴隷に仕立てる事を考えたらゾクゾクする。


 あの気丈に振る舞う様を地に落としたい。


「セシル、防御壁を解いて」


「駄目です」


「私はライカを見殺しにしたくないの!」

 再度の叱責にセシルは唇を噛み締め、迷いながらも震える腕を上げ、魔法の解除に悩む。


 セシルとてライカに死んでほしくはない。


「よく耐えた」

 ティタンの声が聞こえる。


 部屋のドアと壁を叩き切って入室すると、ティタンがそのままダミアンに切りつけてきた。


「なんて登場だ?!」

 重い一撃を何とか止め、呆然と呟く。


 皆が土煙と轟音に呆気に取られている中、ティタンが佇んでいた。


「俺の妻と部下に対する非礼は、あの世でしっかり詫びれよ」

 恐ろしい形相でダミアンにそう告げた。

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