第43話 羞恥に悶える日々
ミューズはあれから部屋を出られなくなった。
体の疲れもあるが、精神の問題だ。
(皆が妙に優しいのは、あんな事をしたことが知られているからだわ)
知らなかった。
夫婦になるということがあんなにも体力が要ってあんなにも恥ずかしいものなのか。
「あの、ミューズ様。そろそろ部屋の外に出ませんか?」
チェルシーの言葉にミューズはふるふると首を横に振る。
「ごめんね、もう少し待って欲しいの」
ミューズは人と会う勇気が出ずに部屋に籠もりっきりになっている。
否が応でも意識をしてしまい、皆の視線が怖いのだ。
ティタンにも会えない。どうしてもあの夜を思い出してしまう。
「元気出してください」
「元気? どうやって出るんだ、そんなもの……」
ルドの励ましにもティタンは落ち込んだままだ。
ミューズに会うことも出来ないティタンはあれから何も手がつかない。
一応ミューズはチェルシーを介して部屋で一人で出来る仕事はしてくれているが、ティタンはまるで動くことが出来ない。
食事も促さなければ食べないので、いつもの半量以下しか取らなかった。
「あの日の自分を殺したい」
両手で顔を覆いそんなことを言い出すティタンに、ルドは天を仰いだ。
これは相当ヤバい。
解決すべきはミューズの方だ、会いさえ出来ればきっとティタンは回復する。
その為にはこの問題を解決出来そうで、真摯に話せる人に相談をしなくては。
「ティタン様は怒るかもしれないが、でも……」
このままでは居られないと、ルドは自分の中で最適だと思う人物に声を掛けに向かった。
ノックの音にミューズはびくっとする。
チェルシーが代わりに出てくれるが、なかなか戻ってこない。
「どうしたのかしら?」
重要な話をしてるのだろうか。
まさかアドガルムに迷惑をかけてしまい、それでセラフィムに返される算段なのか。
それは困る。
今は戸惑いが多いけれどティタンと別れたくはない、ソワソワしているとチェルシーが戻ってきた。
「どうしたの? やけに話が長かったようだけど」
気になって仕方がない。
「ミューズ様とお話したいと言う方がいらしてて、お部屋に入りますね」
入りますね?
許可を求める言葉ではなく、断定した言葉であった。
「ミューズさん、失礼するわね」
「アナ様?!」
驚きで目を瞠る。
「部屋から全く出てこないと聞いて心配したのだけど、元気そうでよかったわ」
どうやら物凄く心配をかけていたようだ。
部屋に入ってもらい、対面に座ると頭を下げられた。
「ごめんなさい、息子があなたを傷つけたのよね」
「えっ?」
「だって、息子と結ばれた日から部屋から出なくなったと聞いて。きっと酷いことをされたのでしょう?」
「違います」
ミューズは顔が赤くなるのを押さえられない。
「私が勝手に羞恥を感じ、人に会うのが怖くなってしまって……ティタン様は酷くありません、寧ろ優しくしてくれて」
ティタンの母に何という事を話してるのか。
赤くなる頬を両手で抑えるが、全く熱はひかない。
「何故人に会うのがこわいの?」
「皆に私がティタン様とその、あのような行為をしたと知られているのが、恥ずかしくて」
「それは夫婦になったのだから、当然の事よ」
当然、という言葉にミューズはハッとした。
「夫婦であれば、当たり前の事なのですか?」
「誰でもそう。子どもを産むために必要な事だもの、ミューズさんだけではなく、レナンさんやマオさんだってそうだわ」
具体的に名前を出され、想像してしまい、赤くなってしまうが、考えればそうだ。
子どもを産むために必要な事で特別な事ではない。
「その事で誰かにからかわれたり、悪しく言われたの?」
ミューズは首を横に振る、寧ろ優しくされた。
「大事な事だから、皆があなたを気遣ったのよ。誰も何も言わないわ。皆大人なのだから」
ミューズだけが気にして、空回りしていたのだ。
「すみません……」
ミューズは真面目すぎて耐性がなく、考え込み過ぎていたようだ。
アナスタシアはティタンが嫌われたわけではないようで、ホッとする。
「ではティタンに会ってあげてほしいの。あなたに会えないから何も手につかなくて、まともに食事も出来ないらしいの」
思わぬ情報にミューズは立ち上がる。
「そうなのですか? ティタン様は大丈夫なのですか?」
「あなたに嫌われたんじゃないかと死にそうな顔をしているらしいから、会って安心させてあげて欲しいの」
アナスタシアに感謝の言葉を述べ、すぐさま向かうミューズを見て、アナスタシアは安堵の息を吐く。
真面目すぎるのも大変なんだなと、初々しさに苦笑した。
「お待ちしておりましたミューズ様、すぐにティタン様に声を掛けます」
これで主が元に戻るとルドは嬉しい、逸る気持ちを抑え、ルドはすぐに入室の許可をティタンに求めた。
もはや無気力なティタンは椅子に座り、動かない。
受け入れてくれたミューズとの幸せな時間との後に、このような拒絶があるとは思っていなかった。
どうやって生きてきたかもわからない。
適当に入室許可も出す。
「ティタン様」
思いもかけないその声に弾かれたように椅子から立ち上がる。
「ミューズ!」
数日ぶりの再会だが、何故ここに?
来るはずなどないと思っていた、あれ程までに嫌がって拒否していたのに。
「離縁の話か?」
開口一番で放つティタンの言葉はもはや好かれることなど諦めたものだった。
「違います、私は謝りに来たのです」
「謝るのは俺の方だ、いや謝ってすむものではないな。自分勝手な俺が全て悪いのだが、どうか許して欲しい」
深々と頭を下げるティタンは全てを覚悟していた。
「このまま国に戻っても俺は何も言わないし、今後セラフィム国に仇為すものが出れば駆けつけ手助けすると約束しよう。それで全てが戻るとは思わないが、せめてもの償いだ」
ミューズを傷つけたと思うティタンの精一杯の謝罪だ。
「ですから、離縁もしないし国にも戻りません。私は謝りに来たのですから」
「何を謝ることがある? ミューズに落ち度などない」
ようやくティタンは顔を上げた。
少しやつれた顔と隈のある目元に自分の愚かさを悔いる、己の無知さと神経質さがティタンを苦しめたのだ。
「いえ、私が悪いのです。変なプライドとそして知識のなさがあらぬ考えに繋がり、本当に恥ずかしい……」
羞恥の想いは抑えられないが、それでもきちんと話さねば。
「夫婦の事、子作りの事、私は知らな過ぎました。ですから、皆が私とティタン様がそういう事をしたと知っているのが、どうしようもなく恥ずかしくて、顔を出せなかったのです」
言いながらも、もはや赤くなるところがないとばかりに火照っている。
声も小さく聞き取りづらいが、それでもティタンは静かに耳を傾けていた。
「ティタン様に会うとそれを鮮明に思い出してしまって本当に恥ずかしくて、傷つけてしまってごめんなさい」
「俺が嫌いではないのか……?」
「いいえ、寧ろ大好きです。あなたが好き」
初めて聞いた言葉に、ティタンは大きくため息をついた。
嫌われていないと聞けたらそれで良かったのに、まさか好き、とまで言われるとは。
「これからも一緒に居てほしい」
「勿論です、今後もよろしくお願いします」
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